第40話 入り込んだのは熱風だけではなかった
cafe deleteでのアルバイトは2週間経つと徐々に慣れてきた。人と話すこと自体の経験が少ない俺は最初、接客に戸惑ったが、幸い他のアルバイトの人達が丁寧に指導してくれたおかげで、なんとか形になってきたようだ。
8月上旬。茹だるような暑さが身を包み、日に日にその年の最高気温を更新していく時期。世間は明日からお盆休みに入る頃。それはこのcafe deleteも例外ではなく、明日から5日間休業となる。
休憩を終え、再びホールへと繰り出す。相変わらず客層は中高生が多い。夏休みということで、平日だろうがお構いなしに押しかけてくる。
満席とまではいかないが、8割方席は埋まっている。そのうち9割は学生なのだが。
時刻は午後5時半。日も少しずつ落ちてくるような時間ではあるが、真夏の外はそんなこともお構いなしの暑さである。
再び入り口のドアが開き、カランカランと音が鳴る。脊髄反射かのように扉へと体を向ける。入り込んでくる熱風に顔を背けたくなるが、そんな感情を押し殺し無理やり笑顔を作る。
「いらっしゃい………ませ……」
「え……先輩…?」
本日50回目ぐらいのいらっしゃいませを言い切る前に、その相手が見知った相手だと分かった。というか音無だった。
俺は若干げんなりしながらも、なんとか再び営業スマイルを作り、音無を含む3人を席へと案内する。
「もしかして、玲の言ってた先輩?」
「……まぁ」
「へぇ……」
案内してる間、なんだか後ろから値踏みするような視線が向けられているような気がしたが、気にしない。気にしないったら気にしない。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
お決まりの定型文を言い終えた俺は、足早にその場を後にした。刺さるような視線は背中からも感じ取れたが、振り向く勇気は無かった。
「はぁ、まさかあいつら以外の知り合いと会うとはなぁ」
ちなみにあいつらというのは新川達だ。週に2回は来るからなあいつら。お世辞にも多いとは言えない知り合いだが、その中でも音無とは最近でも連絡を取り合う中だ。しかし実際に会うのは期末テスト前まで遡る。
1ヶ月会ってなかっただけで緊張するなんて付き合いたてのカップルかよ。
そんなバカみたいな突っ込みが頭に浮かんだが、全力で首を振る。いや本当に振るわけじゃないよ。
なんだか気になって音無のテーブルを一瞥すると、3人共俺の方を見ながら何やら話し込んでいる様子だった。
なんかあの先輩暗くない?とか言われてんのかなぁ。
いつものマイナス思考が働くが、音無以外知らないし今後会うこともないだろう。気にすることはない。そう言い聞かせながら目線を外し、ボーッと他の客を眺めていた。
いや、あいつら話し込んでないで早く注文しろよ。
◇◇◇
「すいませーん」
客足も落ち着き、暇を持て余していたところで声が掛かる。軽く「はーい」と返事をして声のした方に顔を向けると、音無達の席だった。落胆の声を上げそうになりながらも、なんとか平静を装って音無達のテーブル席へと向かう。
ただ2人のうちの1人がニヤニヤしながら俺を見ているのは何故だ。なんかもう1人はこっちを見ながら無表情だし。
「ご注文お決まりでしょうか」
「えっとー、このデリートパフェください!」
茶色いセミロングの女子が元気に答えた。注文する時までこっちをニコニコとした表情で見てくるのは少々居心地が悪い。
「以上でよろしいでしょうか」
「あ、あとー、店員さんと玲ちゃんの関係性教えて下さい!」
「ちょ、愛華!?」
うわ、めんどくせぇ。というのは心の中に仕舞い、無難な答えを導き出した。
「ただの先輩後輩」
「そ、そうだよ!」
ついつい敬語取れたけどいいよね。
「ふーん?でも毎日一緒にお弁当食べてるって聞いたんですけどー?」
「……たまたま一緒の所で食べてるだけだ」
「へぇー?たまたまねぇ」
この女殴りてぇ……。
愛華と呼ばれた女子は、好奇心を隠すことなく切り込んでくる。すっごい面倒くさい。これが俗に言うお節介系女子ってやつか。ごめん今作った。
しかし、彼女の正面に座る女子が無表情でこちらをジッと見つめているのがめちゃくちゃ怖い。長い黒髪で整った顔立ちをしている分余計に怖い。多分アニメとか漫画なら「じーっ」って文字付いてるやつだわ。
「ちょっと愛華!先輩困ってるでしょ!」
「ごめんごめん。先輩もすみません!つい気になっちゃって」
「……いや、気にすんな。とにかくこいつとはただの先輩後輩。それ以上でもそれ以下でもない」
そう言うと、少し音無の表情が暗くなったような気がした。何か気に触ることでも言ったか?
