第24話 街中で知り合いを見かけると気付かれないように逃げる奴、めっちゃわかる



 片岡は無機質な目でジッと俺の顔を見つめていた。


 相変わらず表情は読めないが、先の台詞からして俺の体を心配しているのだろう。生憎と心当たりは全く無いのだが。

 体調不良……先程の暑さでダレていた件では無いだろう。片岡の言葉は、まるで退院明けの人物に声を掛けるような言い草だった。


 訳が分からずコテンと首を傾げると、彼女も不思議に思ったのかコテンと首を傾げた。


「ほら、戸塚くん先月末に一週間ほど学校休んでたじゃないですか」

「…………!!」


 不意打ちのフラッシュバック。


 ここ半月、思い出すまいとしていた記憶に戦慄が走る。

 薄暗い部屋……唯一灯る卓上の白熱電球……何故か菊谷氏と共に尋問を受ける俺と鋼太郎……臭い飯。そして笑顔で近づいてくる弘香の姉達。


「飲み会の翌週でしたっけ、突然音沙汰が無くなって皆んな心配してたんですけど……戸塚くん? 大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。心配無用だ。俺は生きてる。死んでない」


 努めて平静に返事をする。心配してくれるのは嬉しいが、片岡には説明の仕様がない案件だ。ここはクールに誤魔化す所だろう。


「えっと、そのスケールでの心配はしてなかったんですけど」


 全然クールに誤魔化せていなかった。

 ビッショリと掻いていた汗を拭う。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、よっぽど顔色が悪かったのだろう。

 近くにいたリーマン風の男にも「大丈夫か?」という顔をされてしまった。


「すまんが片岡、その話はそっとして置いて欲しい」

「……そうですか、よく分かりませんけど無理はしないで下さいね」

「ありがとう、でも本当に大丈夫」


 もう終わった事だ。



 程なく落ち着いた所で会計を済ませる。やはりと言うか、片岡の買った食材の量は相当なもので。両手に引っ提げた袋は相当な重さがありそうだった。

 俺の方は大した量じゃない。途中まで代わりに持とうか、と提案したが丁重に断られた。片岡によると試験を終えた例の三人が、もう近くまで来ていると連絡があったらしい。荷は全員で分担分けするから問題無いそうだ。


「なら俺はこの辺で」

「はい。あ、戸塚くん。旅行の件、日程聞きました?」

「……ああ、雛川先輩から。来月末で確定だってな」


 少々引き攣りながら、しかし顔には出さないようにして返事をした。

 旅行の件とは、前回の飲み会の時に決まった温泉旅行の事だ。その行き先はまさかの俺の故郷「山白村」の旅館。


 発端は俺がフォトコンで引き当ててしまった大賞賞品である。運命の悪戯か、はたまた見えざるモノの陰謀か。どういう因果があってかは知らぬが、俺はここにいる片岡含めた人達と、旅行と言う名の里帰りをする予定になっていた。まあ因果も何も、俺の迂闊さが原因なのだが。


 そもそも地方の田舎から出てきた学生にとって、都会で知り合った学友らに地元を見られるのは妙な小っ恥ずかしさがある。「長閑な所だね」という感想を言われたら、例え悪意が無くとも小馬鹿にされてるようにしか聞こえないだろう。被害妄想かも知れないが、田舎者の劣等感は理解して貰いたい。


 その上、俺は「正体」をバラすと不味い立場にいる。


 なにせ俺は世界に百余名しか居ない神通力(笑)を操る一族の末裔だ。そのチカラが突飛すぎて今や世界中からの注目の的であり、下手に関係者以外に正体がバレたらどんな火の粉が降り掛かるか分かったものではない。

 山白村は神通力のお膝元、承和上衆そがかみしゅうの総本山だ。俺の顔を知る関係者だって勿論沢山いる。

 ……そんな場所に? 片岡達と? お旅行ですって。


 今から胃が痛い。おかしいな、先程のフラッシュバックの時もそうだったが、「何でも治せる」が売りの神通力がさっきから全然効いて無い。


「なあ、片岡。思ったんだけど、夏に温泉行くのはちょっとシンドく無いか? ほら、暑いだろ」

「行く頃は晩夏ですから暑さのピークは過ぎてますよ。それに、夏の温泉も良いもんですよ。デトックス効果高いそうです」


 さいですか。

 楽しみのようで何よりである。俺も楽しみだよ、行き先さえ違ったらな。

 普通、そんなに行くのが嫌ならお前だけ行かなきゃ良いじゃん、と思う所だろう。だが待って欲しい。

 「女子と旅行」だぞ。そんなもん、行きたいに決まってる。生まれてこの方二十年、その殆どを狭い村の中で過ごしてきた俺にとって、こんなに魅力的なイベントは他に無い。寧ろこの為に大学に入ったと言っても過言では無いだろう。

