第10話 回顧、そして日常
その後は当たり障りのない話をしていた。
クラスのこと。テストのこと。そして明穂さんのことも。
30分ほど話したところで、生徒指導室のドアがノックされた。
「赤崎先生。2年の高梨です。少しお話があるのですが、よろしいですか?」
高梨。その名前にはつい最近聞き覚えがある名前だった。
「おぉもうこんな時間か。すまないが客だ。今日はこれでお開きとしよう」
「はい、それじゃあ俺はこれで」
俺がソファー立ち上がったと同時にドアが開いた。
入ってきたのは、同じ学年の色のリボンをつけた女子生徒だ。
すると彼女の顔を見た途端、ノイズのようなものが頭に走った。
—ぃちゃん
—りがとう
——泣かないで
「——っ!」
頭に激しい痛みを覚え、俺は頭を押さえながら倒れ込むようにソファーに腰を下ろした。
「おいどうした!気分が悪いのか?」
赤崎先生は慌てて駆け寄ってくる。
「い、いえ。ただの立ちくらみですよ。心配かけてすみません」
「保健室へ行くか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。それじゃあ」
俺は再び立ち上がると、その少女の隣をすり抜けるように横切り、足早にその場を後にした。
彼女はそんな俺を一瞥して少し心配そうにしていたが、何事もなく生徒指導室から出ていく俺を見て少し安心したのか、本来の目的へと意識を向け直す。
頭の中でぐるぐると思考が回っている。
彼女は俺の過去に何か関係があるのだろうか。あの時俺の頭に聞こえてきた声は幻聴かそれとも——
「……考えても仕方ないだろ」
現時点で何も思い出せない以上、これ以上考察をしても無駄だ。必死にそう言い聞かせ俺は下駄箱へと向かっていった。
しかしこれだけは確信を持って言える。
さっきのは俺の記憶だ。
けれど新川の時のような懐かしさや暖かさは無い。
むしろ——
俺はそんな思考を振り切るように徐々に歩みを早めていった。
——————————————————
暗闇にいたはずが気づけばあたりは真っ白に染まっていた。
寒い
寒い
寒い
暖かさを求めて手を伸ばすと——
その手は真っ赤に染まっていた。
—————————————————
「おっはよー!」
翌日、俺が教室の扉を開けようとすると背後からやたら元気な挨拶が聞こえてきた。
「そんなでかい声出さなくても聞こえてるっての。……おはよう」
「えぇー?相田君って聞こえないフリしそうじゃん?」
ごもっともである。
「あ、今日平川君と遥と駅前にできたカフェでパフェ食べにいくんだけど、相田君も誘おうってなって、今日空いてる?」
俺には予定のある日などほとんどないし問題ない、のだが、
「遥って誰だ?」
「大野遥よ」
「いや、だから誰」
「……本気で言ってる?」
「え?あ、あぁ、まぁ」
訝し気に睨んできていた新川だったが、今度は信じられないような物を見る目で見てきた。
え?なんかまずかった?
賢明に記憶を辿るが全く思い出せない。そんな様子を見て彼女は呆れたようにため息をついた。
「クラスメイトなんだけど」
「……まじか」
「まじだよ。よく私と休み時間話してる茶髪でセミロングの女の子」
「……あぁー、なんか見覚えはあるようか」
「……本当に?」
「……多分」
新川は再びはぁ、とため息をついた。
入学して2ヶ月近く経つが、基本的に顔は覚えていても名前を覚えているのは新川と平川ぐらいなもんだ。
人間観察はしてるんだけどなぁ。
「まっ、これを機に仲良くなれたらいいじゃん!」
「えぇー、俺は別に……」
「何か言った?」
新川はニッコリと笑っている。
後ろにゴゴゴという文字が入りそうでまじで怖い。てか入ってるだろこれ。
「よっ、おっはよー」
すると後ろから平川が爽やかな挨拶が聞こえてきた。
「朝から爽やかなこった」
「おっはよー平川君!あ、今日相田君も行けるって!」
「おっ、あそこのパフェまじでやばいらしいから覚悟しとけよ?」
その言葉を聞いてちょっとワクワクする。俺は甘いものに目がないのだ。ついでに辛いのも好き。後苦いのもモノによっては好き。
この世の食事全て楽しめるとか俺マジ最強じゃね?
「おっはよー!唯!潤君!」
するとまたもや背後からやたら元気な挨拶が聞こえてきた。
「遥おはよ!」
「おはよう遥」
どうやら彼女が大野遥らしい。茶色のセミロングで少し顔は幼い。身長も少し低めだ。確かに見覚えはある。
「相田君もおっはよー!」
「お、おう」
ほぼほぼ初対面だが、知り合いかのように挨拶してくる。これがリア充という人種のなせる技か……!
「こちらクラスメイトで私達と中学から同じの大野遥。遥の方は知ってるよね?」
「うん!よろしくねー相田君」
「あ、あぁよろしく」
「今日相田君も行くことになったから」
「おっ、良きですなぁ〜」
手をわきわきさせながら謎の表現をする大野。
つ、ついていけねぇ。けどそこに痺れる憧れ……ないな。
ワイワイ戯れる3人を見てると、放課後騒々しくなりそうな予感がした。
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