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『四時方向に上に向かって攻撃、そこからさらに五時方向に光刃を飛ばしたらすぐに背後に跳んで!』
蓮は理性を捨ててティナの戦闘指示を忠実に再現する。上から飛びかかろうとした
「おつかれ!」
そして戦闘に一段落つき、いつもの解体作業をする。
「狩猟採集民族に戻った気持ちだ」
そこで蓮はふと思う。
「この世界では農業革命は起きてないのか?」
「のーぎょーかくめー?」
ティナはわからない言葉があると羽を丸めながら首を傾げる。
「もしかしてこの世界には農業革命が存在しないのか?」
魔獣が住み着いている開けた土地に農業なんてできるわけがない。それにもし要塞の中で農業ができたとしても要塞内外に住む沢山の人々を賄えるだけの食べ物を生産できるとは思えない。
それに別の疑問がおきる。なぜ蓮が農業がないはずのこの世界の言葉で『農業革命』にあたるものを知っているのか?それに蓮はこの世界の言葉を習得した覚えなんてない。ティナによれば魔法という不思議パワーによってこの世界の言葉が通じているわけでもないらしい。なぜ、知らないはずのことを知っているのだろうか?この世界の疑問はつかない。
この世界に来た当初はかなり錯乱していた蓮だったが、ここに至って少しずつ持ち前の頭の冴えを取り戻しつつある。持ち前の推理力、観察力、論理力を使ってこの世界と蓮をこの世界に連れてきた本当の黒幕について考察を進めていた。
蓮は一番ありえそうな可能性として、
世界最強のハッカーと持て
この仮説によって、なぜか通じるこの世界の言語、ティナの存在、蓮の魔法適性、蓮が勇者である謎、魔法の存在といった大抵の疑問が解決可能だ。コンピュータの中の仮想世界であればどんな物理法則を通すことだってできるからだ。魔法の存在する世界だって作ることもできる。
しかし、この仮説は巨大な欠点がある。画素数と演算能力の壁だ。
蓮はこの世界においても、魔法を抜きにすれば地球と全く同じように動いたり考えたりできる。地球と何か差異が存在するようには思えない。これを仮想現実上で行うなら、アミノ酸程度は判別可能な画素数が必要だろう。アミノ酸一分子を1バイトデータとして概算すると、人間のタンパク質を識別するだけで約10の24乗バイト、つまり1000
しかも、分子の位置情報や運動量などの細かな情報を加えていけば情報量は数桁以上、上がるはずだ。何らかの方法でこれらの情報量を圧縮できたとしても、現実世界と全く変わらないレベルに繊細なワールドを維持するだけの演算能力が必要である。
つまり、不可能だ。この壁を乗り越えるには地球外生命体の存在でも引き合いに出さなければいけないだろう。
一度は捨て去った考えであるこの世界が異世界ではないという可能性についても考察していた。
例えば地球未来説。この説のシナリオはこうだ。世界最強のハッカーである蓮は居場所を特定された。だが、その結果とある組織から極秘任務を受けることになった。そのために蓮はコールドスリープをし、来るべき時まで眠りにつくことになった。未来世界にいる蓮が高校生の時の体を保っているのはそのためだ。そして一度科学文明がなんらかしらの理由で崩壊し、今さっき眠りから覚めた。ティナは蓮の任務を補佐する係である。そういう流れだ。
この説は、実は「なぜか蓮が知っているアンゲル語の謎」を最も合理的に説明することができる。人の記憶にはエピソード記憶と意味記憶が存在する。記憶喪失の時に失われるのは主に思い出であるエピソード記憶だ。言語知識や学問などの意味記憶は失われない場合が多い。つまり、蓮は「アンゲル語を習得するまでのエピソード記憶を失った」が、「アンゲル語の意味は覚えている」。
他にもこの仮説の証拠が存在する。
北極星の高度と北緯は一致する。そこから考えるにここはだいたい北緯五十五度。太陽の南中高度も大体五十五度。ティナの観測と一致している。
話を戻すと、夏至の日には南中高度と緯度を足して地軸の傾きで引くと直角になる。つまりこの世界は現在、六月前後だ。そんな六月時点の北緯五十五度なのにコートを羽織るだけで寒さに十分に耐えるられるのは奇妙だ。北緯五十五度というのは北海道よりも千キロメートルも北なのだ。だが、この世界が温暖化が進み過ぎた地球の末路ならば説明がつく。
それに、星空が地球のそれと酷似している。
だが、この説も少しおかしいところがある。