 行かなければ後悔する、しかし行けば色々リスクがデカい。何というジレンマか。


 根回ししなきゃなぁ、とボソリと呟くしかなかった。




--




 尾行されている、と気付いたのは片岡と別れてから少ししての事。またも暑さにダレながら、アパートの自室に帰る途中であった。


 何となーく視線を感じて何度か振り返ったのだが、俺の20メートル程後方に、さっきから同じ人物が付かず離れずの位置をずっとキープしている。

 誰やねんと思って目を凝らすと、先程スーパーで見た男だった。フラッシュバックで蹌踉めいていた時、近くに居たリーマン風の男だ。

 三十代、黒縁メガネ、髪型は短めのアップバング。グレーカラーのスーツに身を包んだソイツは、どうやらスーパーからずっと俺の跡をつけているらしい。


 また厄介ごとかと溜め息を吐いていると、ポケットに入れていたスマホから着信音が鳴った。メールだ。取り出して内容を確認する。

 画面を見ながらウンと頷いた俺は、すぐそばにあった喫茶店に迷わず入った。



「何名様ですか?」

「二名です」


 出迎えてくれた店員さんにそう答えるタイミングで、背後の入り口からチリンチリンと扉のベルが鳴る。振り返らずとも分かる、さっきのリーマン風の男だろう。

 それを見た店員さんは頷いて奥のテーブル席を案内してくれた。


 窓側の席に座り、買い物袋をドサリと置いて一息入れる。この店もエアコンがしっかり効いていた。スーパーから出てまだ15分程しか経ってないが、またも生き返った気分になる。


「取り敢えず何か注文しましょうか。俺、昼まだなんですけど、そっちはもう食べました?」


 メニューを開きながら対面に座った男にそう問うた。男は座った椅子をギシリと鳴らしながら首を横に振る。


「いいや、俺もまだだ。……パスタが食べたいな、プッタネスカが良い。メニューに載っているか?」

「あー……、無いですね。ナポリタンならありますけど」

「ならそれで」


 いいのか。まあ、いいや。

 俺は何にしようかと悩んでいると、メニューの端に載っているたこ焼きに目が止まる。が、スルーした。量として物足りないし、何より注意書きに「偶に店長の気まぐれで、ロシアンルーレットたこ焼き(一個だけわさび入り)になります」と書かれていたからだ。

 ここでもやっているのか……そしてなんだ、店長の気まぐれって。大丈夫なのかこの店。

 若干不安に思いながら、結局俺もナポリタンを注文した。


 店員が去った所で「さて」と男が口を開く。


「さっきスーパーで一緒にいた娘。あの娘と付き合ってるのか?」

「違いますよ、サークルで一緒なだけです」

「そうか……まだ狙っている段階なんだな」

「いや、そうじゃなくて。鋼太郎といい、何でアンタらはソッチ方面の話に結びつけたがるんだ」


 鋼太郎と再会した時も似たようなやり取りをした記憶がある。確かに、どっちの再会の時も直前まで片岡が一緒にいた。邪推したくなるのも分からなくは無いのだが。いや、それにしたって安直が過ぎるだろ。

 俺の否定と抗議に、男は肩をすくめるだけだった。


「仕方ないだろう。山奥の村だとそういう恋愛云々の話は滅多に無いんだ。俺達は甘酸っぱい話に飢えている」

「真面目な顔して何言ってんだアンタ」

「だからさっきも気を利かせて声を掛けず、キュンキュンしながら見守っていた」

「キモチ悪い上に余計なお世話だ」




 一見、堅物そうな顔をしてギャップある発言を繰り返すこの男。名を御堂鱏真みどうえいまと言い、俺と同じ承和上衆の一員である。

 全部で十家ある承和上衆の一角「御堂家」の現当主にして、滅多に笑わないザ・鉄面皮。ある意味片岡とキャラが被るが、彼女もこんなオッさんと一緒にされたら堪らないだろう。

