第33話 二度あることは三度ある、ということは四度目もある




 刺せば死に至る人体の急所。

 色々あるけど、その内の一つが肝臓である。


「肝臓は人体で最も大きい臓器。一見狙いやすいって思うかも知れんけど、此れが意外と難儀でな。肋骨が邪魔やねん」


 だからナイフで正確に刺すにはちょっとだけコツが要る。

 位置は胸部右側の広い範囲。第7、第8、第9肋骨を避け、下から45度の角度で斜めにブッ刺す。

 出血過多により約1分で意識不明。5分もあれば死に至る。



「頸動脈。首の左右を通るごっつ太い血管。脳に血液を送る為の大事な器官や。首の横を薙げば良えだけやから狙いやすい」


 しかし、人間は首や顔面の攻撃に対して非常に敏感である。正面からだと避けられてしまうケースも結構多い。

 勿論、当たれば確実に殺せるのだが。深さも皮膚の表面からたった3センチほど。強い力は必要ないだろう。

 脳へ血を送る為の血管故、肝臓を刺すよりも昏倒させる時間は早い。10秒少々で死に至る。



 



「────で、や。そんな大事な器官を2つとも、せっかく俺が上手に処理した訳やけど……自分、ピンピンし過ぎやろ」


 どないなっとんねん。そう言いながらも関西弁男はケラケラと笑った。


 ……確かに、奴からしてみれば当然の疑問だろうが。こんな奴にご丁寧に説明する義理は無い。笑い方も癪に障る。

 

「外したんじゃねーの、処理が下手(語気強め)だから」

「いやいやいや、あんだけ血ぃ流しといてそら無いやろ。……ってゆーか今更やけど、君、誰なん? 警察の人には見えんけど」

「誰だっていいだろーが別に。正体知れねえのはお互い様だろ」

「あー……確かにそうやな!」


 右足のザイルが邪魔だったので無理矢理外す。

 つい先程まで外の階下にいる覆面男と繋がっていたが、もう意味は無い。俺の足に掛かっていた奴の体重はとっくに消えていた。関西弁男とゴチャついている間にまんまと逃げられてしまったらしい。


 直ぐに覆面男を追い掛けたいところだが、こっちの関西弁男を放っておく訳にもいかなかった。この部屋には未だ患者もいるし、「寝ている」と言っていたが廊下の刑事は生死不明。もし生きていて重傷ならば、直ぐに治さないといけないだろう。

 そして何よりも、覆面男よりコイツの方がムカつくので、


「……ほんなら、自己紹介する?」


 結論、今はこっちの馬鹿を早々に殺す。


「必要……ねえだろ!!」


 練体通を更に練り上げて一気に奴へと肉迫した。


 本来なら「普通の人間」相手であればレベル1の「響」を放つのが一番手っ取り早い。が、敢えて今は接近戦に持ち込んだ。

 理由は3つ。


 1、威力が弱い。

 レベル1は喰らえば体感でプロボクサーのブロー並みの威力があるが、言い換えれば「耐えれる奴」には耐え切れるレベル。事実、この男はさっき一発喰らった筈なのに現在も立っている。ダメージは確実にあるだろうが、一瞬の決め手には不安があった。


 2、位置取りが悪い。

 偶然だとは思うが、俺が奴と対峙する直線上……つまり、奴の背後には運の悪い事に患者がいた。「響」は人体を貫通する事は無い。なので奴に当たれば問題はないのだが、万が一避けられた場合「響」が患者に当たる可能性がある。

