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「そうだった!ありがとう」


「えへへ」



少女の手前、蓮は平然としていたが内心では発狂しかけていた。アンゲル語。そんな言葉聞いたこともない。そんな聞いたこともない言葉を当然のように使っているという事実。その異常性こそが異世界に来るという異常現象が現実のものである可能性を示唆している。



だが、まだ絶対にここが地球とは違う世界だと決まったわけじゃない。なんかの拍子で未来にタイムスリップしたという可能性だってある。言葉が通じるのも何か未来のすごい道具のおかげで、アンゲル語というのも未来の言語なのかもしれない。



「あった!私はずっとあそこで眠ってたんだ!」



そう言ったティナの指し示した場所にあったのは、宝石が散りばめられたいかにも伝説の剣が眠っていそうな台座だった。ここでいう眠っているというのは比喩で、正確には刺さっているというべきかもしれないが。



「眠っていた?ここで?」


「うん、こんな感じに!」



するとティナの体は蛍の集まりのような光源の集合体に変化して集まり、そして羽のついた一本の剣となって台座に突き刺さった。

眼前で繰り広げられるあまりにも超常的な現象に目眩がした。



『もー戻っていいかな?』



剣と化したティナがそう聞いてきた。



「どうやってその声を出してるんだ?」

『あたまの中に直接語りかけてるの』



蓮は連続して見せつけられる不思議パワーに気が滅入ってしまいそうになるが、必死に堪える。



「ティナ。その変身とかテレパシーとかってすごい科学技術を使ってやっているのか?」



ティナも何か未来の世界のすごい科学技術によって合成された何かなんだろう。蓮はこの時までそう思っていた。



『科学技術?これって魔法だよ?』



魔法だよ?ティナの何も入り混じってない無垢な言葉が蓮の頭の中で反響する。その間にもティナが剣の姿からまた少女に形を変える。



蓮の精神状態はいたって冷静のように見える。だが、それは少女が近くにいるから見栄を張っていただけ。本心では謎の不思議パワーと奇妙な状況にひどく錯乱状態に陥っていた。蓮の仲間が見たら確実に『本当に蓮なのか?』と疑われるほど論理的思考能力が弱っていた。



幸か不幸か、そのためにこの、異世界に来る、という異常事態を認めてしまった。



「今更だけど、ティナの言ってたこと間違ってなかったみたいだ」

「間違ってなかったって、蓮が勇者様だってこと?」

「ああ」

「ほーらやっぱり!私が正しかった!」



ティナは勝ち誇った顔でいるが、蓮にとっては冗談じゃない。



勇者ってなんだ?そしてそんなわからないものに選ばれたってどういうことだ。ただのアルバイトがいきなり社長になれって言われるようなものだ。やるべきことがわからないあたり勇者の方がひどい。

だがティナに対して怒るのも筋違いなので今は感情を抑える。



「勇者って何をするんだ?」


「勇者様はね、魔王を倒すの!」


「魔王って強い?」


「きっと勇者様なら倒せるよ!」



そこはせめて断言して欲しかった。



「といういか魔王って何か悪いことしたの?」


「魔王は世界を滅ぼしちゃうの!だから倒さないといけない」


「じゃあ俺はそんな世界を滅ぼすような相手と戦わなきゃいけないの?」


「うん」


「ごめんそれパスで」


「ええー!なんで!?」


「さすがに右も左もわからないところに魔王と戦えなんて言われて承諾するわけないだろ!」


「そんなー!」


幼気な少女を落胆させるのは心が痛むが仕方がない。



「というか、魔王を倒せば元の世界に戻してくれるとかしてくれるの?それだったら考えないでもないけど」


「うーん、たぶんそれはないかな」



ティナは考える人のポーズをして答えた。仕草が一々可愛らしいがそこに感心している暇はない。



「じゃあ、なんで俺は魔王と戦わなきゃいけないんだ?」


「勇者しか魔王を倒すことができないの!」


「じゃあ俺が魔王を倒すことを諦めたらこの世界は滅ぶってこと?」


「そう!」



蓮は頭を抱えた。この話がティナの妄想か勘違いという可能性はそれなりにある。しかしティナの話が正しければ、この世界の命運は蓮に委ねられたということになる。当然ながら、蓮には魔王だとかいうものと戦うつもりなど一切ない。そして万が一、億が一、本当に少ない可能性ではあるがこの話が本当だとすれば蓮の選択によってこの世界の命運が決まってしまうということだ。



だがいつまでも悩んでいても仕方ない。今は生き延びることが先決だ。



「そういえば、どのぐらいでこの洞窟から出ることができるか知ってる?」


「四日ぐらい歩けば出られると思うよ!」


「は?」



蓮は思わず素の声で言ってしまった。



それもそのはず、水も食料もなしに四日も歩いたら餓死してしまう。最低限水は確保できるかもしれないが、それでも歩き続けることができるか甚だ疑問だ。魔王とか以前に早くも命の危機である。



