選挙管理委員 本郷ユリ 1
「はい、生徒会に立候補ですね。ここに名前と学年と組、何に立候補するか書いてください」
本郷ユリは生徒会に立候補しようとする生徒に立候補の用紙を手渡した。
三人組の男子生徒の一人は黙って、用紙を受け取る。
「おいおい、お前本気で生徒会に立候補するの? やめとけよ、オレお前に入れないよ」
「そうだよ。立候補して何やるのさ」
茶化している二人に立候補を考えている一人は反論する。
「う、うるさいなぁ。今俺は本気なんだよ! この学校を改革するんだよ!」
「カイカク? まずは自分の遅刻から直してはどうですかぁ?」
「うるさい! 直すよ生徒会に立候補して当選したら直すよ!」
「ショボい公約だなあ。オレ入れないわ」
など話しながら、お互いを小突き合いながら三人は教室の方へ走って行った。
「あ!あのぅ廊下は走らないでくださいね……」
本郷ユリの声は三人には聞こえていなかった。
部活の時間帯、本郷ユリは部活で生徒が行き交う渡り廊下で一人、長机に並べた『生徒会立候補用紙』と鉛筆を整理し直した。
そして渡り廊下を歩く生徒達に呼びかける。
「次回、生徒会の立候補を募集、あ、公募中です。私……我こそはと思う方、立候補をお願いします」
本郷ユリの話を誰も聞いていない。
「ユリ、委員会活動、まだ終わらないの?
さっさと終わらせて帰ろよ!」
本郷ユリのもとに同じクラスの場免エマが帰る準備をしてやってきた。
「ごめん、まだ私の当番の時間なんだ。あと30分で終わるから……」
「え! あと三十分もここで、選挙出ましょう! 選挙出ましょう! て声かけるの? ひぇぇ選挙管理委員て大変だね。 地味だし、なんていうか華がないというか」
場免エマがブツブツと言う傍らでユリは軽く微笑みながら言う。
「でも、私こういうの好きだから……それにあんまり、目立つ事できないし、図書委員会とか美化委員会てやりたい人たくさん、いるじゃない? 選管てみんなやりたがらないから、私には向いてるの」
「そんなもんかね」
場免エマは空いている隣のもう一席のパイプ椅子に腰かけた。
「ここ、もう一人当番いるんでしょ? 誰?」
「ユウタよ」
「え? ユウタ……。風城ユウタ? あの人、選管やってるの?」
場免エマは辺りをキョロキョロと見渡した。
「ね、ねぇ? 風城くん、どこにいるの?」
「知らない。 あいつ、選挙管理委員になって一度も当番来ないのよ」
「あいつ、呼ばわりねぇ。ひゃあ、クラス一モテる風城ユウタをあいつて言えるなんて、ユリも大したもんだ」
「べ、べ、別に。 あいつとは幼稚園からの幼なじみだから。それだけ、それだけだよ」
本郷ユリは立候補が使う鉛筆を固く握りしめた。
「ふーん、まぁいいや。とりあえずあと三十分だろ? 手伝ってやるよ」
二人は夕陽のさす渡り廊下で、生徒会に立候補しましょうと何度も何度も告知した。
帰り道、二人は学校の近くの駄菓子屋でジュースを飲みながら話していた。
駄菓子屋は二人の通う学校の生徒達のたまり場である。少しの駄菓子とコーラやオレンジジュースで部活などの放課後をここで過ごす者も少なくない。
「しかし、ホント三十分、誰も来なかったね。ユリもよくやるわ、選挙管理、私には地味すぎてできないわ」
コーラのキャップをひねりながら場免エマは真面目に委員会活動に取り組む本郷ユリを見た。
「エマはそういうけど、私は好きよ。今はまだ立候補の締め切りまで一週間あるから悩んでいる人もいるの。私、一年の時も選管やってたから分かるんだけど、ああこの人は選挙に出るなあ、て人とか公募を始めてすぐに立候補する人は、ずーっと前から立候補を考えていた人。人からやってみないかと言われて悩みながら立候補する人。単に賑やかしで出る人とか、その人間模様を見ているのが好きなの。今日も何度も私達の前を通る女の子いたじゃない」
「いたね、こっちの方を、チラッと見てた。しばらくするとまた往復して」
本郷ユリはうなずいて
「あの子、きっと立候補すると思うわ。悩んでいるのよ」
「ふーん、そんなもんかね」
場免エマはジュースを飲み干すと、深呼吸をしてユリの方に向かって神妙な面持ちになった。
「ねぇ、ユリ! あんたさ、あんたさ……す、好きな、好きな」
本郷ユリは急に真剣な表情の場免エマを見て驚いている。
「な、何?」
自転車の急ブレーキ音がした。
「ごめん! ごめん! ユリ!当番に行けなくて!」
男子生徒は自転車から降りてばつが悪そうに本郷ユリに謝りにきた。
「ホントだよ! ユウタ! 当番守ってよね。あんた、選管なってから一度も……」
「あー、皆まで言うな。分かってる!分かってるんだよ。部活の顧問から呼ばれてさ。次のキャプテンやらないかと言われたもんだから」
「てか、あんた、当番にいつも来ないじゃない。当番の時に顧問に呼ばれてるの?」
風城ユウタは黙った。
「ごめん、今度から当番やるからさ、おわびにさ、ジュース、ジュースをおごるよ。隣のこの子の分も」
「いい!今飲んだもん」
と本郷ユリが言い返すと、場免エマは
「はい、今飲んだので……だ、大丈夫です」
急に性格が変わっている、とふと本郷ユリは思った。
「あ、そう。とりあえず今日のところはごめん。今度はちゃんと当番やるから、その時はユリ、サボってもいいぞ。 じゃあな!」
風城ユウタは再び自転車に乗って去って行った。
「何よ! あいつ」
立腹する本郷ユリの横で場免エマは顔を赤くしていた。
「あ、あれエマ、エマどうしたの?」
「え? ううん、何でもない。 何だっけ何、話してたっけ」
「うーん、えーとあいつが、ユウタが来る前よね? 好きなて言ってたかな、どうかした?」
「ううん。何でもない、何でもないよ。でも風城くん、私のことをユリの、その……隣のこの子て……名前、覚えてないんだ。同じクラスなのに」
場免エマは少し寂しげな表情でうつむいた。
「え? そうだっけユウタ、エマの事、名前で呼んでいなかった? あいつ!クラスの美人を」
「あいつ、か。いいな。そう呼べて」
「え? エマ……」
さっきまでのエマではない、と本郷ユリは感じていた。
「ううん、何でもないよ! 何でも!
あー思い出した! ユリさ、あんた好きな場所! 好きな場所よ! この夏行きたい所ないの?」
話をごまかすように場免エマは話題を変えた。
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