第33話 その答えを彼は持たない
電車に乗ること約5分。平川の家の最寄り駅に着いた俺たちは、スーパーへ買い出しにきていた。
「これとこれとー。あ、これも美味しそう」
「もー。遥どんだけお菓子食べるつもりなのよ」
さっきからポチチやらクッキーやらをカゴにどんどん入れていく大野。俺も甘いもの好きだが、流石に多くないか。
「んー、確かに多いかなぁ」
「大丈夫だよ。もし良かったら明日もうちに来ればいいし」
「え、いいの?」
「あぁ、歓迎するよ」
「それじゃ、明日の分も買っちゃおー!」
「まだ買うのかよ……」
流石に多いと思うが、俺もお菓子には目がないのだ。いいぞもっとやれと言う気持ちが湧かないでもない。
「そういえば橘は誘ってないのか」
「るりちゃんはテスト前だけど部活の大会も近いから練習なんだって」
「部活?何部?」
「……やっぱり知らないんだ。弓道部だよ。全国レベル。この前も全校集会で表彰されてたじゃん!」
そういえばそんなこともあったようななかったような。クラスメイトがすげーすげーと橘の周りに集まっていたような気がする。
「そういえばるりちゃんってさ、最近竜崎君とよく話してるよね」
大野がお菓子を選び終えたのか、プラプラととこちらに歩いてきて話し始めた。
「あたし前からるりちゃんが竜崎君になんか熱い視線向けてるなーって思ってたけど、あの校外学習でネックレス渡した時には確信したね」
「あー、私もあの時るりちゃん結構大胆だなって思った」
「でしょ?でも話してるとことかは今まであんまり見なかったな」
ここで1つ気になったことを口にしてみる。
「前から、って校外学習より前からか?」
「え?うん、そうだよ。珍しいね相田君が興味を示すなんて。なんかあった?」
「俺は動物か。……いや、ちょっと気になっただけだ」
「あ、もしかして相田君もるりちゃんのこと気になるとか」
大野がニヤニヤしながら煽ってくる。新川はなんかあわあわして忙しそうだな。
「んなわけねぇだろ。そもそも気になるやつの部活を知らんやつはいないと思うけど」
「それは確かに」
ただ、気になるというのは事実だ。もちろん大野が言うような恋愛感情的な気になるではない。
—私だけでもそばにいたかった
あの言葉はもしかすると—
「相田君?どうしたのぼーっとして」
「……いや、なんでもない。時間無くなるし早く行こうぜ」
「それもそうだね。私もなんか買おーっと」
こうして大野と新川は平川達の後を追う。
橘に確かめようとは思わないが、これで少し見えてきた。しかし何故今になって遠巻きにしか見ていなかった彼女が積極的に関係を保とうとしているのかはわからない。
胸の
橘のことは頭から追いやって俺も新川達の背中を追って歩き出した。
◇◇◇
「うわぁ、平川君の家っておっきいね!」
大野が感嘆の声を上げる。目の前に建つ家は、周りの家と比べて一回り大きなものだった。
「さ、入って入って」
豪華な門を開け、玄関へと向かう。道中には色鮮やかな花や植物が植えられており、文字通り花道のようだ。
「ただいま」
平川が玄関の扉を開けると、奥から若々しい女性が出迎えに来てくれた。
「あらあらいらっしゃぁい。潤ったら珍しくお友達を家に連れてくるって言うもんだから驚いちゃったぁ」
なんだか力の抜けそうな独特の話し方をするこの人が平川のお母さんらしい。平川に似て顔立ちは整っている。
「香織さんお久しぶりです」
「久しぶりねぇ実憂ちゃん。元気だったぁ?あ、もし良かったらそちらの3人もお名前教えてくれるぅ?」
「あたし、大野遥って言います!今日はお邪魔します!」
「新川唯です!急に押しかけてしまってすみません!」
「あら、あなたが唯ちゃんねぇ?中学の頃から仲良くしてもらってるそうじゃなぁい。ありがとねぇ」
「ちょっと母さん。変なこと言わないでくれよ」
「うふふ、ごめんなさいねぇ。そちらはぁ?」
「……相田颯人です。今日はお世話になります」
「あらっ、照れ屋さんなのかしらぁ?それにしても潤が男の子を連れてくるなんて初めてじゃなぁい?」
意外だな。友達の多い平川のことだから家に呼ぶなんてこと頻繁にあるものだと思ってたんだが。
「ん〜?」
すると平川のお母さんが何か訝しむように俺の顔を覗きこんできた。
「えっと、どうかしました平川さん」
「やだぁ平川さんなんてぇ。香織でいいわよぉ?」
「は、はぁ。えっと香織さん。何か俺の顔についてます?」
香織さんは手を顎に乗せ考える素振りを見せたが、しっくりこないのか首を傾げたまま口を開いた。
「ねぇ颯人君、あなたどこかで会ったことなぁい?」
「え?」
「うーん、気のせいかしらぁ。職業柄色んな人と会うから似た人がいたのかしらねぇ」
「……まぁこんな顔どこでもいますし」
「あら、素敵な顔してるじゃないのぉ。そんなに卑下することないわよぉ。私美容師だから髪の毛セットしてあげましょうかぁ?」
すると大野が目を見開いて口をパクパクしているのが見えた。
「あ、あの。香織さんってもしかしてカリスマ美容師の飯倉香織さん、ですか?」
「まぁ!私のこと知ってくれてるのねぇ。嬉しいわぁ」
「え!?あの香織さんですか!?」
え、俺知らないんだけど。そんな有名な人?
