翠の指輪

 モフクマは天城山の前にある壁の一部に熱線を吐くとそれは実にあっさりと破壊されてしまう。

 そしてモフクマは山を越え始める40メートルもある巨体が山を登る姿は人の小ささを改めて認識させてくれる。

 この登山中にも戦闘機による形振り構わない攻撃は続けられる。

 天城山を形成する最高峰の万三郎岳ばんざぶろうだけがその座を万二郎岳ばんじろうだけに譲ろうかと言わんばかりの激しい攻撃だがモフクマは臆することなく熱線を吐くと戦闘機を鉄屑へと変えてしまう。


 天城越えを難なく果たしたモフクマは伊豆の防衛線に入ると待ち受けていた銀色のMOFU KUMA4体をも軽く撃破する。

圧倒的な戦闘力も十分な驚異だが驚くべきはモフクマはMOFU KUMAから奪った武器を使用し撃破したことだ。

獣のような俊敏さに精密な射撃と太刀さばきを併せ持つ。


「山部君あれはなんだね、武器を使うのか?」

「ええ、あのモフクマには我々の使う武器の情報を与えてますからねえ」

「狂っているとしか言えんな」

「誉め言葉として受けとっておきますよ」


 モニターに映るモフクマの様子に驚愕する三滝と相変わらずニヤニヤした表情を見せる山部のやり取りは続いている。



 ***



 静岡県の愛鷹山あしたかやまを背に沼津市から三島市を結ぶ対モドラーの最終防衛ライン。

 そこに配備された4匹のMOFU KUMAそのうち1匹に搭乗する牧内莉歩まきうち りほは震える手を必死に押さえていた。ついさっきやられた仲間達の映像を見て平常心でいろと言うのが無理な話である。


〈莉歩? だ、大丈夫?〉


 声が上擦って本人も気付いていないのか不安そうな声の通信が入る。


鞠枝まりえちゃん……へへへ、無理だ私。怖いよ。手も足も震えが止まんない」

〈奇遇、私もだ〉


 通信で恐怖をごまかすように笑う2人に通信が入る。


〈莉歩、鞠枝真面目に作戦を遂行せよ。無駄話は士気に関わる〉


「はい!」


 2人は姿勢を正し敬礼をして返事をする。



 ***



 ──4時間前


 焦げ臭い臭いで目を開ける。石油系の噎せるような臭いに電気が焼ける独特な臭い。

 大きく息をしたいけど肺に煙が入ってくるので上手く出来ない。

 辺りを見渡す。無惨な姿の中に面影を残す操縦席。


 目は見える。次に手を動かし目の前に持って来て確認する。問題ない。


 震える体を無理矢理動かし下を見る。左右の足が挟まれている。

 左は感覚があるが右に感覚がない。嫌な予感を持ちつつも手を操縦席の一部にかけ下半身を引っ張り上げる。


 右にズルリとぬめる感覚と共に激しい痛み。堪えきれない痛みに意識が遠くなる。

 体を動かしたことでつぶれた鉄の隙間に圧迫されていた足がズレて血が流れ始めたのか痺れる感覚とフワッと何かが抜けていく感覚が襲う。


 ──止血しないと


 そんな考えが浮かび止血出来そうなものを視界から探す。壊れた操縦席や割れたモニターから垂れる配線を見て手を伸ばす。


 手が遠くにある、上手く掴めない。


 ──もうどうでもいいか……


 ──死んだ方が楽になれる。


 ──アネットにも会えるしな。


「瑠璃さん!」


 誰かが俺を呼ぶ。ゆっくりと目を開くと霞んだシルエットが見える。


「瑠璃さん、声聞こえますか? 指でも何でも良いから動かしてください」


 俺はゆっくりと掠れるシルエットに手を伸ばすとその手をシルエットの人物は力強く握る。


「良かった生きてる。右足が挟まれてますね。ちょっと待ってて下さい」


 シルエットの人物が視界から消えると俺の足を何かで縛り潰れた操縦席の隙間に何か棒の様なものを入れこじ開けていく。フワッと体が解放される感覚で意識を失う。



 ***



 下田の基地に戻ってきた翠がダメ元で見に来たスナイパーグマの残骸。その残骸を守るようにラダルグマのプレートが砂浜に突き刺さって傘のように覆っていた。


「穂花さんが守ったってことか……」


 プレートを見上げ少し悔しそうな表情を見せる翠がスナイパーグマの残骸に上り壊れたハッチに装備していたバールを差し込むとこじ開け中に乗り込み瑠璃の生存を確認し外へと引っ張り出す。

