届かない手紙

 ヴォルコンは先ほど翼に受けたダメージがあるのか飛ぶ高度が徐々に下がり始めていく。

 不馴れな動きのファイターグマがマシンガンの弾を無造作にばらまく。ヴォルコンの動きが悪くなっているせいもあり、制度の低い射撃でも当てることが出来る。

 更に高度の下がったヴォルコンの体にバールの鉤爪を引っ掻け地上に引きずり下ろすと背中に飛び乗るファイターグマが羽を引っ張る。ラダルグマがヴォルコンの頭を踏みつけバールを翼の付け根に何度も振り下ろし翼を引きちぎると大量の緑色の血が吹き出す。

 痛みで暴れるヴォルコンの頭をラダルグマがバールで何度も殴り頭蓋骨を砕きながら顔の形を変形させていく。


〈せ、生体反応微弱! 攻撃を切り替えて止めをさして──〉


「微弱ならまだですよね~ 最後まで気を抜かずやらないと~ こっちが死んじゃいますよ~」


 港の通信を遮りバールで攻撃を続ける穂花。



 ***



 ファンキーグマの攻撃をことごとく弾きながら突進してくるグロルヴルフの横面よこつらを左手に持ったメイスでスナイパーグマが叩く。

 派手に横に転がっていくグロルヴルフに追い討ちをかけメイスを振り下ろすが避けられてしまう。


「ルリ大丈夫デスカ?」

「大丈夫だ。だけど左腕だけじゃ振り遅れるな」


 武器を構えるクマたちに対しグロルヴルフが大きくジャンプすると水面に飛び込む様に先端のドリルで地中に潜る。


「アネット揺れと、熱反応で感知しろ! 下から攻撃がくる」

「わ、分かったデス」


 軽い揺れが起きて地面から突き出すドリルをギリギリでかわすファンキーグマ。すぐにドリルは地面に消えていき何度も何度も下から突き上げてくる。

 ギリギリでかわし続ける2匹だが操縦している2人には緊張の限界が見え始める。


「これはまずいな……攻撃も当たらないし」

「一方的デスネ……」


 そんな2人のことに気遣うわけもなく地中からしつこく攻撃を仕掛けてくる。

 もう何度目か分からない攻撃がメイスを持ち重心が左に寄っていたスナイパーグマの左足にヒットし尻餅をついて座り込む格好になるスナイパーグマ。

 その正面の地面から飛び出てきたグロルヴルフがドリルの先端を向けスナイパーグマ目掛け突っ込んでくる。


 身動きが取れないスナイパーグマを蹴ってファンキーグマが割り込むとグロルヴルフのドリルを両手で掴む。


「ル、ルリ! あんまりもちません!! 動けるなら攻撃をおねがっ──」


 火花を散らしファンキーグマの爪をへし折り高速で回るドリルが徐々に胸元に近付いてくる。


「くそ! 動けよ! 何で!」


 モニターと一部のパネル以外光の消える操縦席で操縦桿を必死に動かし動くボタンを押しスナイパーグマを動かそうと焦る瑠璃。


 **


 ファンキーグマの中でアネットは大量の汗をかきながら操縦桿を握る。握る手からは血が滲むが痛みは感じない。口の中に血の味がするのは食いしばり過ぎて切れたか、歯が割れたのか。周囲の警告音がうるさい。


 神には祈らない。瑠璃に祈る。


 ふと前に瑠璃から貰った便箋のペンギンがこの状況に激しく揺れているのが目に入る。

 中には当時の瑠璃への想いをつづった手紙とアネットが感じる自身や組織への疑問などを書いたメモが入っている。


(手紙はちゃんと出しておかないと手紙になりませんネ)


 けたたましい警告音が鳴り響く。


「うそデショ……左腕。稼働率23%……」


 新しく取り付けた左腕の不具合を知らせる警告音。その事が正しいと示す様にファンキーグマの左手がドリルに弾かれ力なく垂れる。

 と同時にファンキーグマの胸元に突き刺さるドリル。


「まずい、まずい、どうしよう、なんで、なんでデス」


 アネットが焦り現状なす術がない事を理解しないように必死で右手の操縦桿を動かし泣きながらボタンを押す。

 目の前に迫るドリルはモニターではなく実物が顔を覗かせ操縦席の中に入ってきてアネットの肉眼で確認出来る。


 分かっている……つもりだった。こんな怪獣と戦えば死ぬかもしれないって。でもどこか何とか出来るし自分は死なないって思ってた。

 自衛隊の人達が散っていく姿だってモニター越しに見ていながら関係ないって思っていた。


 走馬灯……幼い頃の思いで……ない。だってワタシは──


 そんなことよりルリとの思いで。やっと振り向いてくれて今から楽しい日々が待ってたはずなのになんで、なんで……


(アネットの花言葉は情熱。今日からあなたはアネット──)


(アネットちゃんと結婚するからこれ──)


(あ~あ、アネットちゃん無くしたんだぁ。じゃあさ最初に見つけた人がるりくんのお嫁さんってことで良いよね──)


 うるさい、今はもうどうでもいい。だって今右手の薬指にはあるから!


 モニターに映るスナイパーグマが動き出す姿。アネットは1つのボタンを押すと震える声を必死で押さえながら一言を振り絞る。


「ルリ、大好きデス」


 ルリが叫んでいる。最後に声が聞けて良かった。名残惜しいけどスイッチを切り静かに呟く。


「死にたくない……」



 **



 スナイパーグマの操縦席に光が灯ると瑠璃がスナイパーグマを立たせるとファンキーグマの元に左足を引きずりながら急ぐ。


「ルリ、大好きデス」


 突然入る通信に体が強張こわばるほどの不安に押し潰されそうになりながらスナイパーグマを動かす。


「待ってろ! 今行くから! まて……」


 切られる通信と目の前でグロルヴルフのドリルがファンキーグマの胸元を貫く光景。

 そこからはよく覚えていない。怒りと悲しみと後悔と謝罪……色んな感情が乱れ混ざりメイスを振ったのか、殴ったのかも分からない。

 全身がぐちゃぐちゃになっていくグロルヴルフをひたすら攻撃する。

 途中、港や他の人たちから通信が頻繁に入るが構わずメイスを振り下ろし続ける。


 誰もがその光景を声も出さず見守るなかスナイパーグマの右肩にバールが掛けられ地面にひっくり返されると、通信が入る。


「瑠璃くん、もういいです。それよりアネットちゃんの安否確認が先でしょう。ただ……あまり希望は持たないで下さいね」


 冷静な声の穂花の声で我に返り操縦桿から手を離すと泣きながら頷く瑠璃。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る