第41話 晴天という名の憂鬱
8月。それも中旬。
茹だるような暑さは、今日も地面に照り付けながらジリジリと体力を奪っていく。最早暑いというか痛い。
集合時間より早めに駅へと着いてしまった俺は、幾つも並ぶ柱に背を預け、ワイヤレスイヤホンを耳に付ける。特に聴きたい曲があるわけではないが、サブスクアプリでよくある『今話題の曲50選!』という欄をタップし、よくテレビから聞こえてくる音楽を聴いていた。
最近のワイヤレスイヤホンは素晴らしい。ノイズキャンセリング機能のおかげで周りの雑音に意識を持っていかれることもない。
自分の世界にいる俺ちょーかっけぇとか思ってないからね?
どうでもいいことを考えていると、前から見覚えのある人こちらに歩いているのが見えた。というか山科さんだった。
「おはようございます」
「おはよう。待たせちゃったかな?」
「いえ、さっき来たところですよ。それに姫宮さんもまだのようですし」
「彼女はいつも時間ギリギリだからね、まぁそのじき来ると思うよ。……あそこ、座ろうか」
山科さんが指を刺した先には、誰も座っていないベンチがあった。そこへ腰掛け、お互いふぅーっと息をついた。山科さんは足を組み、背もたれに深く背を預ける。
「暑いね。ほんと嫌になるよ」
「まぁ、8月ですから」
そりゃそうだ、と笑顔を見せた山科さんは、徐に足組みを解いて背筋を伸ばし、こちらを向いた。
「すまないね、付き合わせてしまって」
「……いえ」
唐突な謝罪に対して答えを持ち合わせてはおらず、曖昧な返事しかできなかったが、俺はこの半日間ずっと考えていたことを口にした。
「どうして俺を誘ったんですか?」
そんな疑問に対して山科さんは押し黙り、再び深く腰掛けた。俺は横目で山科さんの顔を窺ったが、その表情までは窺い知ることは出来ない。
10秒ほどの沈黙だったが、ひどく長く感じる。すると「ふふっ」という笑い声が聞こえた。
「どうしてだろうね」
「えっ?」
つい間抜けな声が口をついて出てしまうと同時に、山科さんの顔を見ると、どこか申し訳なさそうに俺を見ていた。
「なぜかはわからない。わからないんだが、君を誘わないといけないような気がしてね」
「それって……」
山科さんにしてはあまり要領を得ない曖昧な答えだ。しかし俺はその理由を聞けなかった。急くような足音と共に姫宮さんが到着したからだ。
「すみませーん、お待たせしました!」
喉から出掛かっていた疑問を既の所で飲み込む。隣の山科さんが立ち上がったのを見て俺はモヤモヤした気持ちを押さえつけながら席を立った。
「すみません!遅くなっちゃいました」
「いやいや、まだ集合時間じゃないし僕達が早く着いただけだよ」
時刻は10時55分過ぎ。まだお昼前とはいえ、既に構外にある温度計には30℃と表示されているのが見える。
「それじゃあ行こうか」
山科さんを先頭に、改札に向かって歩き出す。すると俺の横を歩いている姫宮さんが「暑いねー」と声をかけてきた。
そうっすね、と答えようと姫宮さんの方を向くと、走って来たせいか汗ばんだ首元をハンカチで拭いていた。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、ふいっと前に向き直す。そんな俺を見て姫宮さんは、俺の頬をぐりぐり指で突き出した。
「あの、痛いんですけど」
「ほれほれ〜、どこを見てたんだい少年?」
「うぜぇ……」
語尾に音符の付きそうな調子で弄ってくる姫宮さんは、俺の反応がお気に召したようだ。そんな調子のまま改札を抜けて駅のホームで電車を待つ。
やはりお盆休みということだけあって駅のホームは賑わいを見せていた。駅のホームに対して賑わうという表現を使うのは正しいのかわからないが。
とにかく人が多く、ただでさえ暑いのにそこに人の蒸し暑さが加わりより一層憂鬱になる。隣の姫宮さんなんかは露骨に嫌な顔をしていた。さっきまでの元気さは何処へやらだ。
電車が到着し、乗り込むのかと思いきやもう一つ後らしい。しかしそのおかげで人も減り暑さが軽減されていく。意味もなくスマホの画面を開き、今日の最高気温を確認する。
33℃か、暑いねぇ。
やがて訪れる暑さに再び辟易しながら、ふと空を見上げると雲ひとつない晴天だった。そりゃ暑くなるわけだ。
しかし俺の胸中はそれに反して晴れやかとは言い難い。
山科さんは何故俺を誘ったのだろうか。その答えは自ら考えても永遠に答えは出ないだろう。何せ山科さん自身がわからないと言っているのだから。
ま、行けばわかるだろ。
楽観的とも言える答えだったが、ある意味最適解だろう。
俺は電車が来る方角を見つめながら、そっとスマホの画面を閉じた。
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