第9話
「・・・私もう、平澤って呼ばれたらすぐ返事できるんだよ。」
そんな些細なことが悲しくて、それを認識する度、何とも言えない気持ちに襲われた。
「橋本くんにとっては何ともなくても、私にとっては悲しいんだよ。馬鹿だから、すぐ、期待しちゃうんだよ。」
言いたい事を全て言い終えて、ゆっくりと息を吐く。顔を上げる事は出来なくて、彼の表情も読み取れなかった。
しばらくの沈黙の後。彼が私の名前を呼んだ。それでも俯いたままの私の頬に、彼の手が伸びる。
驚いて思わず顔を上げれば、風が頬に染みて、その時、自分が泣いていたことに初めて気が付いた。
「・・・泣きたくないだろ。」
「・・・え?」
突然の彼の言葉を理解できずに、思わず疑問の声を上げてしまう。
「引っ越すって直接言ったら泣いちゃいそうだった。だから言えなかった。」
彼の表情は逆光で見る事は出来なかった。けれどその声は、とても真剣で。
「小学生なりの意地だよ。泣きたくないだろ、女子の前で。しかも、好きな子の前でなんか。」
不意打ちの言葉に思わず目が開く。橋本くんは頭をポリポリと掻きながら、言葉を続けた。
「さっきだってめちゃくちゃ勇気出して言った。笑ってたのだって、平気だからじゃない。・・・笑ってないと泣きそうだったんだよ。」
「でも今回はちゃんと直接言いたかった。小学生の時、すっげー後悔したから。」
色んな感情が溢れ出してきて、胸がいっぱいになって、でも、ただ苦しいだけじゃなかった。彼を照らす夕日の色がとても鮮やかに映った。
「俺親にめちゃくちゃ感謝してんの。橋本って名字にしてくれてありがとうって。」
「なにそれ・・・。」
「あ、またそういう呆れた顔する。これ本気だからね。」
思わず笑ってしまった私に、橋本くんも笑った。変わらない笑顔で、笑った。
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