ティナはそんな蓮の様子に、天敵を見た小動物のよう怯えている。

このままじゃまずいと思ったら蓮は、屈んで目線をティナと同じぐらいにして優しく言った。



「ごめん、別に怒ってるわけじゃないんだ。ほんとにごめん。さっきのはちょっと驚いただけなんだ」



「でもほんとは怒ってたりしてない?」



ティナが恐る恐る聞く。



「ほんとに怒ってない」



蓮が首肯すると、ティナはすぐに笑顔を取り戻した。



「よかった!」



たった二人しかいないこの状況で険悪なムードになったら困る。最悪の場合、命に関わってくる。蓮は迂闊な行動を深く反省し、ティナの扱いにもう少し慎重になろうと固く誓ったのだった。



さて、ティナに詳しく話食料の件について詳しく聞いてみると心配はいらないとのことだった。なぜならこの洞窟内には魔獣がいてそれらを食べることができるからだという。ちなみに魔獣というのは魔力と呼ばれるものに冒されて凶暴化したモノの総称らしい。これら魔獣は何も食わなくても生きていける。だが人間を極上の獲物として認識して襲ってくる。



命の危機が別の命の危機に変化しただけだった。



少し歩いたところで、ティナが真剣な表情で人差し指を口に当てて静かに、のポーズをする。蓮はこのポーズが日本のそれと同じなのはなんでだろうな、と思いながら打ち合わせ通りの動きをする。なぜかいつまでも消えそうにない松明が横に並んでいるものの、洞窟内部はかなり暗い。なので魔獣は匂いと音に敏感になるように適応しているそうだ。なので音を立てないように細心の注意を払いながら、剣よ来たれと念じる。するとティナが姿を変えて発光体となり蓮の右手に集まって剣となった。



ティナの正体は勇者の剣なのである。もし勇者が近くで剣よ来たれと念じれば即座にその勇者の剣となるのである。なお、蓮が勇者にしか使えないはずのこの技を仕えたことによって勇者であることが確定してしまった。



『近くに竪狗カースドドッグがいるよ。気をつけて』



ティナの忠告から少し経って、やっと視界にそれが入る。



『あの四本足のやつか?』


『うん。まずは前脚を斬り落として、その後に頭を斬り落とすの。頑張って』



これは勇者と勇者の剣が近くにいた場合に可能な脳内交信である。これによって周囲の索敵や解析が得意なティナが的確に蓮に戦闘指示を出すことを可能にしている。こんな小さな少女に戦闘指示なんて高度なことができるのか?と心配になるかもしれないが、勇者の剣として勇者のサポートをするティナの索敵力、解析力、判断力は一流である。

さっきの指示もまず敵の移動手段を封じてから攻撃手段を断つという竪狗カースドドッグに対しては最適な戦略である。ちなみにドッグといっても、体の所々から巨大な腫瘍のような歪な器官をもつその姿は犬とは全然似つかない。同じなのは四足歩行で吠えるという点だけだ。



だが知っている動物の姿とかけ離れているおかげで殺すことへの忌避感が薄れていい。それに、矛盾と無駄を嫌う蓮にとって生存に必要のない狩をする魔獣は非常に生理的な嫌悪感を引き起こす存在だ。



さて、仮にも少女の形をしたものを武器として扱うのは心が痛む。だが、魔獣を殺さないと前に進めないし食べ物も得られない。蓮は覚悟を決めて横薙ぎ一閃し、魔獣の前脚を切って返す刀に頭を斬り落とす。



そして止めとばかりにティナを魔獣の胸に突き刺して、引き抜く。



「死んだ?」


「そうみたい。初勝利おめでと!」



ティナは少女の姿に戻って満面の笑みで蓮に抱きついて賞賛を送る。蓮はそれを強引に引き剥がす。ティナにこのまま抱きつかれると全身が血でベタベタになってしまうからだ。少女の姿に戻っても剣の時に浴びた返り血を引き継いでるのだ。



「浄化(ピュリフィケーション)!」



ティナは魔法を使い、蓮とティナが浴びた汚れを浄化する。汚れってどういう基準で判断されているんだよ、と思ったが不思議パワーである魔法に理屈を求める方が間違っていると感じて無駄な思考をやめた。



ちなみに勇者の剣であるティナは勇者の能力を最大限に活かすために浄化など支援系の魔法を使うのを得意としているらしい。



「さすがに血塗れのままだったら気持ち悪くて仕方ないからな。ありがとう」


「そーだよね!」



そう元気に返事する姿は可愛らしい。だがその見た目とは裏腹にティナは逞しい。



「じゃあこれを食べれるように切り分けちゃお!」


「やりたくねぇ」


蓮はいわゆる現代っ子である。食用の肉といえばスーパーの肉のイメージしかなく、生きている動物を殺して食べるとう発想自体がないに等しい。そんな蓮にとって血塗れになりながら臭い臓器を取り出して肉を切り分けるという行為はかなり精神的に堪えるものがある。



それに対してティナは平気な顔で蓮がさっき習ったばっかりの魔法である燃焼コンバスチャンで焼いた魔獣の肉を貪っていく。



最初の方は焼き加減に失敗して焦げてしまったものが多かったが、慣れてくるとちょうどいい塩梅に焼けてジューシーで美味しかった。塩とタレがないこと以外は満足だった。



ちなみに水は血を浄化することで手に入れた。ティナの臆することなく平気な顔で心臓から滴り落ちる液体を飲む姿には畏敬の念さえ生じてしまった。

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