第26話 微睡から始まる最終日

真っ赤な夕陽が辺りを照らしている。


大きくて今にも手が届きそうなその夕陽は、1日の終わりを示唆している様でなんだか寂しさを感じた。


ほら、帰ろう


そう言って手を伸ばしてくれる少女に向かって歩き出した。


けれど歩いても歩いても追いつかない。


寧ろ彼女との距離はどんどん開いていく。


待って。


その一言が喉まで出かかっているのに、何か突っかえたかの様に言葉にならない。


声が出ない代わりにもう一歩踏み出そうとした。


そのはずなのに。


俺の前へと踏み出したはずの足は後ろに着いていた。




あぁ、彼女が離れていってるんじゃない。




俺が後退りしているだけだった。




◇◇◇




ピピピピピ……


アラームの音で微睡から強制的に覚醒へと向かわされ、咄嗟に頭から布団をかぶる。


嫌な夢だ。


以前まで見ていた夢とはまた違うものだった。


まるで自分の弱さを具現化した様な夢。


途端に目を瞑ることを拒否した体は、いやに軽く瞼を持ち上げた。


部屋の面々も徐々に起きてきている。ただ一ノ瀬だけはこのアラームの中でも爆睡中だ。相変わらずだなこいつは。


ふと横を見ると、平川がグッと手を上に伸ばして体をほぐしている。平川の隣で寝ていた竜崎はいつ起きたのかわからないが、既に着替えを済ませていた。


一ノ瀬を叩き起こすと、着替えや歯磨きを済ませて朝食へと向かう。


今日は校外学習最終日だ。


予定としては、市街地に出てちょっとした自由行動のみとなる。


とりあえずはお土産を買うことが優先だな。音無と明穂さんにだけ買って帰れば問題ないだろう。


朝食を済ませ、部屋の荷物を纏める。こういうのって普通昨日のうちにやっておくもんだよな。


荷物を纏め終え下に降りると、殆どの生徒が集まっていた。


その中に友達と談笑している新川の姿もあり、どうやら風邪をぶり返したりはしていないらしい。


荷物をバスへと乗せて乗り込む。席へ着くと当然の如く平川が横に座ってきた。もう何も言うまい。


俺は耳にイヤホンを刺し、音楽を聴きながら目を瞑る。


隣では平川が通路越しに女子から話しかけられ愛想よく返事をしているのが聞こえる。ただそれも意識が遠のくにつれて音楽に掻き消される。


たった今起きたばっかなんだけどな。と思いつつも朝眠いのは仕方がない。


そう言い聞かせて意識を手放す。


どうか朝みたいな夢は見ませんようにと願いながら。




◇◇◇




目を開けると、バスは市街地を走っていた。


どうやらフラグ回収職人になるのは避けられたようだ。


凝り固まった身体をほぐしていると、目的地に到着した。


バスを降りて先生からの注意事項を聞き流しながら、まだ覚醒しきれていない頭を必死に呼び起こしていた。


「それでは3時間後ここに集合するように。くれぐれも遅れたりしないように。グループ毎に行動となっているが、他のグループと合同で動くのは構わない。もし何かあればプリントに載っている私の携帯に電話してきてくれ。事件事故に気をつけるんだぞ。それでは解散!」


