第9話 ヒロキさん、いやがってないし
波長が合う。
ごく普通の女子高生にしか見えないよもぎとの会話で感じる少しばかりこそばゆい緊張感はヒロキにとって新鮮で心地よい感覚だった。そして相手が幽霊であるにも関わらず安らいだ心地よさを感じるのは、彼女が言うように「波長が合う」からなのだろうとヒロキもそう考えていた。
一方、よもぎにはこの部屋にあるものすべてが新鮮に映っているらしく、ヒロキとの会話もそこそこに落ち着きなくキョロキョロし始めていた。
まるで飾りっ気のないひとり暮らしの部屋ではあるが、その中でもすぐ目の前にある薄型テレビが彼女の目を引く。よもぎは早速ちゃぶ台にあるリモコンを手にするとそれをいじり始めた。そして画面と手元をかわるがわる見くらべる。
「あれ? あれ?」
どうやらチャンネルに戸惑っているようだ。とりあえず「1」から「9」までを順番に押してはみたものの、どこか釈然としない顔をしている。
「ヒロキさん、ヒロキさん、10チャンってどうするんですか?」
「えっ、10チャン?」
「そうです、そうです、あと12チャンも」
「それっていつの話だよ。テレビ朝日なら5、テレビ東京は7だよ」
やはりそうだ、この子は今の時代の子ではないのだ。この子が生きていたのは地上波テレビ放送がデジタル化される以前なのだろう、しかしNETではなくテレビ朝日、東京12チャンネルではなくテレビ東京というのは通じているようだった。
「へぇ――だから5とか7が映ったんだぁ」
よもぎは再び画面と手元を見くらべながら選局ボタンを「1」から順番に押す。各局を数秒ごとに変えていくザッピング、それはヒロキにとってまったく落ち着かない光景だった。
「よもぎ、ちゃん、だっけ? 君の手元のリモコン、そこに『番組表』ってボタンがあるだろ。それでチェックすればいいんだよ」
よもぎはリモコンをまじまじと見つめて番組表のボタン見つけるとそれを押してみた。すると一瞬の暗転、続いて画面いっぱいに番組表が表示された。
途端によもぎの目が輝く。
「すご――い! このテレビってテレビガイドが入ってるんですか? こんな機能がついてるなんて。それに大きいし薄いし。これってきっと高いんですよね」
「いや、お買い得だったよ、型落ち品だし」
よもぎは画面いっぱいに映る番組表をぼんやりと眺めていたが、その興味の先はいつしか別のところに移っていた。
「ところでところで、さっきよもぎのことJKって言ってましたけど、あれってどんな意味なんですか?」
「JK? ああ、あれは女子高生って意味だよ」
「そういうことだったんだぁ……ではでは、イモウトモエ、は?」
「そ、それは知らなくていい」
「え――っ、そんないじわるしないで教えてくださいよぉ」
「だから、そのままだよ。妹に萌えるってこと」
「もえる……そっかあ、妹さんと燃えるようにアツアツってことなんですね」
当たらずとも遠からずか、ヒロキは適当な相槌をしてその話題をやり過ごした。
そしてよもぎの興味は再びテレビに向いていく。番組表と格闘しながらいつ終わるとも知れないザッピングを続けるよもぎ、ヒロキはそんな彼女に声をかけるタイミングを見計らっていた。
「あの、よもぎ、ちゃん? その、時間も時間だしさ、もうそろそろ帰った方がいいと思うんだけど。危ないからオレ送ってくし」
しかしよもぎは答えることなくテレビを見続けていた。ヒロキはよもぎをなるべく刺激しないよう言葉を選んで続けた。
「ここってアパートだろ、やっぱ女の子を泊めるわけにはいかないんだ。とりあえず今日のところは帰ってもらってもいいかなあ」
相変わらずザッピングを続けるよもぎだったが、その指を止めるとヒロキの顔も見ずに震える声で小さくつぶやいた。
「帰るところなんて……そんなの、ないもん」
そしてヒロキの顔を見上げると強い語気で続けた、その目を潤ませながら。
「送ってくって、どこにですか? また神社ですか? あそこでまたずっとずっと待てって言うんですか、ひとりでずっとずっと……」
この子を神社に送って行ったとして、その後はどうするのだ。この寒空によもぎひとりを置いて帰るのか。自分で切り出してはみたものの、確かにその先のことまで考えていなかった。思わず言葉に詰まるヒロキに向かってよもぎはなおも早口でまくし立てた。
「もしここを追い出されたら、よもぎは浮遊霊とか地縛霊とかになっちゃうかも知れないんです。ヒロキさんはそれでもいいんですか? こんなにかわいい、いたいけな女子高生……じゃなかったJKがそんなことになってもいいんですか?」
よもぎの勢いはとどまることなく続く。
「やっと、やっと出会えたんだもん。よもぎをあそこから出してくれる人がやっと見つかったんだもん。これは……これは神さまって言うか、その、御神木様の取り計らいなんです、きっとそうなんです。それに……」
ちゃぶ台の向こうからよもぎの顔がヒロキの顔に近づいてくる。このままだと額と額がぶつかる。よもぎの息がヒロキの鼻先をかすめるほどに近づいたその瞬間、よもぎの顔が半透明になった。
続いて自分の顔が温かい何かに包まれる。それはほんの一瞬、顔の火照りがすっとおさまって再び目を開けたとき、よもぎの顔はなにごともなかったかのようにヒロキの目の前にあった。
「ヒロキさん、いやがってないし。ちょっと緊張してるみたいだけど、いやがってないし」
「お、おい、今のって、オレの頭の中を?」
「えへへ」
よもぎはいたずらっぽく笑っている。
「わっ、わかった、わかったよ。とりあえず今日は泊まっていけばいいよ」
「今日だけですか?」
「まあ、その……し、しばらくは」
そしてヒロキは微笑むよもぎを前にして小さくぼそりとつぶやく。
「……って、やっぱこうなる展開かぁ、大丈夫か、オレ」
こうして女性経験ゼロの理系男子と幽霊の女子高生との奇妙な共同生活が始まるのだった。
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