翠(かわせみ)は星を咥え鳴く

翡翠

 狂暴怪獣シュレッケンが現れすぐに基地を放棄し避難するように指示が出される。

 皆が混乱するなか基地の地下から天城山の下の地下トンネルの避難用の列車と道路からの車両による一斉避難が行われる。


「管制室の皆様はこちらへ」


 そう言われ車両に案内され乗り込む翠を始めとした港やいつものメンバー8人。


「港さん突然避難ってなんなんですかね?」

「さあ、私も分からないわ。取り敢えず今は従いましょう」


 翠の質問に答える港。


(港さん、いつも話すときと違って視線が左右反対……)


 翠は幼少期にラピスコアの適合係数の高い子供として施設に連れてこられている。

 両親の顔は覚えていない。どのような生活をしていたかは分からないが幼少期から勘が鋭く特に人の嘘や裏切りに関しては敏感だった。


 どんなに仲の良い友達だって嘘をついたりたまには翠以外の子と遊びたいといって距離を取られたりする。幼い子供ながら翠はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。

 それ故に人から距離を取るようになり嘘をつかれる前につくようになる。

 そして嘘つき呼ばわりされみんなと疎遠になる。


 そんな翠に一緒に遊ぼうと声をかけてきたのが瑠璃だった。


 だがこの瑠璃は男女問わず誰にでも優しく声をかけみんなから人気があった。しかも先生達からも注目されていてなにかと施設の中心的存在であった。

 そんな人間が嘘つき呼ばわりされている自分に近付くなんて裏があるとしか思えなかった。

 それでも施設の中心的存在と一緒にいることは自分にメリットが大きいと判断した翠は瑠璃と積極的に遊ぶようになる。


 だが瑠璃の裏表のなさ、そして本当に翠と一緒に遊びたいんだと分かり始めると翠は次第に瑠璃に興味を持つのと同時に自分が惨めに感じ始める。


 ある日、施設でオモチャが失くなったと小さな騒ぎになった時、誰かが翠を疑った。勿論否定するが多くの人に疑われ始める泣きながら否定する翠を瑠璃は庇ってくれた。

 結局オモチャは別の場所で見つかるだれも謝らない、むしろ疑われる翠の日頃の行いが悪いと言われる始末。そんなか瑠璃が謝ってきた。


「ごめんね翠ちゃん。ぼくがもっとしっかりしていれば翠ちゃんを悲しませなくてすんだのに」


 翠の涙をハンカチで拭いてくれる瑠璃を見てこの人だけには嫌われたくない。ずっと一緒にいたいと思った一方的な想い。

 港の瞳に揺らぎがあるのを感じつつ昔のことを思い出していると車両は止まり分厚そうなドアの前まで案内される。


「すいません。ここより避難所となりますドアを抜けると狭い廊下になりますので順番に並んで1人づつ入ってください」


 警備員の指示で1人づつドアに入っていく。翠は一番後ろに並び廊下へと入っていく。廊下はギリギリ2人並ぶと肩が当たる広さだった。後ろをチラッと見ると警備員が2人ついてきているのでニコッと笑い会釈して前にいる港に話しかける。


「港さん避難所ってどんなところなんですか? 私こっちに来て日が浅いんで知らないんですよね」

「私も昔研修で来たことがあるくらいで覚えてないわよ」

「へぇ~こんな狭い廊下から行く避難所って変わってますね」

「そうね、シェルターの役目もあるから衝撃波なんかが内部に入らないように奥に部屋を儲けているんでしょ」


 そうこうしているうちに広間へと続く分厚いドアが開いていて避難してきたみんなが集まっているのが見える。


(人が少ない……)


 港がドアくぐり広間に出た瞬間、翠は後ろの警備員の右手を掴みそのまま股下を潜り男をひっくり返すと壁を駆け上がりその後ろにいる警備員を飛び越え両足で蹴って広場の方へ押し出す。

 警備員は下で倒れるもう1人に足をとられよろけながら広場に出てしまう。


 広場によろけ出た警備員に左右から向けられる複数の銃口。その銃口には予定外の人物が現れた事への戸惑いが見える。

 翠が走り、押し出した警備員の肩に手を掛け飛び越えると左側にいた銃を構える男の横に着地し胸に装備してあるダガーナイフを抜き取り首に突き立てる。そのままもがく男の背後から手に持つサブマシンガンのトリガーを握り周囲の武装する男達に発砲する。

 サブマシンと男を繋ぐスリングを首から抜いたナイフで切り離すと男を蹴って盾にして物陰に滑り込み逃げる。


「とんでもない歓迎してくれますね」


 ぼやく翠の隠れていた机が銃弾で穴が空いていく。その机を蹴り物陰を移動しながら銃弾を放っていく。


(防弾スーツまで仕込んでくるとは手のこんだことをしてくれます。よっぽど私を始末したいんでしょうね)


 翠は淡々と武装した警備員を始末していく。


(あと1人)


