$ mv hacker magic.world

次世代

$ rename hacker brave hacker.hum ........................


 人の評価は往々にして、評価する人に依存するものである。



 だがそれでも彼ほど両極端な評価をされる人間はなかなかお目にかかれないだろう。



 世間体的な客観評価をすれば、彼はただの高校生不登校児という皮を被った穀潰しニートである。社会的な交流を完全に途絶させた引きこもり。

 その評価は実際のところ間違っていない。社会経験もろくに積まないでネットに閉じこもってもう数年も経っており対人能力などは完全に皆無。



 しかし、そんな彼の評価はネットにおいては反転する。

 彼は幼い頃からコンピュータに対して才能の片鱗を見せていた。小学生のうちには商用販売が可能なアプリケーションで成功を収めている。そして遺憾なく発揮された才能によって、いつしか世界最強のハッカーと呼ばれることになる。



 ところで、ネット界を騒がせたとある正体不明のAPTグループがある。APTグループとは、国家が関与するような長期間にわたる高度で執拗しつような攻撃行うハッカーグループだ。


 初めてその活動が世に知れ渡ったのはこのグループによる欧州の政府機関と東南アジアの麻薬組織の癒着の暴露と、関連組織に対する長期間の攻撃だ。このグループは足跡として必ずこの一言を書き残した。



ここは俺の領域だit’s my domain



 コードに目に見えて書き残す場合もあれば、シーザー暗号やアナグラムを使って隠していることもある。最初はシギント専門の諜報機関であると推測されたりもしたが、その説には少し奇妙なところがあった。


 行動が一貫していないように見えたのだ。ダークウェブ上の殺人依頼の顧客情報の暴露など、国家とは全く関係ない活動もした。しかも、模倣犯もほうはんが大量に現れて特定が非常に困難になった。もしかするとグループは最初からそれが目的であの一言を書き添えていたのかもしれないが。



 そして間も無く、一つの事実が世界に電撃を走らせる。



 APTグループだと思われていたそれは、実はなんと一人の日本の男子高校生だったのだ。



 それが彼が世界最強のハッカーともてはやされた由来だ。



 彼の名前はれん。大人数で仕掛けられたと思われていたサイバー攻撃は、蓮が乗っ取ったIoT製品やコンピュータによるもの。寒いからという理由で羽織っている凡庸なコートに身を包み、の背格好は高校生の群れの中にいればすぐに紛れてしまうだろう。だがその性格は凡庸とは一切につかないものだった。



 自らが興味を持ったことに対しては異常な執着心を発揮する。違法合法、倫理的反倫理的を問わずに目的のためには貪欲に突き進む。


 他人に強制や誘導されることを最も嫌う。非常に自己中心的で、世界で最も嫌いな言葉は自己犠牲だと公言してはばからない。覇気のこもった鋭い眼光と不敵な微笑は蓮の性質を最も表しているだろう。


 その話題の渦中にある人物はコートで身を包みながら、怒りに顔を歪ませていた。

 クソが死ねよ、と吐き捨てる。



 煽りに応じず冷静沈着な普段の姿からは想像できない取り乱しだ。



 その怒りの対象は憎き裏切り者であるNだ。Nは蓮がまだハッカーとして本格的に活動する前から交流があった。個人情報の管理が甘かった頃から蓮のことを知っているのだ。



 ハッカーの活動を始めた頃には古い人間関係を捨て去った蓮だが、Nには利用価値が残っているとしして縁を切らずにいた。蓮にとって人間関係とは利用するか利用されるかなのだ。さらに、蓮が他人に抱く感情は警戒か軽蔑かのどちらかである。蓮がNに対して持っていた感情は後者であった。



 所詮は見下す相手。だというのに、そのNによって蓮は窮地に追い込まれたのである。Nは全世界に向けて、持っている全ての蓮に関する情報を公開した。



 あのAPTグループとされていたものの正体は一人の男子高校生であったこと。初めの頃は英語以外に日本語しか使えなかったこと。他人のことを一切考えない性格であること。それらを、蓮への嫉妬のために公開したのだ。



 この公開した情報が元になって、世界中のハッカー達が蓮の特定を進めていく。公開された情報が組み合わさってジグソーパズルのように加速度的に真実に近づく。追跡を弾くために世界中に配置した蓮専用のノードが見つかっていく。皮肉にもそれをしているのは「世界中にいる蓮のファン達」だった。



