第43話 ただそれだけ
「じゃ、私これ返してきますね」
そう言って姫宮さんは清掃道具やゴミ袋を持って受付へ向かおうとする。
「いや、それは俺が……」
「いいのいーの、……ほら、話あるんでしょ?私が駅に来た時ちょっと変な空気だったし」
そう言って姫宮さんはパチっとウインクをして受付へと向かっていった。やだ惚れそう。
「気を使われちゃったみたいだね」
「……そうですね」
数秒の沈黙。けれど俺が次の言葉を紡ぐためには十分な時間だった。
「奥さんのこと、愛していたんですね」
脈絡のない言葉だったが、山科さんは少しの笑みを浮かべた。
それに、愛してるなんて普段口にする言葉ではないと思うし、俺自身そんな台詞小っ恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。
けれど山科さんの奥さんに対する想いを言葉にしようとした時、自然と「愛していた」と口に出ていた。それは嘘偽りない、俺から見た山科さんの気持ちだと思ったから。
たとえその想いがもう届かないのだとしても。
「少し違うかな、うん。今もずっと愛してる。愛してるなんて彼女に言ったことはほんの数回しかないのにね」
その時山科さんは少し恥ずかしいような、そして後悔しているような表情だった。
「最初は時間を巻き戻したいと何度も願ったよ。けど次第に忘れたいという気持ちが大きくなってくるんだ。もう何もかも忘れて消えてしまいたいってね」
再びお墓の方へと向き直り、噛み締めるように言葉を紡ぐ山科さんの横に、俺は同じように並び立った。
そうすれば山科さんの、彼の涙が見えなくなるから。
「最初君から記憶がないと聞いた時、何か運命じみたものを感じたんだ。そして君が記憶を取り戻す必要があるのかと言った時、彼女に会わせなくちゃいけないような気がした。たとえそれが君にとって煩わしくてもね」
あまりに自分勝手な、それでいて他人を思いやる人なんだろうと思う。
いや、思いやる、そうじゃない。そんな醜い同情なんかじゃない。
今を生きろと、そう言われている気がした。
「今でも記憶を消したいと思いますか?」
「いいや、思わないね」
「……何が山科さんを変えたんですか?」
「変えた?ははっ、そうじゃないよ」
先程までの表情とは違い、無邪気な笑顔を見せた山科さんは、笑いながら空を見上げた。
それはまるであの世にいる彼女へ想いを届けるように、とびっきりの笑顔で。
「愛してる。ただそれだけだよ」
◇◇◇
「あ…あぁ……」
何も見えない。
「あぁぁぁ……」
そう、何も見えない
「あぁ……」
見えない見えない見えない見えない見えない見えない見えないみえないみえナイミエナイミエナイミエナイ
「アァァァァァァァァァァァ!!!!!」
ミタクナイ
◇◇◇
「ッ!?……ハァ、ハァ」
お墓参りに行った次の日、俺は朝から冷や汗をかきながら飛び起きるように目を覚ました。
曖昧な夢だったにも関わらず、それはひどく俺の心に突き刺さった。
まるで自分が体験したことのように。
「落ち着いた?」
声のする方を見ると、横で明穂さんが俺の手を握りながら少し心配そうにしていた。
「……すみません。もう大丈夫です」
少し気恥ずかしさを覚え、慌てて手を引っ込めた。そんな俺の様子を見て明穂さんは悪戯っ子のように無邪気に笑った。
「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「いえ、何されるか分かったもんじゃないですから」
「あー!ひっどぉーい」
あんた一体何歳だよ。と言いたくなるような可愛らしい顔でむくれている。言ったら余計何かされそうだから言わないが。
「颯人はもっと私に甘えていいんだよ?」
「遠慮しておきます。甘味は摂りすぎると体に毒ですから」
「あら残念。ちなみに人間って五味の中で1番甘味に鈍感らしいよ」