 弾切れのサブマシンガンの本体を最後の1人へ投げつけると怯む相手に向かって走りナイフを投げ太股に突き刺す。

 そのまま男を飛び越すと痛みで屈む男の後頭部に膝を立て全体重をのせ顔面から落とし地面に叩きつける。男は体を痙攣させ動かなくなる。

 気絶した男の太股から翠がナイフを抜くと逆手で持ち構え振り返り睨む。


「そんな構えで撃つんですか? 手、震えてますよ」


 翠が睨む先に震えながら銃口を向ける管制室の仲間達。

 ただ1人、港だけが座り込んでいる。

 素人集団といえ流石に5、6人から銃口を向けられ物陰も無いこの状況に翠も抵抗せず睨むだけしか出来ない。


「なんで撃たなかったんです? チャンスはあったでしょう。射撃訓練も受けてますから撃ち方知っていますよね?」

「う、うるさい!」


 男が発砲するが明後日の方へ飛んでいき翠には当たらない。


「峰さん、そんな逃げ腰で撃っては当たるものも当たりませんよ」

「良いんだ! これでお前を足止め出来れば」


 峰と呼ばれた男が手を振るわせながら必死に叫ぶ。

 それと同時に武装した男達が数人雪崩れ込む。最後にのっそりとお腹を揺らしながら三滝が入ってくる。


「動かないでもらおうか翠くん。君には我ら人間の情報を流しモドラーサイドと繋がっている疑いがある」

ってまるで私が違うみたいな言い方しますね」


 三滝が鼻で笑う。


「何を言ってる。人間じゃないだろ」

「言ってくれますね。あなた達がこの体にしたくせに」


 ナイフを構え鋭く睨む翠を見ても動じることなく三滝が銃口を翠に向ける。


「おっと動かないでくれたまえ。君の身体能力の高さには注意が必要だからね。そのナイフを下に置いて蹴ってこっちへ寄越してくれるかな」


 翠が舌打ちしながらもナイフを地面に置いて三滝の方へ蹴る。


「素直なのは良いことだ。そう良いことを教えてあげよう。君の大好きな瑠璃くんは死んだよ」

「!?」


 三滝が施設にあったモニターに録画した映像を流す。そこにはシュレッケンに落とされるミサイルの爆発に巻き込まれ無惨な姿になっていくスナイパーグマが映っていた。


「う、うそ……」

「君らは瑠璃くんのことになるとバカみたいに素直な反応するね」


 発砲音が鳴り響く。


 三滝が翠に向けていた銃口から硝煙が昇る。

 背中から弾けるように血が吹き出て地面に飛び散る。傷口からドクドクと溢れ出て服を赤く染めていく。

 その姿に翠や三滝達は驚きを隠せない顔をする。


「な、なんで……港さん」


 翠に覆い被さる港が震える手で翠に自分の持っていた銃を渡すと翠を押して突き放しその場に崩れ落ちるように倒れる。


「まさか化物を庇うとかな」

「くっ! 三滝あんたって人は!」


 三滝を守るように武装した男達が前に出てきて翠と激しい銃撃戦が繰り広げられる。

 だが翠の身体能力の前に1人、また1人倒れ最後の1人の首を翠がナイフでかっ切り絶命させる。


 肩で息をする翠が港の元に駆け寄りゆっくり起こすと壁に持たれかけさせる。


「港さんどうして私を……」


 港が翠に手を伸ばし掠れる声で語る。


「翠、あなたと過ごした時間は短いけどね、あなたは私の大事な後輩で妹みたいで……なのに私酷いよねあなたを騙して……」


 翠は首を必死に横に振り咳き込み吐血する港を心配そうに支える。


「ねえ翠、昔の話聞かせて。嫌な思いでもあるだろうけど全部聞かせて。翠のこと知りたいな」


 ──翠は施設の頃の話を始め港は目を瞑って静かに聞く。


 嫌な思いでも全部話す。


 瑠璃との別れの話をしているとき港が苦しそうに唸る。


「港さん!」

「あなたがなんであれ私にとって翠であることには変わりない……幸せになって……」


 港の体から力が抜けていく。翠が支え壁にそっと寄りかからせると止まらない涙を必死に拭う。


「港さん話、続けますよ」


 翠は周囲に倒れている人から装備を剥ぎ取り自らに装備していく。

 1人でいることの多かった翠は寂しさを紛らわせる為か鼻歌を歌う癖がある。


 鼻歌を歌いながら銃弾を込める。


「私の生きる意味は瑠璃さんだったんですよね。だからここにいて人として生きた。その瑠璃さんが死んでしまってはもう意味がないでしょう」


 そう言って部屋を出る前に港の元へ歩み寄る。一緒に仕事をして仕事が終ったときによく肩をポンポンと叩かれていたことを思い出す。


「お疲れ様です港さん。今日まで色々教えてくれてありがとうございました」


 翠は優しく港の肩をポンポンと叩く。


「港さんに助けてもらった命です。無駄にしたら怒られますね。たとえ瑠璃さんがいなくても精一杯生きてみます」


 翠は軽くお辞儀をしてそっと部屋を後にする。

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