第61話 事故物件の幽霊 ②

美玖は、椅子に座りあきれた表情をする隼人の存在に気が付いた。


「じゃあー、お姉さまが相手してくれないのなら、あの人に相手してもらおうかしら」、人差し指を加えながら流し目で美玖は、隼人を見た。


「僕の事か?」と、桜の代わりに標的にされた隼人は目を見開いた。


「そうよ、あなた。誰か知らないけど、私と良い事・し・ま・せ・か?」


隼人の机の方に向かって歩き出した美玖の後ろから、彼女の白いブラウスを茜と桜が引っ張った。


「どうして、二人して止めるのよ! 私好みの顔立ちをしている彼は誰よ」


「あなたの好みは、関係ない。彼は、大学生の小坂隼人君、私達と一緒に働く仲間なの」


「丁度よかった、私、年上の彼氏が欲しかったの」


高校生の平均より少し背の高い彼女は、もう立派な大人の体をしている。

細身の身体のせいで、余計に目立つ大きな胸を弾ませながら、隼人に近づく。


積極的な美玖に隼人を取られると思った桜は、思わず本心が漏れてしまった。


「ダメ―、絶対にダメだからね! 隼人は、私だけを守る役目だから」


「えー、それは、はやポンが決める事でしょ」


自由奔放の美玖を桜は睨みつける、「勝手に彼にあだ名を付けないでくれる」


「お姉さまが、むきになるなんて面白い。はやポンを虜にしたい!」


隼人の腕を掴む美玖は、自分の胸を押し当てて見せた。


「うっ、ダメだから、・・・ひっく、ダメなんだから」


桜は、大粒の涙をボロボロと流し始めた。


桜の隼人に対する気持ちは本気だった、思い出した正人は茜の方を見た。

 

茜は、美玖を隼人から引き離そうと思い彼女の方へ腕を伸ばすと、スルスルと隼人の体をよじ登り彼の肩の上に乗った四郎が、小さな前足でペシペシと美玖の顔を叩いた。


「桜ちゃんを苛めるな。僕が、許さないから!!」


四郎に頬を叩かれる美玖は、「きゃー、何この可愛い生き物!」と、四郎の体を掴むとギュッと抱きしめた。


「離せ―、僕は負けないぞ。離してよー!」

 

棚の上で身を潜めていた長老は、「いい加減、仕事の話を始めるのじゃ。何時までバカ騒ぎを続けるのだ」

 

長老の一言で、やっと全員がソファに座った。

 

やれやれと言った表情で正人は、それぞれの役割を説明していく。


「美玖に来てもらったのは、あの幽霊の話を聞くためだ。彼女には、依巫よりましとなってもらう」


隼人は、正人の話している内容の意味が分からないのか手を上げた。


「意図的に幽霊に憑依されると、言う事ですか?」


「そうだ。美玖は、霊媒体質なので口寄せや神降ろしが出来る」


「神降ろし?」と、隼人が口にすると桜は得意げに説明を始めた。


「言葉通りの意味よ。私が守護天使を呼び出すのと似ているかしら。神々をその身に乗り移らせる事よ」


「えへへへ、凄いでしょう」と、隼人の隣に座っていた美玖は、体を摺り寄せ彼の手を両手で握りしめる。

 

もう、膨れっ面になった桜は、女子高生に照れる隼人を見たくないのか、腕を組みながら顔を横に向けた。


「とにかく、幽霊の話を聞いた後に桜は、彼女を浄化してくれ」


「了解よ。私が昇天させてあげるから」


「何じゃ、儂はあ奴を喰えないのか?」、棚の上から長老が不服そうに話した。


「長老は、何でもかんでも食べないで」、桜は横目で隼人の手を握る美玖を見ると彼女の手を払いのけた、「何時まで、隼人の手を握っているのよ」


「お姉さま、やきもちやいているの? はやポン、これから私の事は呼び捨てにしてね。その方が、恋人同士みたいだから」


「あ、ああ、名前で呼ばせてもらうよ」、邪な気持ちは無いのに桜が気になった。


「ふん、好きにすれば良いじゃない! 私には関係無いから」

 

正人は、このメンバーで無事に仕事が出来るのか不安になる。


美玖に手伝いをさせるにしても、アルバイト代は払わないといけないし、もう少し依頼料を高くしておけば良かったと、彼は思っていた。


正人たち四人を前に幽霊の鮎川明美は、ただならぬ霊気を感じていた。

 

彼らに祓われると考えた、彼女は必死に抵抗する。


「まさぴょん、この人、凄く怯えているけど。大丈夫なの?」


「祓われると思っているだけだろ、良いから早くしろ」


「では、では。私の身体に取り込みましょうか」

 

美玖は、両手を天に上げた後、パーンと音を立てて手を合わせる。

 

彼女は、目をつぶりながら、ゆっくりと呼吸し始めた。


「さあ、準備できたわよ。幽霊の人、私と体を合わせて」

 

恐る恐る美玖の体と自分の体を鮎川が重ねると、彼女は美玖の体の中に取り込まれるように吸い込まれた。

 

