第44話 夏はまだ始まっていなかった、かもしれない
「悪いな、邪魔して」
「う、ううん!丁度スペース余ってたし……」
「……そうか」
偶然新川と遭遇した俺達は、既に席を確保していた新川達と同席することとなった。ちなみに新川達、というのは大野と橘それに高梨だ。4人で買い物に来ていたらしい。ただ高梨も一緒というのは少し珍しい気がする。
注文を終えてから席に着く。明穂さんは軽いうどんのみですぐに受け取って来たが、俺は新川のラーメンを見て完全にラーメンの口になったため、同じものを注文し、ブザーを貰う。
席に着くと偶々新川と隣になったのだが、久しぶりということもあって変に意識してしまう。隣にいる明穂さんがニコニコしているのも怖い。この人がこんな表情をしてる時は碌なことがないんだよな。
「この間はちゃんと自己紹介できてなかったよね。
「え!?相田君ってお姉さんいたの!?」
何故か新川が目を見開いて驚いていた。
「嘘はやめろ嘘は。従姉弟だよ」
「えー?もう身内だしお姉ちゃんでいいじゃーん」
「あんた一体何歳だよ……」
実際のところ明穂さんの年齢はわからない。まぁ20台真ん中ぐらいなのだろうが、ぶっちゃけ大学生ぐらいでもいけそう。
「へ、へぇー。今一緒に暮らしてるんですか?」
「そそ。こっちで仕事だからねー」
「そ、そうなんですね」
何かを探るように尋ねる新川と、終始ニコニコした表情を崩さない明穂さん。新川から時折責めるような視線を向けられるのは気のせいだろうか。
「というか、前に明穂さんが俺ん家に住むみたいなこと言ってたろ」
「あ、あの時はその……。ごめん、ちゃんと聞いてなかった」
「お、おう。別に謝らなくてもいいけど」
重苦しい空気に耐えかね、既に水の入っていないコップに口を付ける。気まずい時にコップを口に付けるのは顔も同時に隠したいかららしい。いや、知らんけど。
「そういえば皆んな同じクラスなの?」
「あ、私だけ違います」
明穂さんからの質問に高梨が答える。すると明穂さんは高梨の顔を見るや否や、目を細め訝しむ様子を見せた。
「えっと、私の顔に何か付いてます?」
「……ううん、ごめん勘違いだったみたい」
意味ありげな様子を見せた明穂さんだったが、すぐに表情は元に戻った。その反応に俺と高梨は戸惑うが、何もないと言われてしまっては追及するもの難しい。
どうしたものかと考えていると、机の上に置いていたブザーが鳴り響いた。どうやら注文していたラーメンが出来上がったようだ。俺はすぐさまブザーを手に取り、注文していたラーメン屋へと向かった。
なんだか逃げ出したような気がしたが、戦略的撤退という素晴らしい言葉にあやかるとしよう。
◇◇◇
「そしたら颯人ったらね〜」
数分後席に戻ると、明穂さんを中心に盛り上がっていた。というか俺の名前が聞こえてきて怖いんだけど。
「なんの話してるんですか」
「あ、おかえり〜。相田君が家でどんな暮らしをしてるのか、ってね」
大野がニヤニヤと頬杖をついている。この様子からして碌な話ではないのは明白だった。だって新川がちょっと睨んできてるし。
「はいはい、もうその辺にしといてくださいよ」
「みんなざんね〜ん。颯人のお話はここまで〜」
俺はため息をひとつ吐いて席に着く。俺以外既に半分以上食べ終えているようで、談笑がメインになりつつあった。そんな盛り上がりを横目に俺は手を合わせ、ラーメンを啜る。
うまっ。そんな声が漏れそうになる程の美味だった。所謂「家系」と呼ばれるラーメンで、太い麺に濃厚なスープが絡みつくき、喉を通った後も濃厚な後味が口と喉包む。フードコートだからと侮ること
隣から聞こえてくる会話に時折相槌を打ちながらも、ひたすら麺を啜る。隣に座る新川からの視線に気付かないフリをしながら麺を啜る。
え、何でチラチラ見られてるんですかね?というか君まだ自分の分も残ってるでしょ?
そんなどうでもいいことを考えながら食べ進めていると、5分もしないうちに食べ終わる。新川も慌てて残りの分を食べ進め、間も無く完食した。
「わり、これ返してくるわ」
そう言って俺はお盆ごとラーメンの容器を持って立ち上がった。すると新川も同じくお盆をもって立ち上がる。
「わ、私も!」
何故か慌てたように立ち上がる新川。流石に置いて行くとなんか言われそうだし立ったまま待つことにした。
程なくして新川と並ぶようにして歩き出す。辺りを見ると、それほど長居していたわけではないのだが、先程よりも空いている席が目立つようになってきた。
チラ、と横にいる新川を見るとなぜか緊張しているように見える。今日の新川は少しおかしい。
「なぁ、どうかしたのか?」
「えっ?どうして?」
「いや、何もないならいいんだが……」
そんな会話ともいえないやり取りを交わしていると、ラーメン屋に到着し、「ご馳走様でした」とお盆ごと容器を返却する。そのまま踵を返して帰ろうとすると、不意に新川が立ち止まった。
「どうした?」
「あの、さ……明日、予定とか、ある?」
途切れ途切れに言葉を発した新川は、少し俯くように、それでいて視線だけは俺を捉えて離さないまま返事を待っている。
そんな、幼い子供のような表情の彼女に俺は目を奪われてしまっていた。
「いや、ない、けど……」
「ほんと!?あっ……えっと、明日近くでお祭りがあるんだけど、どう、かな……」
「お、おぉ。それは平川とかもいるのか?」
「いや、2人きり、だけど……」
「そ、そうか」
こんな誘い方で他もいるってことはないだろう。とは思っていたけど、本当に2人きりなのか。いや、良いんだけど、良いんだけど。大事なことなので2回言いました。
脱線した脳内を引き戻し、痒くもない頭をガシガシとかきながら呟く。
「まぁ、時間と場所は後で連絡してくれ」
完璧に人任せなのだが、新川の喜びに満ちた笑顔を見ると、ある意味間違っていない返答だったのかと思えた。
◇◇◇
「それじゃ、私はそろそろ行くわね。あ、颯人はこの子達と遊んできたら?私一回店に顔出そうと思ってるから」
「お、いいじゃん遊ぼうよ!」
大野が明穂さんの提案に乗ってくる。いや、俺帰ってさっき買った本読みたいんだけど。という俺の胸中をよそに同行が決まってしまった。
しかし俺はめげずに「いや、俺は」と言ったところで、服の裾が引っ張られる感覚がした。引かれた方を見ると新川が俺の裾を掴んでいる。
「わ、私も遊びたいなぁ、なんて」
懇願するように呟く彼女に対して俺は「お、おう」としか言えなかった。負けちまったよちくしょう。
「それじゃ楽しんで〜」
明穂さんがヒラヒラと手を振りながら去って行く。立ち去る姿を見て赤崎先生を思い出す。そういやあの2人仲良いんだっけか。
「んじゃ行こっか!」
大野がそう声をかけ、俺はまたひとつため息を吐いて立ち上がった。あれ今日の俺ため息吐きすぎ?
楽しそうに談笑している4人の後ろについて歩く。
女三人寄れば姦しいなんて言うが、4人集まればもう近づくことすらできない。なんか自分達の空間作り出してるし。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、新川が振り返って俺に手を差し出した。
「ほら、行こ!」
俺はまたため息吐いたが、それと同時に少しの笑みも浮かんだ。
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