第4話 会いたい気持ち


かび臭い匂いのする空間に放り出された。目を開けると啓太はテーブルの前に座り、スマホを握っていた。スマホの液晶にはラインの通知が二通分出ていて、タップするとメッセージが表示された。


―――『来週の週末、部内で飲み会するから参加しろよな』


これは美好に渡された薮内からのメッセージの手紙に書いてあった文面だ。もう一通を見る。こちらも薮内からで、


―――『今回は課内の集まりだから、課長が割と負担してくれる。参加しない手はないぞ』


とあった。


この二通目のメッセージがあったから、自分はあの世界で置き去りにされず、野垂れ死にすることもなかったし、美好にも再び会えたのだ。そう思うと、薮内には感謝しかない。啓太はメッセージの礼と参加する意向を簡単にしたためると、送信した。既読は直ぐに付いて、『OK』のスタンプが送られてきた。…これで森川と業後も一緒に居られる。


…しかし、心の浮きたちはそんなに訪れず、自分の気持ちの動かなさに啓太は少し驚いた。今までだったら、話すことは出来なくても、森川が出席するというだけで無条件に苦手な飲み会にも参加して、視界に森川の姿を収めることを楽しみにしていたというのに…。


それよりも、今は美好のあの笑顔が忘れられない。涙を零しながら頬を染めて微笑む美好の花のような可憐な姿。身なりは森川のように女性らしいスカートなどではないが、啓太に微笑んでくれた、あの笑みが宝物だと思う。


美好のあの笑みを思い出すと、心がほわっとあたたかくなり、自然と美好のように口角が上がってしまう。少し、気持ちがうきうきするかもしれない。女性とあまりお近づきになれなかった啓太は、初めての心情に困惑しつつも、溢れ出す美好に対するいとおしさが暴走してしまって止まらない。


会いたい。もっと美好と会いたい。


接点は啓太のスマホに送られてくるメッセージのようだったから、誰かにメッセージを送ってもらえれば美好にまた会えるのではないだろうか?


…でも、啓太にメッセージを送ってくれそうな相手が見つからない。啓太は友達も少ないし、就職してからはその友達とも疎遠になっている。いきなりメッセージを送ってほしいと頼んでも驚かれるだけだろう。


悩みに悩んで、姉に頼ってみようと思った。姉なら、啓太の頼みを聞いてくれるかもしれない。啓太の性格も良く知っているし、多少の無理は効くような気がする。


啓太は姉宛てのラインの画面を開いた。すると前回のやり取りの記録は去年の年末。何時頃に実家に着くかという連絡を取り合っていたらしい。


半年以上連絡を放っておいて、いきなり頼むことかと思ったけど、もう姉にしか頼れないと思ったから、メッセージをしたためた。


―――「姉さん、久しぶり。実は訳あって出来れば毎日でもラインを受け取りたい状況なんだ。姉さんの毎日の食事でもいいから、送ってくれないかな。頼みます」


送信した後、流石に突然すぎたなと思って、失敗した気持ちを切り替えるべく風呂に入った。


昼間外回りでべとべとになった汗が湯に泡に流されていく。洗髪もし、さっぱりしながらだんだん事の大変さを認識しだした。


こんな冴えない自分が、女の子に会いたくて必死になっている。それは滑稽なことだった。実るとは思えない想いだったが、それでも会いたかった。会えるだけでいい。こんな気持ち、ほかの誰にも…、森川にだって持たなかった。


ぱしゃん、と湯を顔に浴びせる。顔を拭った啓太の瞳には力が宿っていた……。



風呂から出ると、姉から返信が来ていた。姉は啓太の性格を分かったうえで、OKしてくれた。


―――『子供のお弁当でもいい? 毎日送ろうと思うと、それくらいしか思いつかないわ』


―――「十分だよ。お願いします」


啓太の返事に了解のスタンプが送られてくる。取り敢えずこれで美好に会える。啓太の心は浮き立った。




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