第60話 事故物件の幽霊 ①

大阪市内のアパートの一室で、身振り手振りで何かを表現するルームウェア姿の女の幽霊と、彼女の動作をどう解釈して良いのか分からず、頭を抱える正人と隼人に長老がヤキモキしていた。


「どうするんじゃ。何か伝えようとしているが、喰って良いか?」


「待ってください、長老。魂を喰って終わりにしては、いけない様な気がします」


「しかし、儂等の仕事は霊の排除じゃぞ」


「彼女の声を聞く良い方法はありませんかね」


「あるには、あるんだが。そうなると、彼女に頼むしかないし」


髪を掻く正人は、どこか気が引けるような表情を見せる。


彼らは不動産会社の依頼で、事故物件に出る幽霊の駆除に来ていた。


部屋は綺麗にリフォームされていたが、ラップ音やポルターガイストなどの不可解な現象と幽霊が出るので、中々入居者の決まらない物件。

 

女の幽霊を排除するだけの簡単な仕事のはずだった。


それが、ショートカットの髪を振り乱しながら口をパクパクさせる幽霊の姿が哀れになり、老婆心が芽生えたのか正人と隼人は、彼女を助けたくなった。


幽霊だと言う事実を除けば、長袖のパーカーとショートパンツを穿く可愛らしい雰囲気の女性に、二人の好感度は高かった。


二年前にこの部屋で殺人事件は起こった。


男女が言い争う声がすると、近所の住人が警察に通報した。


連絡を受けた警察官が通報のあったアパートに駆け付けると、包丁を握りしめる早川進はやかわすすむが部屋に居た。


痴話げんかがエスカレートし、台所にあった包丁で同棲していた鮎川明美を殺害したとして、彼は現行犯逮捕された。


逮捕後、早川は容疑を否認していたが、状況証拠から警察に信じてもらえなかった。


彼女を失い気落ちしていた早川は、警察からの厳しい尋問に耐えかねて嘘の自白をしてしまった。


裁判で容疑を否認しなかった早川には、殺人罪が確定し現在服役中だ。


「この人、此処で殺された女性ですよね」


「そうだ、鮎川明美あゆかわあけみ。殺された当時の年齢は二十六歳だったから、その当時の姿のままだと思う」、正人は不動産会社から提出された資料を見ていた。


「そんな事、どうでも良いじゃないか。早く儂が喰って仕事を終わらせよう」


長老の言葉に幽霊の鮎川は、両手を前に出し首を大きく横に振り、喰われるのを拒否する。何を伝えたいのか分からないが、彼女はどうにかして正人達と話をしたい様子だ。


「本当にここで起こった事件は、解決したのでしょうか?」、隼人は殺人事件に疑念を抱いた。


「しょうがない、直接何を話したいのか彼女に聞いてみよう。ひとまず、引き揚げるぞ」と、正人は部屋から出て行った。


「あとで喰ってやるから、そこで待っておけ」と、長老は鮎川を脅かした。


「長老、驚かすのはダメですよ。また、戻って来るので」


何も伝えられなかった鮎川は、残念そうな顔をしながら手を振る隼人にお辞儀をした。


仕事に復帰した茜の居る事務所に戻った正人は、気持ちがほっとする。


彼は勢いよくソファに座ると、首を反らして天井を眺めた。


「早かったのね。順調に処理できたの?」


「それが、霊の駆除をせずに戻ってきた」


「どうしたの、何かあったの?」


「ああ、何か伝えたい事がある見たいで。それを確認してから、処理しようと思って。甘い考えかな?」


「私は、良い考えだと思うよ」、笑顔で答える茜に正人は救われる。少人数の職場でする仕事上の決断には、常に迷いが生じてしまうからだ。


「正人さんは、話を聞く方法があると言いましたが、どうするのですか?」


「それだよ、頼みたくないけど。しょうがないよな」


「正人は、美玖ちゃんのこと苦手だもんね」


「美玖ちゃん? 誰ですか?」


「茜の従姉妹だよ。高校生、十七歳の女の子。とにかく、ませガキで困る子だ」