 もはやこの勢いを止めることは不可能だ。一度流出した情報を隠蔽することは不可能なのだから。



 蓮はそれでも自分の特定を阻止するために必死で抵抗する。だが、蓮も人間だ。睡眠を避けることができない。ずっと頭をフル回転させ続けたためか、深い眠りの底に導かれた。



 蓮のみたその夢は鮮烈にして異様だった。



 視界を支配したのは、世界を燃やし尽くす地獄の業火。熱を帯びずにただそこにあった存在を否定し上から塗り潰してしまうそれ。地球を覆い尽くし、文明の痕跡を崩壊させるだけでは飽き足らずに業火は世界を飲み込み終焉を齎した。神のような超自然的で圧倒的な力による鉄槌は人類の反抗を一切許さなかった。


 その業火は地球の燃え滓さえ残すことなく、驕り高ぶった人類への審判に相応しいと言って間違いない。もしもその光景を宇宙ステーションからみることが叶えば、幻想的な光景を目に焼けつけることができたかもしれない。


 一つの惑星が紅蓮の炎の塊に飲み込まれる様は圧巻の一言だろう。惑星に住む人達からすればたまったものもんじゃないが。



 その大炎熱地獄の中で蓮は一人取り残されていた。



 蓮にはその絶景を楽しむ余裕などあたえられなかった。この世界が夢であると即座に理解しても、この異常事態への恐怖に打ち勝つことはできなかった。



 見渡す限り存在するのは灼熱の炎。上にも、下にも、右にも、左にも、ただ紅に染め上げられた炎しか存在しない。地面さえ存在しない。そんなもの既に焼け落ちて消え去ったのだ。炎は文字通り、全てを飲み込んで消し去ってしまった。



 まるでできるの悪いB級映画のような光景だ。



 一刻も速くこの出来の悪い夢から解放してくれと願う。この際なんだっていい。一切信仰してない名前も知らない神でもいい。だからこんなタチの悪い悪戯のような現実から救ってくれと。



 その願いが神に届いたのか。蓮の視界を埋め尽くす炎は消え去った。その代わりに冷たい岩盤が視界を覆い尽くした。



 さっきまで視界いっぱいにあった炎はどこいったのか。いったいここはどこなのか。なんでこんなところにいるのか。蓮は夢幻に湧き上がる疑問に対する答えを見つけるためにも周囲をみわたす。



 見渡す限りの岩から察するに、どうやらここは洞窟の中のようだ。ゴツゴツとした岩肌からは水が滴り落ちる音がする。



「魔法陣か、これ?」



 蓮の下にはチョークで描かれたような粗雑な紋様は、悪魔を召喚するためのものに使われそうな幾何学的な形をとっていた。


 この魔法陣を照らす灯はこの魔法陣の四隅にある蝋燭のみ。蓮は蝋燭があるということは今さっきまで人がいた証拠だろう、と思ったが直感がそれを否定する。なぜかここは前人未到の地であるような気がしたのだ。なにより、この蝋燭は永遠に消えることがないような得体の知れない雰囲気を持っていた。



 蓮はここに留まっていても仕方がないと思い、周囲の探索を始める。なぜか蓮のいる場所の近くだけ小部屋のように大きくなっていた。周りにどこか別の場所に通じる通路はないかと、手探りで壁を探るもの部屋から脱出できる道が見つからない。



 もしかしてここって密室ってことか?



「入った覚えもない洞窟の中で密室殺人とかどんな冗談だよ、笑えねぇ」



 少しずつ喉も乾いてきたし、お腹も減ってきた。このままだと餓死してしまいそうだ。洞窟には水が滴っているがその水を舐めるつもりにもなれない。


 寄生虫がいたらよくないし、それに洞窟の中ならば鉱物由来の毒が混ざってある可能性だってある。



 蓮はこの洞窟から脱出するために再び近辺を精査することにした。すると、魔法陣の近くに小さな正方形の形をした謎の凹みがあることに気がついた。その凹みがどこかに繋がってないか手で探るとスイッチを押したような感触があった。


 実際にそれはスイッチだった。轟音を撒き散らしながら、洞窟は変容していき一つの通路を作り上げた。蓮を歓迎するかのように両端には松明が並んでいた。ただし松明の光は暗く、数メートル先さえ見通すことができるかどうかという程度のものだった。



「さすがにこれは進むしかないな」



 洞窟の中なので声は響く。しかし残念ながら蓮は蝙蝠ではないので反響した音から洞窟の形を測定するなんて芸当はできない。坐して死ぬよりは良いと割り切ってどこに通じるかも分からぬ洞窟を進んでいく。



 するとふと、奥から誰かの呼び声が聞こえた。そのような気がした。極限状態に置かれた人がよく聞く幻じゃないのか?と訝しむが、その声はまたも反響して蓮に届く。その声の持ち主は、間違いなく蓮に近づいてきている。次第に声が鮮明になってくる。どうやら近づいてくるのは少女のようだ。



 そして、二人は邂逅した。

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