ふたりの壁を壊せたら(タマ)

 今日はふたりそろってお休みの日曜日。


 ふたつのベッドの間のローテーブルには、お酒のビンと、缶と、それから、ふたつのグラスが置いてある。


 タマのベッドの枕の上に、ふたりは頭を寄せ合って眠る。

 先に体を起こしたのは、ミケだった。

 もう昼が近い。ふたりそろって休める日は珍しいので、昨日は遅くまで飲んだのだ。


 ふたりは気が合って同居中。毎日同じ家から出かけて、同じ家に帰ってくるけれど、お互いに飽きることは無い。

 特にお酒が入れば、話が尽きない。


 昨日の主な話題は、特別給付金の使い道だった。

 それぞれが10万円を使う方法、あるいは、二人合わせて20万円で暮らしを豊かにする方法を考えた。

 それはどれも、冗談のような話ばかりで、本気で出したアイディアなど一つもなかった。


 ミケが背を向けて昨夜のおつまみの食べ残しを片付ける様子を、目が覚めたタマは薄目を開けて見ていた。

 タマは心の中で願った。もう一度ベッドに戻ってきて、一緒に眠ってくれないだろうか。

 昨日はミケのほうが酔っていたので、自然とタマのベッドに寝かせることができた。ミケの寝息がすぐそばで聞こえていると、タマは眠る前から夢見心地になれるのだ。


 ローテーブルの上のものをキッチンに運び終え、お湯が沸くのを待つ間、ミケは寝室に返ってきた。タマのベッドの上に座る素振りを見せたが、やめて、床に座った。

 こういう遠慮が、ふたりの間にはある。

 タマは切ない。親しき中にも礼儀ありの、親しさの一歩先に踏み込んでほしい。


 昨日、タマには冗談では言えなかったことがる。

「二人合わせて20万円。それだけあれば新しいベッドが買えるかもしれないね。

 大きいベッドで寝るのが、小さいころからの夢だったんだ。」

 どんな言い方をすれば、「一緒に眠りたい」を他の言い方で表現できるか、考え抜いたセリフである。


 タマは、薄目を開けた視界の中の栗色の細い髪の毛に手を伸ばした。

「おはよう。」

 寝起きのままのタマの顔が微笑む。

「まだ寝るもん。」

「そう。コーヒー淹れるけど、タマは今じゃないほうがいいかな。」

「ううん。コーヒー飲む。」

「そう。」

 お湯が沸いた。

 ミケは、タマの肩を布団の上からよしよしして、立ち上がった。


 ミケがコーヒーを淹れる物音を聞いていると、再び眠りそうになってしまう。タマは気合を入れて起き上がった。ミケのコーヒーを逃してなるものか。

 立ち上がり、キッチンのに立つミケの横で、ミケの清潔な手を眺めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る