「十七歳の女の子なら多感な年だから、仕方ないんじゃ」


「隼人も会えば分かるよ。お前が想像している以上の逸材だから」


ふーんと、軽く考える隼人は茜が入れてくれた珈琲を啜った。


「話が聞けたら、儂が喰うから」と、長老が棚の上の定位置で寝ながら話すと、ぺしっと、四郎が長老の頭を前足で叩いた。


「食い意地を張るのは、良くないよ。もっと行儀よくしようよ」


「チッ、お前に言われたくないわ」


「僕は、幽霊なんか食べないもん。それより、お肉の方が美味しいよ」


四郎に怒られる長老は、孫に怒られる祖父の様に見えて面白おかしい。


「長老の方が四郎より年下なのに見た目は逆だな」


「からかうな、正人。儂の方が威厳はあるのだ」


「変な事ばかり言っていると、丸焼きにして切り刻むよ」


ぶるっと身震いした長老は、「怖い、怖い。それこそ野蛮じゃな」


「今日の仕事は、終わりだ。明日、桜も呼んで幽霊の対処法を考えよう。この後は、皆で飯でも食いに行くか?」


ご飯と聞いた茜は、直ぐにパソコンの電源を切った。


「焼肉ね♪」、一言話すと彼女は、直ぐに着替えるから待っていてねと、奥の部屋に入って行った。


「正人、ちょっと、何時まで寝ているのよ。みんな集まっているわよ」

 

ソファで寝ていた正人の体を茜が揺すって起こす。

昨日、焼肉店で調子に乗ってビールを飲み過ぎた正人は、頭がボーとしていた。


「どうして、もう集まっているんだ?」


「もー、寝ぼけないでよ。土曜日よ、今日はみんな休日出勤でしょ」


「そうだった。忘れていた」と、正人は、寝たままで欠伸をすると体を反らした。


「ふーん、相変わらずなのね。まさぴょんと茜ちゃんの関係は」


細く艶やかなセミロングの黒髪、前髪をヘアピンで留める山本美玖やまもとみくは、ソファの横にしゃがみ込み正人の顔を覗き込む。


茜と似ても似つかない顔立ちで、眼鏡をかける彼女は、文学少女の様な大人しそうな雰囲気だが、一癖ある性格の持ち主だ。

 

正人は、挨拶代わりに美玖の頭の上にポンと手を置いた。


「うるさいよ、美玖。詮索をするなよ、それと、まさぴょんはダメだと言っただろ」


「えー、良いじゃない。私は、小さい頃からまさぴょんと呼んでるもん」


「もう、高校生だろ。大人になれよ」


「大人って何よ! 変な所で頭が固いのは嫌い」


「美玖ちゃんは、本当に変わらないよね」


そう話す茜の後ろに桜は、美玖の視界に入らないように隠れていた。


「桜お姉さまは、どうして私を避けるの? 私は、毎日お姉さまの事を想像しながら、疼く体を自分で慰めているのに」


美玖は、両手で自分の体を抱きしめ、クネクネと身体をよじって見せた。


「そ、それは、あなたは、ややこしい性格をしているからでしょ。この間だって、いきなりキスしようとしたじゃない!」


「ひ、酷い。こんなにもお姉さまの事を愛おしく思っているのに」


両手で顔を覆った美玖に、「嘘泣きまでして、いい加減にしなさい」と、茜はため息交じりで彼女を諫めた。


「ふふふ。遠慮なさらないで、私は何時でもお姉さまを受け入れる準備は、出来ているから。男性を受け入れられないお姉さまを思っての事よ」


「私は、正常だから遠慮しておくわ。それに、結婚したら男性を受け入れられるもの」、桜は話している内に恥ずかしくなったのか、頬が徐々に赤くなった。


「恥ずかしがり屋ね、お姉さまは。私が手ほどきしてあげるのに」


美玖は良からぬ妄想をしているのか、虚ろな目をして桜を見つめる。


「遠慮するわ、そんな事する訳無いでしょ、バカ」と、桜は再び茜の後ろに隠れた。

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