「じわじわ気づかれないように侵食していくってことですよねそれ」
いつものようなやり取りをしていると気づけばいつもの調子に戻っていた。
そんな様子を見て明穂さんは満足気に部屋を出ていった。やはりあの人には敵わない。
「……シャワー浴びるか」
汗ばんだ自分の服を見て俺はそそくさと浴室へと向かった。
◇◇◇
「ね、今日付き合ってよ」
朝食の納豆を混ぜながら、これをご飯にかけて食べてしまおうか、でもベタつくし洗うのめんどくさいなぁなんてどうでもいいことを考えていると突然明穂さんからおでかけのお達しが出た。
「いいですけど、どこ行くんですか?」
「んー、どこ行きたい?」
まさかの丸投げ。しかし俺はここでスマートに行き先を決められるほど出来た人間ではない。平川ならすぐに決めれるんだろうが。
「別にどこでもいいですよ」
「えぇー?思春期の少年なんだから欲望のまま言っていいんだよ?」
「ちょ、変な言い方はやめてくださいよ」
「ほれほれ〜吐き出しちゃいなよ〜」
頬杖をつきながらテーブルの下ではまとわりつくように足を絡めてくる。いちいちやることがやらしい。というかエロい。
あと追加で言うと毎日毎日風呂上がりにバスタオルでうろうろするのやめてくれませんかねいくら親戚とはいえやっぱり意識しちゃいますし男子高校生には刺激が強い魅惑のたわわが目の前にあるとどうしても目がいくと言いますかもうぶっちゃけ見ちゃうんですよねだから何が言いたいというとですねほんともう(文字数)
「ふふっ、意識しちゃってかぁわいいっ」
そう言いながら今度は俺の頬を突いてくる。子供扱いには随分と慣れたが、手玉で転がしてくるのはいい加減どうにかして欲しいものである。
「はぁ……。じゃあ最近できたショッピングモールはどうですか?」
今年の春に家から車で5分ほどのところにできた大型商業施設。特に用はないのだが、割となんでも揃ってるらしいし時間潰しにはもってこいだろう。
「んー、まぁ及第点はあげちゃおうかな。んじゃ、準備したら早速出発するよ!」
「まだ食べてるんですけど」
今年の夏はそう簡単に過ぎていってくれないらしい。
◇◇◇
「いやー、人多いねぇ」
あれから1時間ほど経った午前10時半過ぎ。俺と明穂さんは最近できたショッピングモールに来たわけなのだが。
「うわぁ……」
8月中旬ということもあり、暑さはピークを迎えていた。そんな中この人混みを選んだのは大失敗だといえる。明穂さんの車で来たのだが、駐車スペースを見つけるのに20分ほどかかってしまった。
ようやく車を駐車して中に入ると、さっきまでの暑さが嘘のような冷気に包まれた。
「ひゃー、生き返るね!」
「そうですね。帰ります?」
「今日はおねぇさんが服を見繕ってあげよう」
「聞いてねぇな」
そこから人混みを歩きながら明穂さんと色んな店に入って回った。意外だったのが、明穂さんは自分の服は見ずに俺の服だけを見繕ってくれたことだ。この人なら勝手気ままに自分の服だけ見て回るものだと思っていたのだが。
最初お金は自分で出すと言っていたのだが、「こういうところは大人に甘えなさい」と明穂さんが譲らなかったため、ありがたく甘えることにした。今朝甘えないって言ったばっかなんだけど。
こうして10数着の服を買い疲労困憊になったところで、時刻は12時半過ぎ。一度荷物を車に置いて再び戻ってお昼ご飯にすることにした。
ちなみに車に戻った際「よし帰りましょうか」と言うとニコニコした顔で見つめられた。めちゃくちゃ怖かった。
「あー、やっぱり人多いよねぇ」
やはりお盆休みということもありフードコートは満席だった。流石にこれは帰らざるをえないんじゃ?と思ったその時—
「え、相田君?」
振り返ると、ラーメンの乗ったお盆を持った新川がこちらを見て立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます