第9話 皇宮警察本部の陰陽師

翌朝、定時の9時にDD事務所に入ると、正人さんが変だった。


いつもは付けていないのに、今日は爽やかな良い匂いを振りまいている。


「今日は、夕方から約束があるので早く終わりますか?」


「大丈夫だよ、隼人君、今日は定時前に必ず終わるから」


「正人さん、何か良い事でもあったのすか?」


「気にするな、必ず定時で終わらせる」


長老が、からかうように正人さんに茶々を入れた。


「お主らが一緒に出掛けるのは、久しぶりだからな。なあ、茜」


「長老は、黙っていてください!」


「そうですよ、大人の付き合いに口を挟まないでください」


そうか、正人さんは、茜さんと出掛けるのだな。


だから、定時にこだわっているのか。


この二人、そんな関係に見えなかったけど。


首を突っ込まないようにしないと、大人はしれっと、上手くやっているから。


そう考えていたのに、長老が、ベラベラと説明してくれる。


「小僧、よく聞け、茜は、小さいが古くて由緒ある神社の娘で巫女だ。そんな茜と正人は、幼馴染でな。二人とも幼い頃から好き合っているのに、お互い強情で素直にならない。いっその事、赤子でも授かれば良いのじゃ」


普段、ボートしている茜さんが、顔を真っ赤にして素早く長老の首根っこを掴んだ。


「長老、おちょくるのも加減にしてください!」


正人さんは、気まずそうに頬を指で掻いていた。


終始ご機嫌の正人さんに連れられて、皇宮警察本部京都護衛署に来た。


皇宮警察本部は、警視庁に置かれる付属機関である。


業務内容は、天皇家や皇族の警護や皇居と御所の警備。


京都御苑に、この京都護衛署がある。


DD事務所からは、歩いて行ける距離だった。


「仕事って、警察の中ですか?」


「今日の仕事は、この間の御札のお礼と君との顔合わせだよ」


「俺との顔合わせですか?」


「そうだよ、念のため、銃器所有許可も貰うから」


「えっ、俺も銃を所持するのですか?」


「餓鬼退治のような仕事も多いからね。自分の身は自分で守れるようにならないと」


「はあ、訓練も必要ですね」


「会社に射撃訓練場があるし、俺が教えて上げるよ」


あのビルの中に射撃訓練場があるの?


事務所以外にそんな場所があるなんて、知らなかった。


「着いたよ、ここがお世話になる部署だ」


上を見ると、陰陽師と書かれた表札がぶら下がっている。


警察内でも秘密の部署があるのかな?


部屋に入ると、古文書や怪しい文献などが所狭しと積み上げられていた。


ソファに座り、テーブルに足を乗せる男性。


見た目は、30代前半、黒髪ストレート・・・長い髪の男性?


切れ長の瞳、中性的な顔立ちをしている。


紺色のスーツを身にまとい、手には甲に模様の入った白い手袋をしている。


彼の肩に乗る白い鳥、山の中で見た鳥と似ている。


「やあ、鬼塚君。私の御札は効いたかな?」


「有り難うございました。無事、再封印出来ましたが、あなたも見ていましたよね」


「気が付いていたか」


「その鳥、山の中に居ました。あなたの式神ですよね」


「バレていましたか」


男性は、薄笑みを浮かべ白い鳥を握ると、鳥の形をした紙になった。


俺を差し出すように正人さんが背中を押した。


「彼が、新しく加入した小坂隼人君です」


「ほお、彼が新入りか。なかなか凄い逸材を見つけてきたね」


「初めまして、小坂です」、何が凄いのだろう?俺は軽く会釈した。


「初めまして、私は、陰陽師の賀茂 貞行(かも さだゆき)です」


「賀茂さんも何か感じますか、俺にはさっぱり」、首をかしげる正人。


「君もまだまだ、未熟だね。一度、私にくだらないか?」


「それは、絶対に嫌です。お断りします」


正人さんは、表情をこわばらせながらも迷うことなく返答した。


「おかしいな、私に降れば、君は格段に強くなれるのに」


「それはそうと、彼の銃器所持の許可をお願いします」


「彼に銃器許可は必要か?いらないと思うけど」


「ご冗談を。忘れずに許可しておいてくださいね」


なんだ、この二人の会話は?


未熟だとか、降れとか、何に降るんだ?


陰陽師である賀茂さんに鬼神化する正人さんが使役すると言う事か?


関係者はみんな、普通じゃない人達だから会話の内容も変だな。


正人さんが俺の腕を掴み、足早に部屋を出た。


「苦手なんだ、あの人」


「正人さんでも苦手な人は、居るのですね」


「そうだよ、あの人、俺達以上に化け物だから」


「30代の綺麗な男性、化け物には見えませんでしたよ」


「見た目に騙されるなよ、あの人、詳しい年齢は知らないが、50歳以上だからな」


「え、えええ、そんなに年取っているのですか?それはある意味、化け物ですね」


歩きながら会話をしていたら、事務所についてしまった。


「まだ、時間があるから射撃を教えてやるよ」


正人さんに着いて行くと、入り口の階段脇にある鉄の扉の鍵を開けた。


地下へ続く階段?・・・この建物、どんな構造しているのだろうか。


「地下が射撃訓練場になっている」


「事務所のある4階だけでは無いのですね」


「そうだよ、このビル全て俺たちが使用している」


他の階は、次の機会に見せてやると正人は言う。


彼が所持するのと同じ拳銃、グレッグ19を手渡され射撃訓練は始まった。


「これが、君の拳銃だ。大事にしろよ、あと、仕事以外の持ち出し厳禁な」


引き金を引く度に襲い掛かる、反動と跳ね上がりに苦戦する。


―――――的に当たらない。


弾倉を交換して撃つ、交換して撃つ、交換して撃つ、何回撃っただろう?


電動で的が手元にやって来ると、数発、当たっていた。


「初めてにしては、上出来だよ」


「実戦では、まだ、役に立ちませんね。すみません」


「気にするな!定期的に訓練するから」


「そろそろ、時間だぞ。お前も友人との約束があるんだろ」


この部屋に時計は無い。


ポケットのスマホを取り出すと、17時50分だった。


俺の約束の時間は、京都駅に18時30分だ。


遅刻しないよう、急がないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る