地球は歳差運動を起こすため、時代とともに北極星に当たる星は変化する。二十一世紀に北極星となっているのはポラリスだが、三十世紀以降の北極星はエライだ。そしてこの世界における北極星はポラリスのまま。つまり、もしこの世界が未来の地球だとしても千年以内である可能性が高い。
「この世界の歴史が始まるのっていつごろ?」
「
八千年前の出来事は、明らかに蓮が知らない出来事だ。なのでこの世界は西暦一万年以降であるはずだ。おかしい。北極星は二万六千年周期で
しかし疑問は山積みだ。
ティナはなぜ戦闘に関する知識以外、ほとんど持ち合わせていないのか。歴代勇者は何者なのか。なぜわざわざ、異世界から来た、だなんて嘘をつくのか。
何よりも、魔法の科学的解釈という難題が待ち受けている。
異世界でも仮想現実でもなく現実の地球と同じ物理法則が動いている未来の地球ならば。魔法と呼ばれるこの現象が科学的に解明されなければいけない。だが二つの性質が魔法の科学的解明の邪魔をしている。
その二つの性質とは、
思考だけで遠くのものに影響を与える?これの意味がまるでわからない。
それに、魔法は複雑なことを簡単にできる。浄化や身体強化よりも爆発を起こす方がはるかに簡単だ。なぜなら化学式一つで表すことができるからだ。逆に浄化魔法なんかは非常に複雑な作用を必要とする。しかし、この世界では浄化は非常に簡単な魔法の部類に入るのだ。これの意味がわからない。
地球には元々魔法が存在した、だなんていうように強引に解釈することもできなくはないが。
結局はティナの話を盲目的に信じるべきなのだろうか。この世界は量子力学によって存在が予言されている別宇宙、いわゆる異世界であるという説。これが今の所最有力な説だ。
しかし異世界への召喚という現象。これの意味がわからない。どんな自然現象、あるいは人工的な技術を使えば起こるのか見当もつかない。
それになぜかわかる言語、という最大の謎が残される。魔法の力によって通じてるのかと思ったがティナの話によれば言語が通じるのは魔法の力によるものではないらしい。じゃあ、なぜ蓮はこの世界の言葉を理解できるのか。ティナとの間だけ言葉が通じるのかと思ったが、スラム街の住人の会話も普通に理解できた。
蓮はそれぞれの可能性を
これ以外の可能性も考えたが、どれもあまりにも無理がありすぎて議論の価値すらないものばかりだ。
どの仮説が正しいのか証明するには、いくつかの鍵を見つけ出さなければいけない。
例えばこの世界に来る前に見た夢。あの夢も何か重要な鍵を持っている可能性が高い。
それにティナの正体も重要だ。蓮の高性能な脳でさえティナという存在の解釈は不可能であると悲鳴をあげている。勇者の剣を自称しているが、果たしてその真意は何だろうか。なぜそこまで魔王に執着するのか。他にもティナに関する謎がある。
「周りに魔獣は存在しないか?」
「うん、問題ないよ!」
「じゃあ少し素振りに付き合ってもらおうか」
「オッケー、頑張って!」
蓮は集中力を高めて、剣となったティナに意識を集中させて魔力を注入する。そして剣を振るって横向きと縦向きの光刃を交互に出す。光刃の速度は素振りの速度に比例するので、できるだけ速度を高める。縦向きの光刃は振るう方向を5°ずつ変化させる。地面に走った光刃による細長い亀裂の間隔から、蓮の斬撃がどれだけ正確であるか測定するために。
光刃の威力、斬撃の速度、攻撃の正確性。蓮はこの三つを集中的に強化している。
魔力をつぎ込み、また斬撃の速度が上がるほど敵にダメージを与える光刃の威力は上昇する。敵に正確な一撃を与えるために地面の深い光刃の痕跡をみてフィードバックを行ってより正確な斬撃を出せるようにする。
「この世界の剣はみんなこういう光刃を出せることができるのか?」
『いや、私にしかできないよ!少なくとも私の知る限りだとね』
「それなら、なんでティナはこの光刃を出せるんだ?魔法か?」
『うーん、なんでだろう?』
これがティナに関する謎その二、光刃の正体である。
おそらく光刃は魔法なのだろう。だが、いろいろと不自然な点が多い。魔法は思念によって現実を改変させる能力だ。光刃が魔法ならば蓮かティナが光刃をイメージする必要がある。しかし蓮はティナに改変させる力だけを伝えているだけだ。ティナもその力を使って光刃を作り出しているわけではない。
「とにかく、この世界に関する情報が少なすぎる」
ただ、本気で黒幕を探し出そうとしているわけではない。所詮はただの思考実験だ。
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