$ rename hacker brave hacker.hum #......................
「勇者様!」
少女は蓮を視界に収めるとすぐに抱きついた。抱きついた、といっても恋人に対する抱擁のそれというよりは親などの保護者を見つけて安心した時に子供がするそれに近い。身長から察するに、少女は幼女と形容すべきか少女と形容すべきかわからないというぐらいの微妙な年齢である。
「こ、子供?」
出会った人の意外な年齢の低さに蓮は困惑した。
「勇者様?なんで言ったの?」
少女の発した言葉は、日本語ではなかった。もちろん、英語とも違う。そしてこの言語は蓮の知っているどの言語とも一致しなかった。つまり蓮は少女の言葉を理解できないはずだった。だが、蓮は少女の言葉をなぜか理解できた。
蓮は鳩尾あたりにグリグリと金髪の髪の毛を押し付けてくる少女を離して、少女を観察する。
外見からしてもやはり年齢は十歳前後だろうか?蓮にはこのぐらいの年齢の少女と関わる経験が絶えて久しいので断言はできない。そして次に目が行くのはその服。実用性を失わない程度に煌びやかで見る者を惹きつけながら派手すぎないデザインには感嘆を覚える。
なにより特筆すべきは金髪碧眼の容貌と、背中から生えているように見える一対の羽だ。華美すぎない服はその
そんな蓮が頭の中でめぐらしている思考なんか知らずに、少女は蓮の言った言葉を理解できなくてあどけない顔で困惑している。
「ごめん、少しいきなりだったからびっくりしたんだ」
蓮はなぜか話すことのできる少女の言葉で答えた。
「ところで、君の名前を教えてくれるかな?」
「私の名前はティナ。よろしく!」
ティナの喋る姿は十歳にしても少し幼い。この年頃も少女は往々にして世界を達観したかのようなふてぶてしさを持っている。しかしこのティナと名乗る少女は純粋無垢の称号を贈るに相応しい雰囲気を纏っている。
「へえ、ティナっていうのか。それで、ティナはどうしてこんなところにいるの?」
蓮がこう聞いたのは二つの理由からである。一つはなぜまだ小さな少女なぜこんな人の全くいなさそうな洞窟にいるのか知りたいという純粋な好奇心から。もう一つはここが一体どこなのかと知って洞窟から脱出するための鍵となってほしいという期待から。
「えーと、私はさっきまでずーっと眠っていたからここにいるの!」
だがティナの答えは蓮の好奇心を満たすことも期待に応えることもできなかった。
「眠っていた?どこで?」
「あっち」
ティナは闇に包まれた後ろを指差した。
「じゃあそこまで連れてってくれる?」
「うん、わかった!勇者様!」
そう言ってティナはその外見には似合わない健脚で走り出した。
「さきから勇者様勇者様っていうけどさ、それってもしかして俺のこと?」
「うん、そうだよ!」
「俺はティナの言っているような勇者様じゃないんだ。だから勇者様って呼ぶのはやめてほしい」
「えー、でも勇者様は勇者様でしょ?」
「もしそうだとしても、俺のことは蓮って名前で呼んでくれ!」
さすがに二人称が勇者様のままなのはむず痒い。
「はーい!蓮さま!」
ティナは手を挙げて答えるが、さすがに様付けも居心地が悪い。
「様もやめましょう!蓮、ってよびなさい」
「蓮、わかった」
ティナは呼び方を矯正されても機嫌を損ねた様子がなく、むしろ鼻歌混じりで羽を楽しそうに動かしながら歩みを進めているのでほっとする。
「よろしい。というか、なんでティナは俺のことを勇者様だと思ったの?」
「ティナは勇者様がこの世界に来ると目が覚めるんだ!それで、起きてから初めて出会ったのが蓮だったから蓮が勇者様なんだって思ったの」
ティナの言葉から察するに、ティナが蓮のことを勇者だとか得体のしれないものだと勘違いしているのは刷り込みみたいなものが原因のようだ。これは一刻も早く誤解を訂正しなければならないと、本物の勇者が現れた時に大変なことになる。
「ごめんなんだけど、本当に俺は勇者とは違う」
そもそも勇者って何のことやら、蓮にはさっぱり分からなかった。
「えーそうなの?」
「ああ」
「でも、蓮が来たほうの奥にはふーいんれし勇者しょーかんの間があってそこから勇者様が来てくれるはずなんだけどな。しかもそこはふつーの人が入れないようになってて、勇者様以外がそっちから来るはずないんだけどな」
「へー、勇者召喚の間があっちにはあるのか。それでそこがどんな部屋なのか知っている?」
「えーと、そこは真ん中に魔法陣があってそれを囲むようにろーそくが置いてある部屋なんだ!勇者様は魔法陣の上にしょーかんされるの!」
蓮はティナの話に少し硬直する。ティナの話に既視感があったのだ。
「私が起きたってことはもう勇者様はしょーかんされてるはず。だけど、勇者しょーかんの間は外から人が入れないようにみっしつになってる小部屋で、床にあるスイッチを押さないと出られないようになってるから、勇者様はまだそれに気がついてないから出るのにてまどってるのかな?」
蓮は既視感が少しずつ確信に変化していっているのを身をもって体感していた。
「なあ、少し質問して聞いていいか?」
「なに?」
ティナは笑顔のまま首を傾げた。
「勇者ってどんな人から選ばれるの?」
「異世界っていう、こことはまーったく別の世界の人の人から選ばれてくるんだ!」
そしてついに蓮は立ち止まった。もし仮にティナの言っていることが正しいのだとすれば、蓮が勇者であるという話ももしかすると正しいのかもしれない。あまりにも状況証拠が揃いすぎている。
「どうしていきなり止まったの?」
「少し考え事してたんだ。あともう一つ、ほんと変なこと聞くんだけどいいかな?」
「もちろんいーよ?」
「今、俺やティナが使っている言葉って何語なんだ?」
蓮が最も気になっていたこと。それはなぜか話すことができるこの全く知らない言語のことだ。
そしてこの質問の返答次第では蓮の疑惑が真実のものになってしまう可能性がある。それは、本当にこの世界が異世界で勇者として召喚されたのではないかという懸念。
それと同時に偶然が重なっただけの何かの間違いではないかという希望もあった。
「アンゲル語だよ?」
だが、その答えは蓮の微かな希望を粉々に打ち砕いた。
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