アネットの花
カーネーションの花は色で花言葉が変わる。アネットは淡いピンクの花。
花言葉は『あなたを熱愛する』『情愛』って意味があるらしい。
そう翠に言われた。
瑠璃は生活棟のラウンジでただ地面を見つめ座っている。
時々、翠や穂花が来て声をかけると力無い返事が返ってくる。
今、アネットの部屋を片付け整理する為、港と穂花、翠が荷物を仕分けしている。
寧音は寝込んでて部屋から出てこない。
グロルヴルフに貫かれた後ファンキーグマの回収が行われたが、本人の欠片しか発見出来ない事でアネットの死が確定した。
あの瞬間を見た時から結果は分かっていた。それでも信じきれない瑠璃はアネットの死体を見ることが出来ない事で未だに完全に信じきれていない。
あの日から2日たった。アネットの欠片は出身である孤児院に返され埋葬されるらしい。
瑠璃の右手の薬指に光る指輪だけが相変わらず輝いていてアネットの存在を強く思い出させてくれる。
どんなに泣いて涙を流しても、どんなに暴れても消えずにつきまとう悲しみに心を縛られたような痛みを感じ瑠璃は胸を押さえる。
どんなに掻いても、もっと胸の奥にあるこの気持ちをどうしていいかも分からず自分の胸を鋭利な刃物でくり抜きたくなるような衝動に駆られる。
気が少しでも紛れないかとラウンジにいたが、時々通る穂花達を見ると心が苦しくなるだけなので自分の部屋に戻る。
ベットに寝転がって右手の薬指をしばらく見ていたが、やがて右手を包むように抱き締めると泣き出してしまう。
不意に部屋のドアがノックされ瑠璃を呼ぶ声がするので声を殺して無視する。
しばらくなっていたノックの音が止むとドアが勝手に開かれ穂花が入ってくる。
「瑠璃くん、アネットちゃんの部屋の整理終わりましたよ」
ベットに寝転がる瑠璃の隣に穂花が座る。
「私達って荷物が少ないですから片付けすぐに終わってしまいます。私の部屋なんて何にもありませんから片付けも楽ですよ」
「何が言いたい……」
瑠璃が穂花を睨むが穂花は動じることなくすました顔のままだった。その事が瑠璃の心をかき乱し苛立たせる。
「言い方が回りくどかったですね。次にモドラーが出た時、瑠璃くんと寧音ちゃんが今の状態だったら死にますよ。お二人が出撃しなくても私は出ますから私の死ぬ確率は高いでしょうね。
だから私の遺品整理は瑠璃くんにお願いしてもいいですか?」
その言葉を聞いた瞬間瑠璃は穂花の襟首を両手で掴み睨む。
穂花は少し苦しそうな表情をしながらも瑠璃の手を愛おしそうに撫で握る。
「瑠璃くん私を抱いてくれませんか」
その一言にキレる瑠璃が穂花をベットに押し倒すと怒鳴る。
「お前ふざけるなよ! お前は何がしたい、俺をおちょくって馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!」
「ふざけてないよ。馬鹿げてるかも知れないけどこれで瑠璃くんの傷が……いえ気が少しでも紛れるなら私は喜んで受け止めるから」
「それが馬鹿にしてるってんだよ! じゃあ今から無理矢理やったらお前は後悔しないってのか」
瑠璃が穂花の服を引っ張り胸を乱暴に触る。
「んっ」
痛かったのか顔をしかめるその姿に思わず手を離す瑠璃。その手を穂花が掴むと自分の胸元に引き寄せる。
穂花の鼓動はとても早く、その響きは手を通して瑠璃に伝わる。
「私だって瑠璃くんに髪を撫でてもらい、キスをして優しく触れて甘い言葉を囁いて欲しい。
それでも、そうじゃなくてもいいと思わせてしまうこの衝動が、本当に好きなのに、ゆっくりと関係を築きたいのにそれを飛ばしてでも1つになりたいと思うこの気持ちが──」
穂花が瑠璃の背中に手を回し引き寄せると瑠璃が穂花に覆い被さる。
互いの体温と息遣いを感じるまでの距離に対して思わず身を引こうとする瑠璃の頭を押さえ耳元で囁く。
「瑠璃くん聞いて下さい。私達は人間ではありません。正確には元──」
突然、瑠璃の部屋がノックされるとドアが開き翠が入ってくる。
「瑠璃さん?」
穂花をベットに押し倒している状態の瑠璃の姿を見て驚き体を震わせながらゆっくりと近付くと穂花の手を握り瑠璃から引き剥がす。
そのまま瑠璃を引っ張り穂花から必死に引き剥がそうとする。
翠の細い腕で必死に入れる力はそこまで強くはないが逆らわず瑠璃は穂花から離れるとベットに座る。
「穂花さんですよね、こんなことさせたの。傷付いている瑠璃さんに漬け込んで誘ったんですよね」
目に涙を浮かべ体を震わせながら必死に穂花に訴えかける。
「翠ちゃん、邪魔しないでくれるかな~ いいところだったのにな~」
穂花がベットに座り乱れた服を整えながら翠を鋭く睨む目を翠も負けじと睨み返す。
「あ~あ、ざんね~ん。瑠璃くん続きは邪魔が入らないところでしようね~」
穂花が隣に座る瑠璃の頬にキスをすると立ち上がり部屋のドアに向かう。
穂花と翠がすれ違い様に目が合うがすぐに反らし穂花は部屋から出ていく。
その背中を見送った後、翠は大きく胸を撫で下ろし、ベットに座る瑠璃に恐る恐る近付いてくる。
「あ、あの瑠璃さん。穂花さんが誘ったかは別にしてです。そ、その瑠璃さんも悪いと思います。こ、こういうのは好きな人同士がですね……」
「……そうだよな。ごめん」
顔を真っ赤にして必死に話す翠に瑠璃が謝る。
「いえ、あのなんて言えば良いか分かりませんけど、その……悲しみを乗り越えるきっかけは他人から与えられるかも知れませんけど、最後に乗り越えるのはやっぱり自分自身だと思うんです。だからえっと……頑張りましょう?」
翠が頭を抱えこむ。
「いや瑠璃さんは頑張ってます。だから、えっとですね。負けないでかな?」
「うん、ありがとう」
お礼を述べる瑠璃を見て翠は少しだけ微笑みをみせる。
「あの、月並みな言葉しか思い付きませんが力になります。だから私を頼ってください。相談でも愚痴でもなんでも聞きますから」
瑠璃が力ない笑みを浮かべ頷く。
「それと、ご飯もちゃんと食べて下さいね。えっと、それじゃあ私は一旦戻ります」
「ああ、ありがとう」
翠が帰った後、瑠璃は1人穂花の言っていた意味を考える。
(人間じゃない? 穂花は何を言おうとしたんだ)
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