モドラー襲撃

出現

「おやおや? ルリリはお手紙さん書いてマスか?」


 瑠璃が資料室の机に座って家族宛の手紙を書く準備をしていたらアネットに話しかけられる。

 部屋で書いても良いのだが検閲されることを考えて季語や言い回しなど分からない事が多いので読まれても恥ずかしくないように調べながら書くので資料室をよく利用する。


「あ、ああ。たまには連絡しとかないとな」

「えらいデス! ルリリは親孝行もんデスナ」


 アネットが瑠璃の頭を撫でると瑠璃は顔を赤くしアネットの手を払おうとする。


「ちょ頭撫でるな。子供扱いすんなよ」

「ダメデスか? 可愛いからついついネ」


 笑いながら瑠璃の横に座ると手紙を手にとって読もうとする。


「どれどれ」

「おい読むなよ。ていうか近いもっと離れろ」


 離れるどころか引っ付いてくるアネットの対処に困ってしまい、とりあえず離れて欲しくて瑠璃が提案する。


「アネットお前、お前も手紙書いたらどうだ? そうだ一緒に書くか? 紙と便箋やるから」


 瑠璃の提案に少し寂しそうな目をするアネットを見て孤児院出身だった事を思い出し瑠璃はやってしまったという顔をする。


「えっと、ごめん」

「気にしなくて良いデスヨ。孤児院がワタシの家デスカラ。ワタシもたまには孤児院に手紙書きますカネ。

 そうそうこの間ルリリって恋人がデキマシタって書いて送ったんデスヨ」


 アネットが笑いながら話すのをどう反応していいか分からず困った顔で見る瑠璃の頬をアネットが摘まむ。


「今の突っ込むとこデス! ボケた方が悲しくなるデショガ。女を悲しませるとかルリリは鬼畜ヤロウデスカ!」

「いや、突っ込めって言われてもな」


 本当に困った顔をして黙る瑠璃を見てアネットが大きくため息をつく。


「なんとも不器用デスネ。まあ、そこが良いとこでもあるんデショガネ」


 呆れた表情をしてアネットが瑠璃の鼻を人差し指で強めにグリグリ押すので瑠璃は少しのけ反る様な格好になる。


「ルリリが悪いと思ってるなラ、そうデスネ~ルリリの家族の話を詳しく聞かせて欲しいデス。それでチャラにしまショウ」

「俺の家族? そんなの聞いても面白くもなんとも──」

「良いんデス。ワタシが聞きたいんデス。家族ってどんなものか知りたいんデスヨ」


 アネットに気圧けおされて瑠璃がしぶしぶ話し始める。父親の事、母親の事、妹の事を幸せな家族だと思うが、そんなに特徴もなく凄く面白いエピソードがあるわけでもない。そんな話をアネットは楽しそうに聞いてる。

 日頃騒がしい彼女が一言も話さずニコニコしながら聞いてる姿を見て


(黙ってれば可愛いのに)


 とか瑠璃が思っているとアネットと目が合う。


「ん? なんデス? 人の顔をじっと見て……ははあ~ん、さてはワタシのこと好きになったナ!」

「はぁあ! 違うし! お前そうやって人をおちょくるのやめろよ!」


 激しく否定する瑠璃の頬にアネットが優しく手で触れるとじっと見つめてくる。


「ワタシは瑠璃のこと好きデスヨ」


 アネットはそれだけ言って見つめ続けてくる。アネットの手が触れている頬が自分でも熱くなるのを感じる。

 アネットの瞳に映る自分の姿を見て戸惑っているのがよく分かる。

 静寂の中、自分の心音だけが大きく響き時間が過ぎていく。


 パシッ


 突然、軽く頬を叩きアネットがため息をつく。


「返事は無しデスカ……まあいいデス。ルリリの家族の話楽しかったデスヨ。ありがと」


 アネットが立ち上がると机に広げていた便箋を見つめその中からペンギンの形をした便箋のセットを手に取る。


「ペンギン可愛いデスネ。これ貰ってもいいデスか? お手紙書きたいデス」

「あ、ああ良いよ」


 瑠璃がようやくそれだけ言葉を発するとアネットは凄く嬉しそうに便箋を抱きしめ弾けるような笑顔をみせる。


「ありがと! 大切にシマスネ」


 そう言ってスキップでもしそうな勢いで資料室を出ていく。アネットの後ろ姿を見送ってしばらくして瑠璃は自分の左胸に手を当てる。

 