 プレートの影に寝かせると右足のズボンをナイフで切り裂き足を露出させる。摩り潰れた肉に割れた骨が飛び出ている。


「一部に壊疽えそがみられる。右足はもうダメですね……」


 翠がズタズタに摩り潰れた瑠璃の右足を見て唇を噛む。太ももに巻いたベルトの絞め具合を確認して驚きの色を見せベルトを少し緩める。


「傷が塞がり始めてる。死にかけてラピスコアとの融合率が上がった?」


 血が流れないことを確認した翠が瑠璃を背負う。細身な翠が重い装備に気絶している瑠璃を背負い砂浜を歩き地下の基地を目指す。


「今日ほどこの体で良かったって思った日はありませんよ」


 苦笑する翠は瑠璃を軽々と抱え基地に入ると医務室に瑠璃を寝かせ医療品と道具を漁る。


「ボーンソーまで有るとは思いませんでしたね。助かりますけど」


 瑠璃に輸血、点滴、人工呼吸器を取り付け全身麻酔を施す。


「色々と器具は足りませんけど今の瑠璃さん回復力なら耐えれるはずです」


 翠が意を決して瑠璃の足にメスを入れ切り進め、ボーンソーの刃を骨にあてがう。



 ***



「凄い回復力。普通1人で出来ることじゃないですけどお陰で助かりました」


 翠が額の汗を拭い瑠璃の足を見る。隣に座って顔を撫でると小さな揺れが起きて天井の埃が落ちてくる。


「上で何か戦っている?」


 上を見上げ不安そうな表情の翠はすぐに瑠璃の呼吸を確かめ機器を取り外すと背負い自分の乗って来た車へと向かう。


 薄暗い廊下を歩くと背中から瑠璃が呟く。


「アネットごめん……」

「瑠璃さんはアネットさんが好きなわけですか……いなくなればチャンスはあると本気で思っていた自分がバカみたいです」


 瑠璃が翠に回す手をぎゅっとして抱き締める。


「!?」


 驚く翠はゆっくりと瑠璃の手を握る。


「でも、それでもあなたは他の人から蔑んで見られる私に手を差し伸べてくれた。こんな卑屈で酷い人間にも……だから好きでいたい。答えてもらわなくても良いから」


 涙を流しながら歩く。


「翠、泣いてるのか?」


 翠は突然声をかけられ全身を震わせ驚く。


「翠も泣くんだな。お前と穂花、真瑚は泣かないと思ってたのにな」

「記憶戻ったんですか!?」

「翠、ごめんな。俺がしっかりしてれば、このラピスコアの事をちゃんと知ってれば翠達を巻き込まないで済んだのに。バカみたいに大人を信じて、ついていった結果がこれだ」


 涙を流しているであろう瑠璃に涙を見せまいと乱暴に目を擦る。


「少なくとも私は瑠璃さんからラピスコアを受け取れて良かったって今は思っていますよ。じゃないとこんな風に背負って歩けませんしね」


 最後のセリフを明るく言おうとし逆に声が上擦る翠を瑠璃が後ろから優しく抱き締める。


「無理はしなくていい。誰が悪いのかっていう問題でないのも分かっている。それでも俺の中で生まれたコアが翠達の心を乱し苦しめたのなら俺は償わなければいけない」

「それは……それは違うと思います。私たち5人はたまたま瑠璃さんのコアを受け取った。そしてたまたま5人とも瑠璃さんが好きだった。その気持ちが増幅された結果であって、その気持ちに嘘はありませんから」


 翠の言葉からしばらく沈黙が続くが静かながらも決意のこもった声で瑠璃が話し始める。


「翠、降ろしてくれ。そして今の状況を教えてくれないか?」

「降ろす……瑠璃さん右足がその……」


 瑠璃が自分の右足を見る。息を飲む音と再び訪れる沈黙。

 翠の背中に顔を埋め泣いているのか小刻みに震える。


「ごめんなさい。私が切ったんです」

「わ、わるい。翠が切ったんじゃなくて切ってくれたんだろ。そうしなきゃいけない状況だったってことだよな。じゃなきゃ今こうやって俺を背負って移動なんかしないだろ。取り合えず降ろしてくれ。そして状況が聞きたい」


 翠に降ろされ壁に寄りかかって座る瑠璃は自分の右足を擦って何か言いたい言葉を飲み込む。


「翠、頼む」


 瑠璃に促されこれまでの経緯を話す。翠、自身のアネット、寧音に対して邪魔だと思ってたこと。いなくなればいいと思ってたことも全部話す。そして三滝や山部のこと、穂花の行方が分からないこと。

 そんな翠の話を瑠璃は黙って時々相づちを打って聞く。


「瑠璃さんこれを」


 翠が首にかけていた指輪のついたチェーンを外すと瑠璃に差し出す。それを受け取った瑠璃が指輪をしばらく見つめていたが翠に差し出す。


「懐かしい指輪だな。これでみんなが騒いで誰が一番に見つけるとかなったんだっけ。これは翠が持っておけよ」

「でも私はアネットから盗んで、嘘をついて自分の物にしようとしたんですよ」

「まあ、そこはあんまり誉められたとこじゃないけどな。でも今まで大切に持ってたんだろ。なら翠の物でいいと思う」


 翠は返された指輪を握りしめる。


「ありがとう大体のことは分かった。1つお願いしたいことがあるんだけどきいてくれるか?」


 翠は指輪を握りしめた手に力を入れ頷く。


「MOFU KUMAのドックへ連れていってくれないか」

「ドックですか? まさか!?」

「ああ、1体改修中のMOFU KUMAがあるだろう。黒くてファンキーな奴が」

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