甲虫怪獣 カブトガー

 瑠璃、アネット、寧音は横1列に並んで三滝指令の前に立たされている。


「ふう~」


 大きなお腹を擦りながら三滝が大きなため息をわざとらしくつく。


「まあね、私も現場の状況は知っているから強く言わないけど上からは言えと命令されているんでね」


 三滝はタブレットを手に取り視線を移すとうんざりした表情をし瑠璃たちを見る。


「この度のカルドンとの戦闘だが、口を引き裂き撲殺。このやり方に一般市民や愛護団体から非常に多くの苦情が寄せられている」


 言い返したい顔をする3人に三滝は隙を与えず話を続ける。


「ネットでノーカット版、テレビでは生中継で見れるモドラーとの戦闘だが前から苦情はあったんだよ。

 今回はかなり残酷だと苦情が多くてね。上の方もイメージがあるからねえ」

「じゃあどうしろと言うんです? 銃もミサイルも決定打にならないなら引き裂いて倒れるまで殴り続けるしかないじゃなですか!」


 瑠璃が声を荒げるのをアネットと寧音が心配そうに見ている。


「綺麗に殺すとかどうすれば良いんです? 特撮ヒーローみたいに必殺技とかあって爆発してくれたり、ビーム兵器で撃ち抜くとか出来れば良いですよ! 今の俺らが出来る事なんて野蛮に相手を殴って刺して殺すだけです!」

「ルリ……」


 アネットがルリの裾を握り心配そうな声を出すと我に帰ったのか少し罰の悪そうな顔をして謝る。


「申し訳ありません。でも事実です」


 やれやれと言った表情を三滝が適当な小言を言った後3人を解放する。

 三滝本人も本気で怒ってるわけではなく体裁上義務的に小言を言っているのは瑠璃達にも伝わっていた。それ故にあたりどころのない瑠璃のイライラは募るばかりだ。


 指令室を3人で出ると翠が廊下を右往左往していたが瑠璃を見つけると駆けてやってくる。


「瑠璃さん、どうでした? 怒られました? 大丈夫ですか?」


 両手拳を握りしめうわめ上目遣いで見てくるその目は何故か潤んでいる。


「スイ! 近いデス! 離れるデス」


 翠はアネットが引き離そうとするのもかまわずグイグイと瑠璃と引っ付きそうな距離まで詰め寄る。


「わ、私は瑠璃さんの事がす、好きです!」


 翠の突然の告白に一瞬、静寂が訪れる。


「な、スイはなにを言い出すデス!」

「寧音さんはどうなんですか? 諦めるんですか?」

「わ、私……」

「諦めるとかじゃなくて、ルリの気持ちがどうかが肝心なんデス!」

「今はアネットさんに向いてるだけで、私にもチャンスはあると思います!」


 ヒートアップする2人に対しぶつぶつ呟く寧音が顔を上げると叫ぶ。


「私も瑠璃が好き! アネットには負けない!」

「はあ? シズまで何を言い出すデス!」


(なんだこの展開は、どうすればいい……。俺がアネットが好きだと言えば良いのか。いやそれは関係無いとか言ってるしな……)


 なんと言って3人が言い争うのを止めるべきか悩む瑠璃の背後から救世主が声をかける。


「みなさ~ん、廊下で大声で話すのは迷惑ですよ~。一旦お部屋に戻って~ ラウンジで話しましょう」


 のんびりとした口調で穂花が割り込んでくる。その、のんびりさに毒気を抜かれた様に3人が落ち着きを取り戻す。


「まあ、そうデス。指令室の前でいつまでも騒ぐのはよくないデス」

「そうですね。ラウンジで続きは話しましょう」

「だね。あそこなら気兼ねなく話せるね」


 3人が納得してエレベーターの方に向かう。瑠璃達が現在いるのは管制棟と呼ばれる。その最上階である5階に指令室はある。ここから瑠璃達の住む生活棟に行くには3階まで降りて連絡通路を通る必要がある。

 3人がいがみ合いその後ろを瑠璃と穂花がついていく。


 エスカレーターの前に着いてボタンを押して待っている間も3人の間にはバチバチと何かがぶつかっているのが瑠璃には見える……気がする。やがてドアが開いて3人が押し合う様に入ると瑠璃、穂花が入り3階のボタンを押して『閉』のボタンが押される。


