郷愁を誘う町 クルテア・デ・アルジェシュ
クルテア・デ・アルジェシュという町がある。この名はなぜか記憶の彼方で郷愁を誘う。かつて友人がいったことも無いがサマルカンドという地名に懐かしい響きを覚えており、行くと戻ってこないかもしれない、と意味不明なことを言っていた。アルジェシュは私にとってそれに近いのかもしれない。なんとなく友人の気持ちがわかる気がした。
ドラキュラ公との関わりは特にないが、ここにはかつてワラキア公国の首都があった。町のロータリーにはバサラブ1世の像が立つ。
首都というと都会のイメージがあるが、相当な田舎町で、ホテルは最高三つ星まで。周辺は山に囲まれた閑静な土地だ。
町の名前がいたく気に入ったこと、この町を拠点にドラキュラ公の築いた山上の砦ポエナリ城にアクセスできることから1泊することにした。
町には王家の墓のある古い教会と、白亜の壁が美しい修道院がある。宿泊した日はぶらぶらと町を歩いて、レストランでパパナシを食べ、昼寝をした。海外旅行となれば、とにかくいろいろ見学したいと貪欲になるが、ここでゆったりとした時間を過ごすという贅沢もおつなものだ。
修道院にはマノレ親方の伝説がある。
マノレは世界一美しい修道院を建てるようワラキアの当時の支配者に命じられた。しかし、工事はうまくいかず修道院の建設は進まない。せっかく建てた修道院が一夜にして崩れてしまう。
そんな中、マノレは夢を見た。明朝、最初に現れた女性を犠牲にすれば呪いは解けるという。
翌朝そこに現れたのはマノレの妻だった。彼は妻を壁に塗り込めて修道院は無事に完成した。
人柱伝説がルーマニアにもあることに驚いた。愛する人を犠牲にしても修道院建設を成功させようというプロ意識を象徴しているのだろうか。
話には続きがある。
マノレは支配者によって、建設中の修道院の上に取り残された。彼は木で作った翼で飛んだけど、大工仲間ともども誰も助からなかった。
木の翼という発想は大工ならではだろうか。蝋で翼を作ったイカロスは太陽を目指して飛んだが、マノレは修道院からそのまま落ちたのだろう。
民間伝承というのは一体何の教訓なのだろうか、と首を傾げてしまうことがある。
その修道院はこじんまりしているが、大変美しい姿をしている。この修道院を建てた男にこれ以上の仕事をさせたくないという為政者のわがままも分かるような気がした。
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