第8話 平穏な日常

久しぶりの授業、2年目のキャンパスライフが始まった。


地下鉄今出川駅の周辺は新入生なのか、人通りがいつもより多かった。


普段、見ることも無かった日常に潜む違和感。


妖を見たからなのか、人混みに紛れる彼らに気が付く事が増えた。


まただ、楽しそうに歩きながら話す女学生達に付いて行く着物姿の女性。


あれは?・・・大通りに面した建物の屋根に座り込む天狗か?


交差点へ飛び込んでは消えるを繰り返す幽霊。


誰も気が付かないのか?


俺もそうだったよな、見ようとしないから見えないのか。


「おーい、隼人、久しぶりだな!」


前からやって来る二人組の男、俺は自転車を止めた。


あれは、妖怪や幽霊じゃないよな、本物の人間だよな?


林 勇樹(はやし ゆうき)と小川 傑(おがわ すぐる)だった。


二人とも同じ社会学部に通う学生、俺の友人だ。


勇樹は俺と同い年だが、小川君は1浪したので1歳年上だった。


「勇樹と小川君じゃないか、帰っていたなら連絡しろよ」


無駄に体の大きな小川君が、バシバシと俺の背中を叩いて来た。


「お土産持ってアパートに行ったけど、お前、留守だったから」


北海道のようなだだっ広い土地で育ったなら、居るか居ないか、先に携帯で確認しないのか?


「何のための携帯だよ。ラインか電話すれば良いじゃないか」


「そりゃそうだな」、小川君は豪快に笑いだした。


この人は、世の中の便利な道具を使いこなそうと思わないのか?


考え方と行動は、相変わらずの野生児ぶりだな。


「隼人、明日の晩、空けといてくれるか?」


「明日の晩なら大丈夫だけど、何かあるのか」


周りの目を気にしてか、勇樹は自分の顔を俺の耳元に近づけた。


「同い年だけど、女子大生と夕食会をセッティングした」


「マジか、そりゃすげえよ。どこの大学の子だよ?」


「京都のお嬢様大学だよ、楽しみにしとけよ」


小川君が、また、俺の背中を力いっぱい叩く。


「楽しみだな!じゃあ、また、後でな」


彼に叩かれた背中が痛い、本当に全身で喜びを表現する人だな。


勇樹が去り際に手を振りながら念押しして来た。


「これは、ゴールデンウィークと夏季休暇を楽しむための前哨戦だからな!」


これは、楽しみだ♪


さすが勇樹、休みの間でも行動力は半端ないな。


こんな機会は絶対に邪魔されたくない、仕事が入らないよう祈っておかないと。


昼も過ぎた頃、今日の授業は全て終わったので、アパートに戻る前に学食へ寄った。


宮田君の姿は無いか、目で彼の定位置となっているテーブルの周辺を見る。


窓側に目をやると、食事を終え漫画を読む彼を見つけた。


「宮田君、となり良いかな?」


「小坂君、この間はありがとう。あと、漫画を持って来たから君のアパートに寄ろうかと思っていたんだよ」


「それは、それは、飯食ったら俺のアパートに行こう」


「そうしましょう、君に会えて良かったよ。一人で持つには、重くて」


宮田君の足元を見ると、漫画がびっしりと詰まった紙袋が2つあった。


これだけの量を俺のために、わざわざ持ってきてくれたんだ。


一人で大変だっただろうに、申し訳ないな。


アパートに戻った俺達は、彼が俺のためにセレクトした漫画を一緒に読んでいた。


会話も無く静かに過ごす、男二人の読書の時間。


「宮田君は、幽霊とか妖怪とか、妖なんか見たことある?」


「突然ですね、信じてもらえるか分かりませんが、お化けを見たことがあります」


宮田君は、漫画を読む手を止めて、座り直し姿勢を整えた。


俺も漫画を床に置き、壁にもたれて彼を見た。


「本当に?どんな奴だった?」


「小学生の頃ですが、僕のお爺さんのお葬式で、死んだはずのお爺さんが参列に並んでいたのですよ」


「自分の葬式に参列していたのか?」


「そうなのです。でも、誰もお爺さんに気が付かなくて、僕だけがジッと見ていたら・・・」


「見ていたら?」


「僕の所にやって来て、『俺は死んだのか?』と聞いてきました」


「それから、どうなったの?」


「声が出なくて、頷いたら、悲しそうにして僕の目の前から消えました」


「へえー、消えるのか」


「小坂君は信じてくれるのですか?」


「ああ、ここだけの話、俺も見たことあるからな」


「やっぱり、幽霊とか居るのですかね」


「居るんだろうね・・・」


学生同士の戯言のような会話、宮田君に、俺の見た化け物や退治の話をしてあげられない。


きっと彼なら、俺が餓鬼の話や妖怪の話をしても疑わず真剣に聞いてくれて、信じてくれるだろうな。


16時を過ぎると彼は、用事があると言い、アパートを出て行った。


きっと、帰宅ラッシュ前に電車に乗りたかったのだろう。


彼は、いつも俺に気を使っているのか、と言わない。


一人になると、俺の抱える問題、現実に引き戻される。


生活費は何とか稼げるとして、交際費をどうしようか?


勇樹が話していたようにゴールデンウィーク、夏季休暇と学生らしく楽しみたいし。


そうなると、生活費にプラスαの稼ぎが必要になるな。


DDのバイトだけで賄えるかな?


無理して夏は、短期のバイトを掛け持ちするか?


お金のやり繰りを考えるようになってから、金銭感覚がシビアになってるよな。


ゲームに課金とかしている場合じゃないぞ!


出費を抑え節約する為にも、自炊を始めた方が良いな。


男の一人暮らし、腹が減ったら近所のスーパーやコンビニで食料は確保できる。


しかし、料理に自信は無いが、保存できる物が作れると、食費は浮く。


そうなると、最低でも炊飯器、鍋、フライパンは買うか。


気を緩めるな!欲しい物があっても我慢するんだ。


無駄遣いしないように気を付けないと。


おっと、明日は朝から、DD事務所に来るよう連絡を受けている。


忘れないうちに、勇樹と小川君と仕事帰りに直接合流できるよう準備しないと。


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