第8話

「ちょっと待てって!」


後ろから橋本くんの声が聞こえてくるけど無視して歩き続けた。心の中も頭の中もぐちゃぐちゃで、

今、何か話したら全てが溢れてしまいそうだった。


必死で気持ちを落ち着けようと深呼吸をしながら歩く。早歩きで進む。息を吸って、涙を引っ込めた。


・・・けれど。


「おいっ・・・!」


追いかけてきた彼に、腕を掴まれる。その瞬間、落ち着けようとした気持ちはさらに暴れて。


「・・っ・・離して!」


必死に振りほどこうとするけど、彼は私を離してはくれない。


「待てって・・・!」

「やだっ!」

「なんで急に逃げんの!」

「っ・・・別に逃げてなんかない!」


足を止めないままそう答える。どう見たって逃げている。子供みたいな嘘だ、そんなの分かってる。頭ではわかっているのに、心が付いてきてくれないのだ。


「ねえ、待ってって。」

「いや!!」

「なんでだよ、俺、なんかした?」

「っ・・・。」

「・・・なあ、橋本・・・。」


躊躇うように呼ばれた私の名前に、私の中の何かの鍵が外れた気がした。


「いっつも私だけだよね!」

「え・・・?」

「小学校の時だって、引っ越す前何も教えてくれなかった!!」

「っ・・・。」


やめて、こんな子供みたいなこと言いたくない。何年前の事を言うつもりだ。私も彼ももう高校生なんだ。情けない、恥ずかしい。そう思っても言葉は止まらない。感情が滝のように溢れ出してくる。


あんなに仲が良かったのに、何も教えてくれなかった。当たり前に傍にいた人が急にいなくなった。


「先生に言われて初めて知って、その時にはもういなくて!」

「それは・・・っ。」

「今回だってそう!いや別に分かってるけど、ただの友達だし、ただの幼馴染だし、橋本くんには笑って言える事で、別に悲しいことでもなくて、分かってるよ、分かってるんだよ…!」


子供みたいに同じことを繰り返してしまう。足を止めても、顔を上げる事は出来なかった。彼ににとって私はそのくらいの存在だと、その時にはっきり分ったはずなのに。


「両親が離婚する時、そりゃ悲しかったよ。お父さんもお母さんも大好きだったから。」


家族なのに離れて暮らさなきゃいけない事が悲しかった、悔しかった。それなのに、一番最初に思ったことは、違った。



「お揃いじゃなくなっちゃうな、って思ったの。」


「そんなこと考えたんだよ私。」


母親に離婚する、と告げられた時、一番最初に頭に浮かんだのは名字の事だった。


私達が仲良くなったきっかけ、

私達を繋ぎとめてくれたもの。


「こんな時に何考えてんだって、バカみたいって自分で思った。」



その時、私は捨てたのだ。


自分の名字と一緒に。

・・・彼くんへの、気持ちも。

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