赤崎先生の号令が終わり、グループ毎に市街地へ繰り出す。


「ねねっ、どこ行く?」


「んー、とりあえずお土産見たいよね」


「でもそれだと重くなっちゃわないかなぁ」


女子3人は楽しそうに行き先を考えている。まぁ正直どこでも良いが、この蒸し暑い中歩き続けるのは正直御免だ。


「相田君達はどこか行きたいところある?」


「俺はねぇけど、あるか?」


「特にないな」


「なら食べ歩きとかはどうだろう。もう11時過ぎてるし昼食も兼ねてさ」


「おっ、良いねそれ!」


「行こう行こう!」


どうやら目的は決まったようだ。しかし食べ歩きかぁ。暑いのには変わりないな。まぁこればっかりは仕方がない。食べることは嫌いじゃないし。


「よし決まり!何食べよっか!」


「あ!あそこ信州牛コロッケって書いてある!美味しそう!」


「え、どこどこ!?」


慌しすぎるだろこいつら……。


平川はいつもの爽やかスマイルで彼女達の後を追う。俺と竜崎はそんな平川の後ろを着いていくと、不意に平川の近くに女子が数名集まってきた。


「平川君!私達と一緒に回らない?」


「あ、ずるい!私達も!」


こうして蚊帳の外に放り出された俺と竜崎は平川をスルーしてコロッケ屋さんに向かう。


しかしこちらも大賑わいだった。


「新川さん一緒に回らね?」


「唯ちゃん!俺達も!」


「え、ええっと……」


平川と同じく既に陽キャ軍団に囲まれていた新川は困った笑みを浮かべていた。


「ちょっとちょっと!唯ちゃんは私達とまわるんだから邪魔しないでよね!」


「いいじゃんか俺達も一緒で」


「ダーメ!あんた達下心見え見え。そんなんだからモテないのよ」


「なっ!関係ねぇだろそれ!」


「ありますよーだ!」


「お前だって彼氏いねぇだろうが!」


「煩いわね!私は作らないだけなんですぅー」


辺りに人がいないとはいえこれ以上騒がしくするのはまずい。


面倒だが仕方ない。止めに行くか。


しかし俺が止めにかかるよりも前に隣にいた竜崎が輪の中へと向かって歩きだし、大野と言い争っていた男に声をかけた。


「おい」


「あ”!?……ひえっ、ご、ごめん竜崎君!」


ひえっ、て。


恐らく隣のクラスのやつだろうが、竜崎にビビりまくりだ。一昨日の夕食で少しクラスの中での印象が変わりつつあったが、他クラスのそいつはそんな事知る由もなく、ただただビビっていた。


「悪いけど、こいつ俺達と回るんだわ。今日のところは退いてくれ」


「あ、あぁ。ごめんな唯ちゃん!また今度!」


そう言って囲んでいた男子を連れて急いでその場を後にした。


「あ、ありがとう竜崎君」


「ああいうのは中途半端に相手しようとするから調子に乗るんだよ。嫌ならはっきり言った方が良い」


「そ、そうだよね。ごめん」


「別に責めてるわけじゃない。お前自身の立場もあるだろうしな」


少し意外だった。竜崎は学校の中で孤高の存在。新川のような人気者の立場を理解していないと勝手に判断してしまっていた。


もしかすると喧嘩が強いのも何か理由があるのかもしれない。


しかし詮索する意味もそういう仲でもない。それに竜崎は何の理由も無く暴力を振るう人間ではない。それだけは確信できる。


まぁそんな竜崎を見る橘の輝くような目は気になるが。


こうして新川は事なきを得たが、まだ女子に囲まれている平川が居た。


「ねぇねぇ行こーよー」


「い、いや俺もグループで動くからさ」


「じゃあ一緒でいいじゃん!」


そんな押し問答のような会話は平川が折れるまで終わる気配はなかった。もしかして竜崎が行くんじゃ?と思って竜崎がいた方を見ると、そこに姿はなかった。


「コロッケ食ってやがる……」


男は助けない、みたいな事ではなさそうなので恐らく女子に口出しするのは憚られるといったところか。


「ど、どうする?」


「どうするって言われてもなぁ。置いてくか?」


「いやそれはダメでしょ」


「だよなぁ」


「どうしよう……」


仕方ない。いっちょやるか。


「おーい平川!赤崎先生が向こうで呼んでたぞ!かなり急ぎの用っぽい!」


すると囲んでいた女子全員がこちらを向いた。こえぇよ。


「……あぁ!今行く!というわけだからみんなごめんね」


そう言って平川は女子達の間を潜り抜け、こちらへ走ってきた。


そして俺の横を走り去ろうとした時、


「15分後駅」


すると平川は少しスピードを落とした。


「了解」


そう呟きそのまま元いたバスの方へと走り去る。


平川に群がっていた女子は肩を落としながらそれぞれのグループへと戻っていった。


「さ、散ったな」


他の4人を見るとコロッケに夢中の竜崎を除いて、3人は唖然として俺を見ていた。


「どうした?」


「いや、やっぱりすごいね相田君って」


「ほんとほんと。一瞬で助け出しちゃった」


「バッチグーだね!」


大野、それ古いぞ。


「んじゃ、平川にさっき15分後に駅って伝えたし向かうか」


「え、あんな一瞬で?」


「あぁ、あいつも「了解」って返してきたぞ」


「……やっぱり相田君って平川君と仲良いよね」


「いやちげぇから。そういうんじゃねぇから」


おい大野ニヤニヤするな。橘はその遠慮したような苦笑いやめろ。なんか悪いことしたみたいになっちゃうだろうが。


「ま、とりあえず行こっか!待たせちゃ悪いしね」


大野を筆頭に俺たちは駅へと向かった。


てかあいつ人気すぎだろ。芸能人かよ。いや別に羨ましいとかないけどほんとに。


どうでもいいことを考えながら彼女達の後ろをついて行く。


ふと振り返って竜崎の方を見てみる。








コロッケ3つ持ってた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る