 突如、瑠璃は服の裾を捕まれ後ろによろけて廊下に出されると閉まるドアの隙間を器用に避け穂花も外に出てくる。

 閉まるドアの向こうから怒号が聞こえるが声は下がって小さくなっていく。


「ささ、行きましょ~ 瑠璃くん」


 穂花に手を引っ張られ屋上へと向かうドアを開け外へ出る。

 とても良い天気で太平洋が遠くまで見える。眼下にはモドラーと戦う為の施設が広がる。


「で、何の用だ?」


 穂花は屋上にそよぐ風を全身で楽しんでいるのか気持ち良さそうに目をつぶり長い髪をなびかせている。

 風が弱まると少し残念そうな表情をして瑠璃を見る。


「瑠璃くん、わたしは瑠璃くんのこと、だ~い好きです」

「えっ……と」


 小柄な体全身で抱きついてくる穂花に戸惑う瑠璃。そんな瑠璃に穂花は顔を瑠璃の胸に埋めている。


「瑠璃くんのことを~ 好きという気持ちに嘘偽りはありません。そのことを~ 踏まえた上で~ 聞きますね~」


 穂花が瑠璃の胸から離れジッと見つめてくる。小柄故に瑠璃を見上げるような仕草にドキドキを隠せない瑠璃は耳まで真っ赤になっている。


「瑠璃くんは~ なんで~ 4人の女の子からこんなにも言い寄られているんでしょ~ね?」


 突然の質問に対して答えに困る瑠璃に穂花は話を続ける。


「だって~ いくら男の子1人の~ 女の子4人の状況で~ こんなにも~ モテますかね~?」


 瑠璃は考える。


(アネットと寧音はここにきてからは毎日ずっと一緒に過ごしているからまあ、あり得ないこともないのか? 

 穂花は候補生時代に2回会っている。翠は候補生時代にあっちは知ってたみたいだがほぼ初対面。言われみれば確かにおかしい。

 ゲームじゃあるまいし出会ってすぐに好きになるとかハーレムみたいなこの状況。寧ろなんで疑問にも感じなかったのだろう)


 真剣に悩む瑠璃の唇に柔らかい感触が触れるとそれは柔らかくも力強く押してくる。

 瑠璃の目の前には目を瞑った穂花がいて、瑠璃と穂花の間に距離はない。

 穂花の息が時々あたりくすぐったく感じてしまう。穂花の薫りと唇の感触を感じつつ、穂花を引きはなさなきゃと焦る気持ちと、このままでいたい気持ちの葛藤を抱えてしまう。


 穂花がゆっくり目を開けると微笑を浮かべ名残惜しそうに唇を離す。

 抱きついたまま頬を微かに赤く染める穂花と見つめ合う時間はとても長く屋上の風は涼しいはずなのに頬を汗が伝う。

 心臓の鼓動が激しいのが自分でも分かる。自身の体が熱い上に穂花の熱も加わりますます熱くなり背中にまで汗が伝いはじめる。


「もっと~ 思い出して欲しいなあ~ 私のこと~」


 穂花の言葉の意味を考える間も無く緊急召集がかかる。


〈モドラーの卵出現です! 至急関係者は──〉


「ざんね~ん また今度ゆっくり話しよ~」


 穂花は去り際瑠璃にもう1度軽くキスをして微笑むと屋上から出ていく。

 瑠璃は穂花とのキスに高揚感を感じると共にアネットへの罪悪感を感じながら自分の唇に触れる。



 ***



 その日から3日後。アネット達はモドラー討伐の為にMOFU KUMAに搭乗し待機している。


(あの日、ホノカに連れていかれてからルリの態度がよそよそしいデス。絶対に何かあった筈デス。どちらに何を聞いてもはぐらかされるのは絶対におかしいデス)


 そわそわするアネットは諸星からの通信で現実に引き戻される。


〈お楽しみの名前発表だ。今回は早いだろう? なにせ、みさ……あ~お偉いさんのお孫さんが決めたんだ。『カブトガー』だ。意見は受け付けんぞ〉


 通信が切られアネットがモニターで見るそのモドラー『カブトガー』は今までと違い「爬虫類」ではなく「虫」である。

 名前の通りカブトムシそのものだ。ただ大きく違うのは一番下の2本の足が太く大地を踏みしめ、バランスを取るためだろうか尻尾が生えている。

 尻尾でバランスを取りながら2足歩行で歩くカブトガーはゆっくりと前進を始める。


「とにかく今はあいつを倒してホノカに問いただしてやるデス!」


 アネットの操縦桿を握る手に力が入る。

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