アース怪獣 モフクマ
三滝はその豊満な体を揺らしながら走る。額から流れる脂ぎった汗が日頃の不摂生を物語っている。
「くそっ、あそこで港が裏切るとは」
避難施設にある幹部以上が通れる専用通路に入るとパンパンに張ったズボンからスマホを取り出し電話をかける。
「あぁ私だ。ちょっと手間取ってな……」
会話を始めた三滝の頭の後ろや背中に冷たく重い物が複数突きつけられる。
「三滝さん遅かったですね。随分待ちましたよ」
「山部か……」
後ろを振り返れない三滝はスマホを取り上げられると両手を上げ忌々しそうに後ろにいるであろう山部に声をかける。
「その様子だと翠の始末に失敗したってところですかね。あの子は戦闘能力だけは高いですからね。さてさて、三滝さんこのまま進みましょうか面白いものが見れますよきっと」
頭に銃を突き付けられたまま三滝は言われる通り前に山部と2人の武装した男と供に進んでいく。直ぐに幹部達が使う専用の部屋に連れてこられ銃口を向けられたまま椅子に座らせられる。
「ふん、既に制圧済みということか。翠もこれを知っていたのか」
部屋には数人の武装した男達がいて山部を見ると敬礼をしてくる。そんな姿を見て三滝がぼやくが、山部は銃口を向けられ動けない三滝をニヤニヤ笑う。
「翠? あの子は扱いにくい欠陥品ですからねこの事は知りませんよ。
なにせ記憶消去に抵抗してくる個体がいるとは思ってませんでしたし、三滝さんが始末してくれたらラッキーぐらいに思ってましたからね」
「ふん、どこからも必要とされない子とは哀れなもんだ」
「ええ、操縦技術はありませんけど身体能力の高く、今後人形モドラーが現れる危険性を考慮して情報局に入れたんですがね。途中でアースと接触に成功したんで正直要らない子になってましたからね。
それに今前線にいるラピスチルドレンの生き残りは皆が瑠璃絡み。コアが近くにあると発情して更に扱い辛いってもんですよ。ねえ三滝さん?」
汚いものの話でもしているかのように語る山部に少し共感する部分があったのか銃口を向けられたままの三滝が笑みを浮かべる。
「まあそれには同意するね。あの女どもの五月蝿いこと。化物同士が発情するのは見るに耐えられなかったよ。いっそ子供でも作ってくれた方が研究材料ぐらいにはなったかもしれんね」
「ええ、ええそれは有用な使い方かもしれませんね。おっと楽しいおしゃべりはこれくらいで始まりますよ最後のモドラー出現が」
山部がモニターの電源を部下に入れさせると青ヶ島の火口が映し出される。もう何度も見た光景。火山が噴火し火口から血のようなマグマが溢れ流れだし地表を焼きながら進んでいく。
やがて煙をあげながら海に入り海底を進んでいく。海の水と争うように進むそのマグマは生きているとしか思えない動きを見せ地球の神秘を見せてくれる。
火口に3本の爪がかけられゆっくりと這い出てくる。丸い体に丸い手足の蒼いクマ。MOFU KUMAにそっくりな外見をしている。ただロボットではなく生命体だと分かる大きな口と鋭い牙。口からはヨダレのようなものが垂れているのが確認出来る。
「なんだあれは……」
驚く三滝を見て嬉しそうに手を叩いて山部は喜んでいる。
「そうですね、アース怪獣 モフクマとでも名付けましょうか。最終戦に相応しい怪獣でしょう。そう思いませんか三滝さん?」
「悪趣味な、だがミサイルが飛んでくるぞ。それに私が動かなくても政府の防衛派が動くだろう、あっちお抱えのラピスチルドレンもいるわけだしな」
少しバカにしたように笑う三滝の顔がすぐにひきつる。
モニターに映るモフクマが上空から飛来するミサイルに向かって口から鋭い熱線は放ち空中で打ち落とすと海に向かって走り始める。
そのスピードは瑠璃達が搭乗していたMOFU KUMAとは比べ物にならない。
ミサイル飛来の為に誰もいない島を走り抜けると海に飛び込み海中を泳ぎ始める。
「凄いでしょう。あのモドラーなら天城越えもすぐですよ」
「山部、君はなにがしたい。あいつが富士山に到着することは人類滅亡を意味するのだぞ」
必死な三滝の顔がおかしたかったのだろう山部は笑いを堪えきれないといった感じで顔を押さえ肩を震わせている。
「なにがおかしい!」
「いえねえ、三滝さんがアースと接触してこのモドラーとの戦闘に終止符を打つために我ら人類は動き出したわけじゃないですか。
そもそもそこがおかしいんですよ。なんで戦うんですか? 相手は地球そのものです。その気になれば我らなど即排除可能なのに10体のモドラーを倒すといった提案を持ちかけてくる」
山部が睨む三滝を見て小バカにしたように笑う。
「意思の疎通が出来る相手なら交渉するのが先でしょう。バカ正直にゲームを受け戦ってどうするんですか」