 歳は確か36で一児の父。未だ子供扱いされているのか、俺と絡む時は結構戯ける人である。


「で、なんでまた俺の所来たんですか?」

「野暮用ついでに、久しぶりに顔を見に来た」

「……野暮用?」

「こっちの話だ、お前には関係ない」


 じゃあ何か。本当に用件は無いのか。


 まったく。スーパーにて、この人の存在に気付いた時の俺の焦りを返して欲しい。また鋼太郎の時みたく厄介ごとかと身構えてしまったじゃねえか。


「──が、それに付随して問題が一つ発生してな。お前に頼みがある」

「いや、あるんかい」


「野暮用が思っていた以上に長引きそうなんだ。しかし、普段の仕事にも穴を開ける訳にはいかない。代打を頼もうにも知っての通り、ウチは人手不足でな」

「その穴埋めを俺にやってくれと?」

「お前が夏休みの間、それも俺の仕事の一部だけだ。バイト代は弾むぞ?」


 どうする? という顔をエイさんは俺に向けた。


 野暮用とやらのついでとは言え、この用件を伝える為だけに俺の所に来たらしい。

 正直、電話で済みそうな話だと思うのだが。態々出向いて頼みに来たという事は、余り断って欲しく無いのだろう。


 俺自身、夏休みの予定はポツポツとある。しかし、ずっと忙しい訳ではない。寧ろ暇の方が多いから、引き受ける事自体は吝かではない。


「生活費は仕送りで充分間に合ってるんですけどね」

「生活費は仕送りで良くても、デート費用ぐらいは自分で稼ぐべきだろう。男ならな」


 真面目な顔をしたまま、エイさんはぐっと握り拳を作って力説していた。

 うん、意見には同意しよう。だが、またそのネタを引っ張るのか。勘弁してくれ。


「でも引き受けたら、夏休み中の殆どを村で過ごさなきゃならない訳ですよね? それもちょっとなぁ……」

「ああ、安心しろ。仕事の現場は山白村ではない」

「……なら、何処で?」

「津々浦々だ。、全国各地にいる患者達をお前の神通力で治すんだ」


 …………。


 承和上衆が出張サービスをやっていたとは初耳だ。

 てっきり相手が人間国宝だろうが、総理大臣だろうが「治したいなら自分で来い」が、承和上衆うちのスタンスだと思っていた。どうやら、違ったらしい。


 いや、それに関しては別に良い。動きたくとも動けない患者だって中にはいる。此方から出向くサービスがある事は、そんな人達からすれば有難い話であろう。

 だが今のエイさんの発言には少し引っかかる部分がある。

 持ちつ持たれつが為……この言葉にそこはかとなく、ネガティブな意味での「忖度」の匂いがした。


「依頼は警察庁関係者からだ。弘香誘拐の件では揉み消しや情報提供等で大分世話になったからな。その見返り……と言うと俗な言い方になるが、警察との協力関係はこれからも大事にしたい」


「まあ、わかります。別にウチは慈善事業団体を名乗っている訳でもないですからね」

「それでも人を癒す事には変わりない。だから変に気に病む必要は無いが、嫌なら辞めとくか?」

「……いや、やりますよ。弘香の件なら俺も関わりましたからね。それに、そのくらいで葛藤を感じるほど潔癖でも無いですし」


 俺が了承すると、エイさんは「助かる」と言って頷いた。


「で、その患者さんらは具体的にはどういう方々なんですか? 津々浦々ってことは、やっぱ各署のお偉いさんとかですかね?」


 肩凝りや腰痛を治せばいいのだろうか。或いは糖尿や高血圧の悩み相談を請け負うとか。

 ……いやいや、流石にそれは巫山戯過ぎか。

 きっとアレだ。壮絶な逮捕劇で、不覚にも負傷してしまった警察官の治療とか、そんな所だろう。

 ならば気に病むだなんてとんでもない。勇敢な彼らに対してなら、寧ろ此方から治療させてくれとお願いしたい所である。



 ──そんな想像をしていた俺なのだが、現実という物はどこまでもシビアであるらしく。

 次のエイさんの補足……否、訂正に俺は安請け合いした事を激しく後悔した。


「何か勘違いしているみたいだが、患者は警察の人間ではないぞ?」

「……? 依頼は警察からなんでしょ?」


「依頼主はそうだが、患者は違う。お前が治すのはの方だ」

「…………犯罪者」

「ああ。元々持病を抱えていた者、過失運転で自分も重症を負った者、追い詰められて自殺を謀ったが未遂になった者……etc。そういった奴らを片っ端から治していくのが今回の仕事だ」


 このタイミングで料理が運ばれてきた。大盛り且つ野菜たっぷりのナポリタンが俺とエイさんの前にデンと置かれる。


「美味そうだ。伸びない内に食べようか」


 そう言ってフォークを手に取るエイさんを俺は恨めしげに眺めた。


 前言撤回、やっぱ気に病むわ今畜生。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る