 普通は避けられる代物では無いのだが、しかし俺の脳裏には「覆面男」が初見で躱したシーンがこびり付いていた。避けられる可能性がある以上、今は撃つ事が出来ない。

 患者がこの部屋から逃げてくれていたら助かったのだが。腰が抜けているのか、ペタンと座り込んで動く様子はなかった。


 3、ストレス。

 解消するには「響」よりも「こぶし」の方が良い。

 殺しはしない。歯は何本か折れるだろうが、直ぐに新しいのをやるから心配無用。



 初速の踏み出しが床を抉る。リノリウムが剥がれて宙を舞った。


「歯ぁ喰いしばれ!」


 左顔面ストレート。


 だが、


『人間は首や顔面の攻撃に対して非常に敏感である。正面からだと避けられてしまうケースも結構多い』


 紙一重の所で避けられた。

 流石に、いきなり顔を狙うのは無理があったようで。

 ……だとしても、練体通ありきの突進を躱すか。先の踵落としの回避と言い、コイツも相当勘が良い。



「──心臓。左胸第3、第4肋骨の隙間に9センチ刃を進めると到達」


 おまけにカウンターを与える余裕もあったようだ。再び出た奴のナイフが俺の左胸を正確に穿つ。


「死亡まで3秒や」

「刺さったらな」


 ナイフ如きで練体通は抜けない。皮膚の表面で止まった刃を素手で掴んだ。

 そのまま力を入れて、メキャリと握り潰す。


「嘘ん!?」


 驚嘆している間に奴の胸倉を捕らえた。

 無理矢理此方へと引き寄せる。


 これでもう、躱せない。


「……もっぺん言うぞ。歯ぁ、喰いしばれ」



 ボゴゴゴゴゴゴッ!



 容赦なき連打。手に伝わるのは肉を通して骨を叩く感触。嗚呼、久しぶりである。


 一瞬にしてボコボコ顔となった関西弁男を倒れる前にしっかり受け止める。ペシペシと頬を軽く叩き気絶したかどうかを確認した。多分、大丈夫。

 確認の後「せーの」と担ぎ上げ、そのまま背後にあるベッドの上へと無造作に放り込んだ。

 暫くは起きないだろう。


「……うーん」


 右手をプラプラと振る。別に痛めた訳では無いが、殴った時の手に伝わった感触が非常に不快だった。

 昔は全然平気だったけど、今味わうとそうでも無いようで。まあ、それは小学生の頃の話だ。少しは俺も人間として成長したのだろう。


 結局、ストレス解消にはならなかったが。




--




「──っと、そうだ。刑事さんは……」


 そう慌てて入り口の方に振り返る。そこで、俺は今更ながら「やっちまった」と理解した。

 視線が合うのはこの部屋にいたもう一人の人物、例の患者である。


「あ」


 ……この人の事をすっかり忘れていた。

 いや、全く視界に入ってなかった訳では無いのだが。しかしまぁ色々とゴタついていた為、事後処理の事については後回しというか、全くのノープランであった。

 俺の事とかどう説明したものか。元々入り口からこっそり治す予定だったので、直接会うつもりも毛頭無かったのだ。


 女性の表情は滅茶苦茶引きつっている。間違いなく俺にドン引きしていた。──そりゃそうだ。たとえ相手が殺人鬼だろうと、一方的にボコボコにするところを見れば普通は引く。

 とりあえず何か言わねばと口に仕掛けた所で、彼女が先に言葉を発した。


「……うし」


 ……牛?


「後ろっ!!」



 背後から頭上を通る細い何か。振り返る間もなく、次の瞬間に俺は紐の様なもので首を括られていた。

 紐の様なものというか、さっき俺が捨てたザイルだ。


「クぇ……!」


 気絶したフリにまんまと騙されたらしい。


「君は特に警戒心が緩いな。なまじっか強い奴にようあるパターン。……もう3回目やで? 君に不意打ちすんの」


 関西弁男からザイルで締め上げられる。反射的に手を差し込もうとしたが、肉に食い込み過ぎて上手く掴めなかった。

 息が出来ない。

 

「でもまあ、驚いた。致命傷からの回復もそうやけど、最初はナイフ刺さったのに次は全く刺さらんくなった。パワーもアジリティもヤバいし、地球人の枠を完全に超えとる。どこの惑星から来たんや自分」


 そう言いながら男は嗤った。


「それでも、全くの無敵って訳でも無さそうやな。頑丈いうても、皮膚がガチガチの鋼鉄になった訳やない。ケブラーみたいな柔軟性ある強靭素材って感じか。なら、頸部圧迫による頸動脈洞反射や窒息は狙えそう……」



 ────っ話長えわ!!!