「この間の雑誌買いました!」
「私も!」
「なんだか恥ずかしいわぁ」
隣にいる平川にこっそり耳打ちする。
「おい、お前の母ちゃん何者だ?」
「え、相田君知らないの!?」
隣で聞いていた大野が驚愕の声を上げる。なんか悪いことした気分なんだが。
「まぁ颯人が知らないのは無理ないよ。女性向け雑誌によく載っているからね」
「ハリウッド女優のヘアスタイルも担当する今最も人気のカリスマ美容師、ってテレビでもよくやってるよ!あたしずっと憧れてたんだぁ」
ハリウッド女優、って超有名人じゃん。まぁ普段テレビとか見ないからなぁ。
「照れるわぁ。ねぇ、今新しい髪型を研究しててねぇ、もし良かったら今度あなた達で試させて欲しいんだけど、いいかしらぁ?」
「いいんですか!?半年先まで予約でいっぱいって聞いてるんですけど……」
「潤のお友達ならいつでも大歓迎よぉ。それに私の為のものだものぉ。むしろこっちがお願いする側よぉ?」
はしゃいでいる2人を見ると、香織さんがいかに凄いかが伝わってくる。
「母さん、そろそろ勉強したいんだけど、いいかな?」
「あっ、ごめんなさいねぇ邪魔しちゃってぇ。あとで何か飲み物持っていくわねぇ」
そういえばお菓子は買ったのに飲み物を買うのを忘れていたな。
「さ、みんな僕の部屋は二階だから」
平川の案内で二階へと上がる。
階段を登って右に曲がると、いくつかの扉が見える。1番手前の扉が平川の部屋らしい。
部屋の中は特に変わったところはない。強いて言えば本棚の本の数がかなり多いというところか。
「わぁ、広いね!」
再び大野が感嘆の声を上げる。確かにこの部屋広いな。大きなベッドや本棚、机があるが、それでもまだかなり空間には余裕がある。一般的な家の部屋とは一回り二回り違うようだ。
「とりあえずその辺に荷物は置いといて。机とクッションを用意するよ」
そう言って大きめの折り畳み式机とクッションを取り出す。すげぇ座り心地良さそうなクッションだ。
「それじゃ、早速始めよっか」
「そうだな」
「お菓子も開けちゃおー!」
「早速かよ……」
机に問題集とお菓子を広げ、勉強に取り掛かる。広々とした机のおかげで窮屈にはならずに済んだ。
その後すぐに香織さんが紅茶を持ってきてくれた。ポットから溢れ出る高級感が半端ない。あとめちゃくちゃ美味かった。
それから勉強「続けていると、時計はすでに7時を回っていた。随分と集中していたようだ。
すると部屋の扉が開き、香織さんが顔を覗かせた。
「みんなご飯食べていかなぁい?」
「えっ、でもそこまでしてもらうのは……」
「いいのよぉ。もちろん親御さんの許可をもらってからねぇ?菫ちゃんには私から言っておくわぁ」
「菫ちゃん?」
「あ、私のお母さん。私と潤君幼馴染だから親同士も仲いいの。すみません香織さん。よろしくお願いします」
「はぁい。菫ちゃんとは今度一緒にお茶する予定なのよぉ。それで、みんな大丈夫かしらぁ?」
「じゃあお言葉に甘えて……。親に連絡しますね」
「あたしも!」
「すみません、ご馳走になります」
大野と新川は親にメッセージを送っている。しかし香織さんはメッセージや電話をしない俺を不思議そうに見ていた。
「相田君は大丈夫なのかしらぁ?」
「あ、うちは大丈夫ですよ」
「……そう、ならよかったわぁ。ささっ、最後の仕上げがあるから潤は手伝ってねぇ」
「分かったよ。さ、みんな下のリビングに行こうか」
全員で階段を降りていく。親のことなんて久しく聞かれなかったし、親の居場所がわからないなんて空気を悪くするだけだ。
ふぅ、と一息ついた俺は全員の後を追ってリビングへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます