第11話 甘いパフェと記憶
—cafe delete—
駅のすぐ近くに佇むその店は、オープンして間もない為か大いに賑わっていた。
見たところ50人近くは並んでいる。それも全て制服を着た中高生ばかりだ。
「うわー、並んでるねぇ」
「そうだねー、でもこれだけ並んでるってことは結構期待できそうじゃない!?」
新川と大野が楽しそうに話しているが、この並び具合はちとキツい。というか帰りたい。
「……帰らねぇ?」
「おいおい、ここまで来て帰るはないだろ」
「ほんと相田君は相変わらずなんだから」
「ほら行っくよー!」
俺の帰りたいという切実な願いは一蹴され、列の最後尾へと連れていかれた。
どれぐらいかかるんだよこれ……。
◇◇◇
と、思ったが30分程で店内へと案内してもらうことができた。
俺はドアの前に立つとそこにかけられていたネームプレートをまじまじと見つめる。
cafe delete、ねぇ。
deleteって消去とか削除って意味じゃなかったか?なんか物騒な名前だな。
「相田君どうしたの?」
そんなどうでもいいことを考えると、後ろにいた新川から訝しげな目線を向けられる。
「あぁ、行くよ」
俺はその重々しい扉に手を掛けた。
◇◇◇
中は思ったより質素で簡素な空間だった。しかし所々にカラフルな花や動物の置物が置いてあり、大人から子供まで楽しめるようになっている。
カウンターとテーブル席があり、今はどこにも空きはない。
人が少なければ、店内に流れるBGMを楽しみながら落ち着けそうなのだが、これだけの学生がいるのでガヤガヤと騒がしい声がBGMをかき消している。
案内されたテーブルに着き、メニューを開く。種類は少ないが、どれも美味しそうだった。
ただその中に一際大きく書かれているメニューがある。
「あ、これこれ!デリートパフェ!」
「すごいねこれ!4人で食べ切れるかなぁ」
大野は前から知っていたようだが、初めて知った俺たちからすればこれはやばい。
なんだ6000円のパフェって。
辺りを見回してみると、ほとんどの客がこのデリートパフェを注文しているようだった。
「まぁ、せっかくだしみんなで食べてみないか?」
平川がそういうと女子2人はそれに賛同し、俺も特に異論はないのでデリートパフェを注文することとなった。
すぐに後悔することになる……。
◇◇◇
「う〜、頭が割れるぅ」
流石6000円のパフェ。デカさでいえば安いぐらいだぞこれ。
大野は甘いものに目がないのか、開始早々フルスロットでかきこんでいったが、当然のように頭にキンキン来てるようだ。
うん。バカだこいつ(決めつけ)。
「遥はいつも後先考えなさすぎだよ?」
「ほんと相変わらずだな」
新川と平川にとってはこれが当たり前らしい。
将来大丈夫かなこの子、と失礼なことを考えながら俺は黙々と食べ続ける。
うん。美味い。
何を隠そう俺は生粋の甘党である。最初はそのデカさが未知数すぎてビビって後悔するだの何だの言ったが、食べてみれば案外余裕だった。
「相田君すごいね。頭痛くなんないの?」
「ま、ペースは考えてるからな。どこぞのバカとは違う」
それを聞いた大野がむきーっと唸り始めて、さらに食べるペースを上げだした。
「おいおい、またそんな食べると……」
「うぅー。痛いよぉ」
「言わんこっちゃねぇ……」
やはり大野は馬鹿であった。
◇◇◇
そうして約40分程かけて完食した。
後半ほとんど俺しか食べてなかったけど。
時間も時間なので少しずつ客も減り、落ち着いた空間がになってきていた。
全員口が甘くなってしまい、その後コーヒーを注文すると、髭が似合うダンディな人が運んできた。
「この店のオーナーをさせていただいております山科です。本日はご来店ありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか」
にっこりと笑顔を浮かべたその人は、そう俺達に尋ねながらにコーヒーを配っていく。
「あ、オーナーさんですか!すごく美味しかったです!」
「それは良かった。あまりにかきこむスピードが早かったので少し心配してしまいましたよ」
そのオーナーは先ほどの笑みから少し悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「み、見られてたんですか。恥ずかしい……」
「すみません、こういう仕事をしておりますのでどうしてもお客様の反応が気になってしまいましてね。それからそちらの彼には、かなりあのパフェを気に入っていただけたようで」
「あ、はい。すごく美味しかったです」
「宜しければまたお越しください。あのパフェを1人で注文されるということでしたらサービスさせていただきますよ」
よし、行こう。
「随分賑わってますよね!大変じゃないですか?」
「いえいえ、むしろ嬉しい忙しさですよ。ただ個人的には落ち着いた感じが好きなのですけどね。おそらくこの忙しさも3ヶ月もすれば落ち着きますからね」
「そういうもんですかねぇ……」
新しいものはすぐ流行るがすぐ飽きる。世知辛い世の中だ。
「今日はもう落ち着いてきましたので、快くまでごゆっくり」
「あ、あの」
そういった立ち去ろうとしたオーナーだが、俺はつい呼び止めてしまった。
「どうかなさいましたか?」
「その、どうしてcafe deleteって名前なのかなと思って」
そんな質問に意味はない。そう分かっていたのに思わず聞いてしまった。するとオーナーはにっこりと笑って、
「皆さんにも、消したくても消せない思い出があるんじゃないですか?」
まるで答えになっていないその言葉に俺は、はっと息を呑んだ。
そうして立ち去っていくオーナー背中はどこか寂しそうで、
まるでお手本のような歩き方にも関わらず、何故か揺らいで見えた。
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