 「刃」を展開しザイルを切断。前のめりで倒れそうになるのを何とか堪え、そのまま奴に背後蹴りをかます。


「おっと!」


 また躱された。続け様に振り返りながらジャブやストレートを繰り返すが、当たらない。関西弁男はヒラリヒラリとまるで闘牛士のように俺の猛攻を避け続けた。


 誰が牛だ馬鹿野郎。つーかなんでコイツ、練体通の動きに合わせられるんだよ!


「フィジカルは宇宙人でも、格闘技の才能は無いみたいやな。多少齧っとるみたいやけど、予備動作がデカいで!」

「! あーそうっすか、ご忠告どーもっ」


 ならば、と地球人には出来ぬ動きを展開する。床を蹴り奴の頭上へ。身体を廻して上下反転させ、逆さの状態で天井に一瞬だけした。


「おお!?」


 予想外の行動で奴の回避を遅らせる。加えて真上から真下への攻撃。それは「流れ弾」での周囲の巻き込みを心配する必要が無いと言う事。


 レベル1では奴はまた耐えるだろう。しかし、レベル2では確実に殺してしまう。間を上手く調節すれば良いのだが、そんな事が出来るのであれば最初からやっていた。この技はピーキー過ぎる。


 だったら、


「念導通『響』レベル1、


 レベル1を適度に散らしつつ、同時に複数放つ。

 ポイントをずらしての多段ヒット。おまけに回避の難しい面攻撃。

 「刃」を使わなかっただけ有難いと思え。


 クルリと再び反転し、今度は床に着地する。これで────


「……何べん言わせんねん、ちゃんと『残心』せんかいボケ!!」




 ────は?


 今度こそ倒れると思った男は、俺の髪を掴んで後ろに引っ張った。物凄い力、更には足払いを掛けられ堪らず背中から転んでしまう。



 ……あり得ない。

 レベル1とはいえ「響」は内部破壊だぞ? 一発二発喰らって耐えるのならともかく、複数同時に受けて立てる筈が無い。気合いでどうとか、もうそう言うレベルじゃ無い。


「俺、言うたよな? 生物が生きる上でいっちゃん大事なんが『警戒心』やって!! お前もあん時、聞いとったんやろ!?」


 関西弁男は激昂していた。「響」で頭の血管が破裂したのか、だくだくと額から血を流している。口からも吐血が見られた為、内臓を破裂している可能性も非常に高い。

 だが、立っている。立って俺を見下ろしていた。


「じゃあ、なんで舐めて掛かんねん!? もっと俺を警戒せんかい!!」



 ごそり、と奴が腰のベルトから取り出したのは拳銃である。見覚えのある形だった。恐らく、刑事から奪ったのだろう。

 拳銃は俺にではなく、へたり込んでいた患者へと向けられた。


 って、やべえ! その可能性を見落としていた!!


「せやから、こんな事態を許す事に────」



 念導通「刃」。

 咄嗟に発動、銃を握る奴の手首を切り落とす。


 右手と拳銃が宙を舞い、それを床に落とす前にキャッチした────奴の左手が、キャッチした。


「……今のが虎の子か? 最初からやらんかい」


 なんで、コイツ。

 と言うより何なんだコイツ。


 今更ながらに奴への疑問と、そして僅かながら恐怖心が芽生え出す。


 再び「刃」を振るおうとするが、その前に奴は持ち替えた左手で発砲した。


 響く轟音と患者の悲鳴。

 但し、今度の狙いは患者ではなく俺である。練体通は健在中、拳銃如きでダメージは喰らわない。


 しかし、銃口を口の中に突っ込まれた場合はその限りではなかった。

 たとえ口腔内でも練体通は破れはしない。破れないからこそ、発射された弾丸は口の中で跳弾を繰り返す。

 2発目、3発目。元気よく飛び出してくる弾丸と高温の燃焼ガス。そして、舌に広がる燃焼煤の味。



 合計3発の凶弾はそれぞれ俺の口腔、食道、胃の中を激しく暴れ回った。

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