 心臓の鼓動がまだ速い。



 ***



 瑠璃は夜部屋のベットに寝転がって薄暗い天井を見つめる。

 頭の上にある目覚まし時計を手に取り時間を確認すると深夜2時過ぎ。


 昼間の余韻で眠れない。目を瞑るとアネットの顔が浮かんでくる。


「あいつ、あんな感じで笑うんだ」


 いつもよく笑うアネットだがあんなに嬉しそうに笑うのは初めて見た気がする。


 そして「好き」の言葉が頭から離れない。


「あぁもう、いつもの冗談だって。なに本気にしてんだ。だから良いように遊ばれるんだって」


 枕に顔を伏せ外に声が漏れないようにして叫ぶ。

 瑠璃は起き上がると窓のカーテンを開けて外を見る。

 窓の外には夜の海が広がっている。暗く果てしなく広がる海は自分がどこにいるのか見失いそうで恐怖心を覚える。

 いつの日かこの海を渡ってモドラーがやってくると思うと尚更怖くなる。

 しばらく外を眺めていると睡魔が襲ってきたのでベットへ向かい、端に座り大きく欠伸をした時だった。部屋の電気が全部ついて煌々と照らされ警報が鳴り響く。


〈青ヶ島で火山噴火の兆候あり、モドラーの出現の可能性大。関係者は管制室まで至急集合されたし。繰り返す──〉


 瑠璃は急いで服を着替えるが上着のボタンがうまくとめれない。

 瑠璃が自分の手を見ると震えていた。手を押さえるが震えは止まらない。

 上着のボタンをとめずに部屋を飛び出し管制室走る。

 中に入ると既に諸星を始め皆集合していた。


 寧音も慌てて来たのだろう服こそちゃんと着てるが頭はボサボサだ。

 アネットはいつも通りの服装で落ち着いた感じでモニターの方を見ている。


 アネットが瑠璃に気付くと小さく手招きをしてくる。


「遅かったデスネ。上着の前全開で来るとかワイルド目指してマスカ?」


 小声でいつも通りの口調で話しかけてくるアネットに瑠璃は少し安心する。


「地中のマグマの温度上昇、活発化してきています。モドラーの卵出現の可能性80%以上です」


 管制室のオペレーターが緊張した面持ちで報告をあげてくる。

 みながモニターに映る火口の様子を固唾を飲んで見守る。

 やがて火口からジワッと赤い光を放ちながら渦巻くマグマが上がってくる。

 火口の中で煮えたぎるマグマはゆっくりと嵩を増していく。やがて火口の天辺まで上り詰めると溢れ出し山の斜面を滑るように流れ始める。


 深夜ということもあり斜面を赤い光を放ちながら生き物のように流れるマグマは地球神秘を感じさせる。

 途中にある木々を飲み込み焼き払うマグマはやがて海に出ると煙をあげ海の中へ入っていく。


「火口中央に反応あり、拡大します!」


 オペレーター声と共に火口が拡大されるとマグマの一部に黒い影が差しその影が段々大きくなっていく。

 マグマに押し出されるように岩が顔を出すとゆっくり大きくなりやがて全身を現し火口の外へ追いやられる。岩は斜面を数回転がりとまる。

 それが合図かの様に噴火が収まりマグマが地面に吸い込まれるように下がってやがてなくなる。

 まるで岩を出すためだけに噴火したようだった。


「モドラーの卵と予測される物体の全長およそ47メートルと推測されます」


 事の一部始終を両手を胸に当て祈るように寧音が見ている。その横のアネットはスカート裾を握りしめてモニターを見つめる。

 その手が小さく震えているのに気付いた瑠璃は無意識に手を伸ばし気付けばアネットの手を握っていた。

 アネットは驚いた表情を見せるが少し安心した様に笑うと手を握り返してきた。


 瑠璃の握るその手は小さくとても儚く感じた。






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