15.非合法的なへそくり

「これが……首都……!」


 人々の活動が始まった、賑やかな朝の大通り。

 騒がしいその光景を見渡して、リリナは目を輝かせた。


 首都には小さい頃に一度来たことがあるとはいえ、鮮明な記憶はほとんどなく、リリナには目に映る物すべてが新鮮に見えた。


「やっぱ田舎とは全然違うなぁーっ」


 石畳の大通りには所狭しと店が建ち並び、店先に出された珍しい商品たちに次々リリナの目が奪われる。限られた流通経路で回ってくるしょうも無い商品しかなかったど田舎にはなかった光景だ。

 当然、魔力発芽のアイテムにも期待が膨らむ。


「今日一日で回りきるかな」


 ウキウキと声を弾ませながら、リリナは目星をつけていた魔道具屋に入った。


「いらっしゃい」


 のんびりとした店主の男がちらりとリリナを見やって、カウンターから声をかけた。

 石造りのこじんまりとした店だったが、商品棚に並ぶ魔道具の品揃えは、今までリリナが見たどの店よりも豊富だ。


 魔道士専用の空中に模写できる羽ペン、魔法陣複写用の専用インク、魔力で灯す卓上ランプ、光を閉じ込めた瓶に、細砕された水晶を詰め込んだ小袋――


(うわぁ……見たことないものばっかり……!)


 当然のように並ぶ珍しい魔道具たちに、リリナはうっとりと目を細めた。


 ――まあどれも魔力を動力源とする魔道士専用のものなので、リリナには無縁の長物であるのだが。だからこそリリナにはよけい魅力的に見えるのだ。


(あああっどれも欲しいなぁ……魔力が発芽したら片っ端から買ってやりたい……!)


 魔道具に後ろ髪引かれつつも、リリナはまっすぐカウンターの店主のもとへと向かった。


「あの、店主さん。私、魔力発芽できるものを探しているんですが」

「魔力発芽できるもの?」

「はい。え、えっと、もとから魔力がない人でも後天的に魔力を得られるような……なんかそういうもの、ありませんか?」

「あぁ、それならちょうどいいのがあるよ」


 たどたどしいリリナの説明に、驚くほどあっさりと望みの言葉が返ってきて、リリナは一瞬言葉を詰まらせた。


「ほっ……ほんとですか!?!?」


 思わずカウンターに身を乗り出すリリナに、店主は一瞬驚きつつも、「もちろんさ」と笑った。


「”目覚めの花”っていう稀少な魔法花なんだけど、うちでも取り扱っててね」

「目覚めの花? 初めて聞いた……」

「ここら辺でしかとれないレア素材なんだ。なかなか地方には流通しないものだからね、あんまり知られてないんだよ」


 和やかに説明しながら、店主はすぐ後ろの棚をごそごそと探り出した。


「花弁が魔力を蓄える変わった花でね。聖樹の近くに群生して、聖樹から発生する魔力をとり込み一定量を満たすとようやく咲くんだ――かなり繊細で気難しい花だけど、満開時の花びらを食べると強力な魔力を得ると言われてる」

「……まっ……魔力を……得る……!!」


 店主の言葉に、たちまちリリナの目がぱぁっときらめいた。


「まあでも……なんだ、レア素材だからね。ちっとばかし高いんだけど……」

「金ならありますっ」


 きらり、と目を光らせて、リリナは肩からかけたずっしりと重いショルダーバッグに手を添えた。このなかには、金貨の詰まった革袋が入っているのだ。


 ――リリナ。買いたいものがあったら、俺の名前出して後払いでって言っておけば、だいたいのものは買えるから。


 今朝、町で魔道具屋を巡ると言ったらヴィルに言われた言葉。

 そういう意味では、確かに金ならある。それに、貧乏孤児院で育ったリリナには、潤沢な資金など到底持ちあわせてないように見えるだろう。


 が、なめないでいただきたい。そもそもリリナは、鼻からヴィルヤツの金に頼るつもりなど、これっぽっちもなかった。


(これでも私にはコツコツ貯めたへそくりがある……!)