「ほほぉ。これはこれは……」
「愛華。そこまで」
再び何かを聞こうとした彼女に対して、今まで沈黙を貫いた3人目の女子がようやく口を開いた。届いた声は、抑揚があまりなく、表情は変わらないので冷たい印象を受ける。
「はぁーい」
「先輩もすみません」
そう言って頭を下げてくる。彼女には特に何かされたわけじゃないので気にしないで欲しいものなのだが。
「はぁ、大丈夫だ。……んんっ、それではごゆっくり」
「あ、そう言えば私達、自己紹介まだでしたよね!」
やっと立ち去れると思ったら、再びストップが掛けられた。正直興味も無いし無視してやろうかと思ったが、後で音無に怒られる気がしたので黙って聞くことにした。
「うわ、興味なさそう!ま、いっか。玲ちゃんと同じクラスの
「ちょ、変なこと言わないでよ!」
何言われてんだろ。悪口?流石にそれは無いと信じたい。慌てふためく音無を見ると、余計なこと言ってんじゃねぇかと不安になる。
「……
「あ、あぁ。よろしく」
なんだかこっちまで畏ってしまうような話し方だった。しかし姿勢といい話し方といい、いいところのお嬢様っぽいな。
「……というか先輩。どうしてバイト先教えてくれなかったんですか」
「今教えた」
「たまたまでしょ!?」
「いや、だって恥ずいだろうが。それになんで後輩に畏った態度で接客しなきゃいけないんだよ」
「じゃあちゃんと敬語で頭下げてください」
「だから嫌だったんだ……」
すると他の2人が興味津々にこちらを眺めていた。しまった。いつものようなやり取りをつい繰り広げてしまった。音無も「あ……」みたいな顔してるし。
「それではごゆっくりどうぞ」
全力の作り笑いでそう言うと、足早にその場を後にした。
音無、骨ぐらい拾ってやるからな。
◇◇◇
「ふぅ」
それから約3時間ほどが経過し、今日は閉店の時間となった。あの3人はあれから偶にこちらを見てきたが、話しかけられることはなく、いつのまにか帰っていたようだ。
帰りに七瀬が、「また来まーす!」とか言ってたのは聞かなかった事にしよう。
今日は店長の山科さんと姫宮さんと俺の3人での閉店作業だ。テーブルを拭いていると、不意に姫宮さんがほうきで床を吐きながらこちらに近づいてきた。
しかし、俺を見る姫宮さんが何故かニヤニヤしていた。
すっげぇ嫌な予感がする。
「モテモテだったじゃん」
やはりか。少し前まで一緒にホールに出ていた時、ちょくちょくあの3人が俺の方を見ているのをみられていたらしい。あと最初のやりとりも。よりにもよってこの人かよ。
「別にそういうんじゃないですよ。高校の後輩です」
「へぇー。仲良いの?」
「……いや別に」
「あっやしー」
「本当ですって……。ほら、ゴミそこにもありますよ」
「あ、逃げた」
逃げて何が悪い。逃げるが勝ちって言うだろ。尚も追求してくる姫宮さんをのらりくらりと交わしながら、なんとか閉め作業を終えた。
「お疲れ様。今日はもう上がっていいよ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「お疲れ様でーす。あ、店長。確認なんですけど、明日って11時に駅で良かったですか?」
「うん。それでよろしく」
「りょーかいでーす」
明日からお盆期間に入る。そういえば以前山科さんの奥さんは生前、姫宮さんを可愛がっていたって話を聞いた。
それほど長い付き合いなのは驚いたが、実は山科さんは以前姫宮さんが通っていた高校の教師だったのだとか。そして去年退職してこのカフェを開いたそうだ。
話はズレたが、明日の待ち合わせというのは恐らく山科さんの奥さんのお墓参りだろう。駅で集合ということは案外近いのかもしれない。
「あー、実はね、明日姫宮さんと——」
「——奥さんのお墓参りですか?」
そう言うと店長は一瞬驚いたが、何か納得したかのように笑った。
「流石だね」
「どういう意味、でしょうか」
「前々から君は洞察力や観察力に長けているなと思ってね」
「そうでしょうか……。少し考えればわかることだと思いますよ」
「いや、普通は考えることすらしないよ」
「え?」
どういうことだろうか。普通近くの知人が明日の予定について話していたら気になるもんじゃないのか?
そんな考えが表情に出ていたのか、山科さんはふっと笑った。
「確かに、どこに行くんだろう。とか何かあるんだろうか。って考えるのは当たり前だ。けれどそこから更に考えて答えを導き出そうとする人間は少ないんだよ」
「確かに颯人君って、次にどういうお願いをするのかとかなんとなく分かってる感じするよね」
姫宮さんも便乗してくるが、正直なところ自覚は無い。てかいつの間にか『颯人君』って呼ばれてる方が重要な気がするんだが。俺もそろそろ『柚木さん』って呼ばないといけない時がきたのかなぁ。
なんてどうでもいいことに思考を持っていかれそうになった時、「でもね」と山科さんは続けた。
「君のそれは、少し危ういね」
「え……」
つい息を漏らすような声が出てしまう。危うい、とはどういうことなのだろうか。
「2人ともー、電気消しますよー」
その事について尋ねようとした時、いつの間にかその場を離れていた姫宮さんに声を掛けられ、タイミングを逃してしまった。
「そうだ、相田君」
スタッフルームへタイムカードを押しに行こうとした時、不意に後ろにいた山科さんから声を掛けられた。
「はい?」
「明日、良かったら君も一緒に来てくれないかい?」
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