「その交渉の結果モドラーは富士山に向かっているわけだが」
「ああ、それで良いんですよ。何も問題ない」
意味が分からない、そんな表情の三滝にどや顔で答える山部。
「モドラーが到達する。そして富士山が噴火、その被害は甚大なものになるでしょう。それに加えあのモドラーは暴れ続けます。人類滅亡とまではいかないでしょうけど日本は間違いなく崩壊するはずです。
ですが私とその仲間は交渉の結果アースから次なる人類として進化することを約束されていますからね。これで新人類として日本を牛耳れるわけですよ」
「以外にショボい夢だね」
「なんとでも言ってください。生き残って優位に立てる! 生物として正しいあり方でしょう」
2人が話している間にもモフクマは進んでいく。それを迎え撃つべく下田の荒廃した基地に銀色のMOFU KUMAが複数の大型輸送機に吊られて移送され地上に下ろされ2匹配備される。最後に武器の入ったコンテナが投下される。
「あれは防衛省のものではありませんね」
「あぁ国家公安委員会か、内閣府直々といったところだろう。乗っているのはラピスチルドレンの第2世代といったところか」
「まあお手並み拝見といきましょう」
***
銀色のMOFU KUMAは塗装がされていない下地がむき出しの状態であり瑠璃達のとは違い見た目も性能にも個性がない。
中に搭乗するのは12程度の男の子2人。実践はもちろん初めてであるが施設での成績が高かった、それだけで搭乗している。
〈
悟と呼ばれた少年に隣のMOFU KUMAから通信が入る。
「いける? そんなわけないだろ。震えがとまらねえよ。
〈俺も無理……でも死にたくないからやるしかないよな〉
「だな」
悟と隆太の操縦席に警告音が鳴り響く。レーダを確認するとモドラーを示す赤い点がもうすぐ上陸しそうな位置にいることを報せてくる。
「おい、こいつ速くないか」
〈ああ、始めは訓練通り遠距離からの射撃をメインでいこうぜ〉
2匹のMOFU KUMAが銃を両手に装備すると海岸の方を向く。
〈なあ、あれって前のモドラー戦で死んだMOFU KUMAの残骸だよな〉
隆太に言われ海岸の砂浜に転がる緑色のクマと赤いクマの頭などの部品。悟は身震いする。
「ああはなりたくないな」
〈だな〉
2人がしんみりとしたそのときだった。海岸に水飛沫をあげモフクマが飛び出してくる。
全身を激しく振るい水を飛ばすと2匹のMOFU KUMAをみつめる。蒼いクマ、MOFU KUMAを生き物にしたようなその異様な姿。泳いで疲れたのか大きな口を開け荒く息をしている。鋭い牙を見せ口から溢れ出るヨダレが垂れている。
「おい! 撃つぞ!」
〈あ、ああ!〉
悟の声で我に返った隆太は操縦桿を握り銃を操作する。
モフクマは砂浜を蹴り砂塵を巻き上げジグザグに走り始める。
〈くそっ! 速い〉
隆太の焦る声が聞こえる。援護しようと振り向いたときにはモフクマは既に悟の目の前に。
「え!?」
悟の搭乗するMOFU KUMAの腹を鋭い爪で貫くとそのまま拳が背中から腕が飛び出る。
〈おい! 悟!!〉
隆太の通信に返事をする者はもういない。無人の操縦席からモフクマの腕が引き抜かれると悟のMOFU KUMAはゆっくり崩れ落ちる。
隆太が銃を構えるが動きが止まる。
「はっ!? なんだそれ意味分かんねえ」
モフクマが手に持つサブマシンガンから放たれる無数の銃弾は隆太のMOFU KUMAの装甲にへこみや傷をつけていく。
弾切れになると投げ捨て走り飛び蹴りを放ちMOFU KUMAをひっくり返す。
そしてモフクマは武器のコンテナに鋭い爪を差し込むと強引に開く。
物色するように見てメイスを手に取るとゆっくりMOFU KUMAの元へ歩いてくる。
荒々しく息をしながらヨダレを撒き散らしながら近づくその姿に怯える隆太は必死に操縦桿を動かすがMOFU KUMAは反応しない。
「嘘だろおい! 動け! 動け!」
MOFU KUMA全体を揺らす激しい衝撃地面に叩きつけられバウンドする感覚。そして目の前の壁が大きくへこみ操縦席を圧迫する。
「うそだ やだ。死にたくない……やだ、やだ」
再び襲う衝撃と更に狭くなる操縦席。装甲に穴が空き小さい隙間から外が見える。モニター越しでない本物の外、そしてモフクマがメイスを大きく振りかぶる姿。
「やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やっ──」
大きく体をへこませ、くの時に折れるMOFU KUMA。
その姿を見て満足したようにモフクマはメイスを投げると天城山に向け走って移動を開始する。
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