美玖の呼吸が乱れ、息が止まったように見えた。


「うっ・・・、はあー。うわっ、生きている時の感覚じゃない。話せるし、触れるよ」と、美玖は自分の腕を触りながら感心する。


「よし、上手く行った。あなたは、鮎川明美さんだね。何か伝えたい事があるようだったが、話してくれないか」


「そうだった。あなた達にお願いして良いのか分からないけど、進を助けて欲しいの。警察に連れて行かれたから心配で」


「進とは、早川進の事か?」、正人はパラパラと資料をめくった。


「早川進です。彼を助けて欲しいの。私を包丁で刺したのは、彼じゃないから」


「そう言われても、早川は事件の犯人として二年前から刑務所で服役中だぞ」


「えっ、そんなに時間が過ぎているの」、鮎川は床に座り込んだ。


「誰に、どうして殺されたのか覚えているのか?」

 

正人の問いかけに鮎川は、床に座り込んだまま、「知らない人だったの」、彼女は顔を上げて話を続ける、「インターフォンが鳴って、ドアを開けたら見ず知らずの男が立っていたの。『これで俺の物だ。お前が、振り向いてくれないから』と、包丁を出したから悲鳴を上げて、部屋の中に逃げ込んだの。そしたらね刺されたの、何度も何度も私を包丁で刺した。近所の人が騒ぎ出したから、男は直ぐに部屋から逃げて行ったわ。暫くして進が来て、私の背中に刺さった包丁を抜いてくれたの。助かったと思って彼に抱きつこうとしたら、彼に触れられなかった」

 

桜は、鮎川の前にしゃがみ込み彼女の手を握った。


「辛かったね。もう、大丈夫よ。ねっ、正人」と、桜が振り返ると正人は、頬を指で掻きながら言いにくそうに口を開く。


「事情は分かったが、裁判も終わった事件だ。警察でもない俺達に犯人捜しは、出来ないよ」


「そんな、理不尽じゃない。隼人も何か言ってよ」


「正人さん、何とか真犯人を探せないですか」


「それは、無理だよ。知らない男だと言っているし、彼女の魂をこのまま彷徨わせる方が酷だろ。だから、桜、浄化してやれ」


「くっ、そうね。このまま彷徨い続けたら、悪霊になっちゃうから」

 

桜は、下を向いたままポケットからロザリオを取り出し祈り始めた。


「彷徨える魂よ、天へ。ピュリフィケーション」

 

光に包まれた鮎川は、泣きながら抵抗する、「嫌よ、真犯人を見つけるまで消えたくないよ」

 

光の渦が消え美玖は、床にうつ伏せで倒れた。

 

正人は、彼女を抱きかかえて頬を軽く叩いた。


「美玖、もう良いぞ。目を覚ませ」


「う、うーん。あれ、まだここに居る。良かった、消えたかと思った」


「えっ! お前は、鮎川か?」


「そうよ、まだ彼女の中にいるけど」


「嘘だろ、成仏していないのかよ」


「どうして? 私の力より彼女の強い思いがこの世界に魂を留めたの」


「証明は出来ないけど、そうみたいだな。彼女を納得させないと、成仏してくれない様だ」


「どうしますか、正人さん。まさか、長老に食わせませんよね」


「はっ、ははは。そんな事は・・・、しないよ」、正人の額からこめかみを伝って汗が落ちた。彼は、最終手段として長老に魂を喰わせようと、考えていた。


「しょうがないじゃない。私達で真犯人を探しましょうよ」


「待てよ、桜。そんな簡単に犯人は、捕まえられない。鮎川、何でも良いから犯人の男に心当たりは無いのか? 顔を見ているのだろ」

 

正人に抱かれる鮎川は、「全く心当たりは無いの。初めて会った知らない人ね」


「そんな答えだと、何も出来ないじゃないか」と、正人は鮎川を床に落とした。

 

ゴンと、床に後頭部をぶつけた鮎川は痛みを感じているのか、手でぶつけた所を擦りながら、「ちょっと、乱暴ね。知らない人だけど、顔は覚えているわよ」


「犯人の顔を覚えているのなら、一緒に犯人を捜しましょうよ。それか、何か写真とかあれば見てもらえるのに」

 

桜の提案に警察の協力を得る方法を思いついた隼人は、「賀茂さんに協力してもらえないでしょうか?」


「そうだな国際機関の力を使えば、簡単に協力してくれるだろうな。取り敢えず、鮎川は美玖の体から出てくれ」


「ダメよ、彼女から離れたら、またこの部屋の中から出られなくなるじゃない」


「仕方ない、それなら事務所に連れて行くから、そこで美玖の体から出て行ってくれよ」


「この部屋から彼女を連れ出せるのなら、此処の仕事は終わりね。手間賃として仕事を依頼してきた不動産会社に追加料金を貰ったら?」


「そうか、それは良い考えだ。でかしたぞ桜、依頼主に報告して来るから、先に事務所に戻っておいてくれ」

 

美玖の体に乗り移る鮎川は、久しぶりにアパートから外に出られるのが、嬉しくてたまらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る