 その額、金貨五十枚。


 等級を持っている魔道士だって、これだけのまとまった金額を貯金するには年単位の時間が必要だろう。一点物や希少価値の高いレアものにも、十分手が届く金額だ。


(……ま、等級持ちの魔道士が参加条件の闘技大会に嘘言って参加して、魔法だって言い張って物理で殴り倒して勝ち取った優勝賞金なんだけど……)


 言うなれば非合法的なへそくりである。しかしまあ、勝ちは勝ち、優勝は優勝である。間違ってもヴィル・グリフォール名義で買い物なんて、アイツに借りをつくるようなマネだけはごめんだ。


 それに、ヴィルは一つだけ大きなことを見落としている。


(そもそも私がヴィルの妻だということを、どう証明しろと……?)


 こんな田舎くさい娘が突然現れて、「夫のヴィル・グリフォールが後で払うからこれください!」などとのたまった日には、秒で魔導騎士団に通報されるか治療院送りかのどちらかである。


「そういうわけで、その目覚めの花、いただきます! いくらですか?」

「うーん値段なんだけど、その年の収穫量と品質によってけっこう上下するから――あ」


 一通り棚のなかを探し終えた店主がようやくリリナに向きなおり、やや気まずげに頬をかいた。


「……ごめん、そうだった。目覚めの花……今年の入荷がまだだったんだ」

「!?!?」


 店主から告げられた残酷な事実に、リリナは思わず一歩よろめいた。


「ま……まだ収穫時期じゃないとか……ですか……!?」

「いや。時期としてはちょうど今くらいが目覚めの花の満開時期なんだけど……目覚めの花が採れる“聖樹の森”が今ね、やっかいな魔物に棲みつかれちゃってて収穫できないらしいんだよ」

「やっかいな……魔物?」

「僕も詳しいことは知らないんだけど……なんでも“討伐困難”レベルに指定されたS級の魔物で、すでにいくつもの魔道士ギルドが討伐に乗り出して失敗しているらしい。だから今年はもう、目覚めの花の入荷は厳しいかなぁ」

「そ……そん……な……」


 目覚めの花がないと知ったリリナの瞳からみるみる光が消えていった。


 ウキウキで店を訪れた少女が、一転して死人のように生気をなくしていく様に、さすがに店主も申し訳なさそうに早口で述べた。


「でっ、でも確かそろそろ、〈竜の酒場ドラゴンリカー〉あたりが動き出してるって聞いたから、すぐ討伐してくれると思うんだ? うん、たぶんね? そしたら目覚めの花も入荷されるだろう――まあ繊細な花だから、魔物に踏み荒らされてなければの話だが――」

「……そう……ですか……」

「そういうわけだから、とりあえず今のところは、目覚めの花がないんだよ。もうしばらくしたら、また来てくれ、な?」

「……」


 ずん、とうなだれたリリナは、小さく頷いてとぼとぼと店の出口に向かった。店主の居たたまれないような視線が背中にちくちく刺さってくる。リリナは足下をじっと見つめながら、店のドアを押し開けようとして——


 はた、と手を止めた。



「……店主さん。それってつまり……直接聖樹の森に行っちゃえば、花が採れるというわけですよね……?」



 リリナは、静かにぼそりとつぶやいた。


「えっ? いやでも、森は今、一般人は立ち入り禁止だよ。そのS級魔物の討伐クエストを受注した人じゃなきゃ、そもそも森には入れないって――」

「いえ、大丈夫です。情報ありがとうございます。では」

「ええっ!? ちょ、なにが大丈夫なの!? きみ見習い魔道士だよね……ちょっと!?」


 慌てる店主を捨て置き、目をぎらりと鋭くさせたリリナは、鼻息も荒く魔道具屋を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る