第7話 祠の封印 ②

建設中の道の駅、駐車場に立ち大きく深呼吸をした。


山の中、春麗はるうららの朝、空気は冷たいけど気持ちいい。


自然豊かな場所だな、此処は、カタルシスを感じる。


見たこともない鳥、木に止まっている。


白い鳥、珍しい鳥が生息しているのだろうか?


「眠れたか?」と、正人さんは大きな欠伸をした。


車から降りてきた正人さんは、缶コーヒーをパスして来る。


俺は、彼から温かい缶コーヒーを受け取った。


「お早うございます、こんな所で道の駅を建設しているのですね」


「観光客を集めるには、何か目的が必要だしな」


「客寄せパンダ、お店なら目玉品みたいな物ですか」


「そうだな、でも、山の中に立派な桜の木があって、綺麗なのにな・・・」


「もったいない、今、桜の季節でしょ。宣伝すれば観光客が来そうなのに」


「地元の人は、毎年当たり前に見ているから都会の人が喜ぶ風景に、気が付けないのだろう」


正人さんが言わんとしている事は理解できる。


インスタ映えする風景、珍しい食べ物、可愛い動物など。


SNSやテレビで紹介されると、人が押し寄せてくる時代。


わざわざお金をかけなくても、観光客が興味を持ちそうな材料はあるのに。


車から、長老が出て来て、定位置なのか正人さんの肩に飛び乗った。


「おはよう、そろそろ仕事するか?」


手で顔を毛づくろいする長老は、可愛い猫だな。


「そうですね、長老、間違っても食わないでくださいよ」


「食わないよ、儂はそんなに意地汚くない!」


「では、祠を確認してから探索しましょう」


破壊されたと聞いていたのに、祠は無事だった。


扉に貼られた封印を誰かが破いてしまった様だ。


どうせ金目の物でも無いかと思って、扉の中を覗こうとしたのだろう。


俺たちは、工事現場周辺、林の中、近くを流れる小川と周辺をブラブラ歩いた。


「こいつらは、妖怪?」


俺の目の前に怪しい生き物が現れた。


飯碗、湯呑、お箸?手と足が生えてピョンピョン跳ねるように動いている。


手と足が生えた飯碗を捕まえた。


得体の知れない生き物は、必死に抵抗しているけど、何だコレ。


「それは、付喪神つくもがみだよ」


俺が手にする得体の知れない生き物を正人さんが見て説明してくれる。


「付喪神?何ですか、それ」


「長い年月を経た道具に魂が宿った物だな。人をたぶらかすが、害は無いよ」


「こいつらが、探している妖怪ですか?」


「違うけど、一緒に封印してしまうから捕まえといて」


逃げ惑う付喪神、だが、簡単に捕まえられる。


変な、妖怪だな。


林の中から長老が呼んでいる声がする。


「1匹、見つけたぞ!」


正人さんと林の中に入ると、今までの姿とは違う長老が、何かを足で押さえている。


で、デカい猫!


目の前の長老は、2メートルほどの立派な尻尾が3本ある、これが猫又!


これが、長老の本当の姿か。


しかし、大きくなった分、モフモフ度は更に上昇しているよな。


あの毛の中で、真っ白なお腹に顔を埋めて寝て見たい。


「小僧、儂を見て良からぬ想像していないか?」、上から俺を睨みつける。


「へへ、していませんよ」、俺の顔がにやけた。


「しているじゃないか!儂の毛に触るなよ」


長老は忘れている様だが、俺にはお宝の写真がある。


歓迎会で油を肴に浴びるように酒を飲んだ長老は、酷く酔っぱらっていた。


俺と茜さんにしつこく身体を撫でろと言って来たので、触りまくってやったのだ。


しかも、その長老のあられもない姿を写真に収めてやった。


おもむろにポケットからスマホを取り出し、写真を長老に見せた。


「何故じゃあー!腹を出して大の字で眠る儂の姿、どうやってその箱に収めた?」


「長老、スマホですよ。スマホで酔っぱらう長老を撮影しました」


「それを儂に渡せ!」、長老は俺に顔を近づけた。


俺は顔を背ける、「駄目ですよ!絶対に消しませんから」


「悔しいー!こんな小僧にバカにされるとは」


「調子に乗って飲むからですよ、長老」


「黙れ、正人。お主も酔っぱらってヘロヘロだったじゃろうが」


「それより、長老、その足元の妖怪は?」


長老の足元には、のっぺらぼうが手足をバタバタしていた。


子供ぐらいの身長、目鼻口が無い、のっぺりとした顔。


「こいつも殺さず、封印するのですか?」


「ああ、封印するよ。害は無いからな、むやみに殺す必要はないよ」


「殺すなら、儂が食うけどな」、長老がペロッと舌を出した。


「こいつ等、俺達には分からないが、何か意味があってこの世界に存在しているように感じる。妖怪だから妖だからと言って、害のない物まで退治する必要は無いだろ」


「そうですね」


たしかに、人に害を及ぼさないなら殺す必要は無い。


それに、この世界に共存する意味?


そんなこと、今まで考えたことも無かった。


「長老、のっぺらぼう回収しておいてください」


正人の言葉に長老は、のっぺらぼうを口にくわえて走り去った。


「残るは、一つ目小僧とろくろ首だけだ」


あと、2匹いるの?


キタロウの世界でしか見た事も聞いた事もない妖怪が。


「どこか、探す当てでもあるのですか?」


「地図を見てね、近くに神社があっただろう」


「ありましたね、ここからだと10分ほどの距離だと思いますが」


「そこに潜んでいる可能性が高い。行こう!」


二人並んで、歩いて移動する。


危険が無ければ、急ぐ必要もないか。


石造りの階段を昇ると、古い神社が見えた。


雑草が綺麗に刈られている、地元の人が毎日清掃してくれているのだろう。


境内に入り本殿の扉を開けると正人さんの予測通り、2匹とも潜んでいた。


「俺は、ろくろ首を捕まえるから、隼人君は、その一つ目小僧を捕まえて」


「了解です!」


ちょこまかちょこまかと、鬱陶うっとうしい。


壁際に追い詰めるがフェイントを付けて、上手く横からすり抜ける。


すばしっこい子供と鬼ごっこをしている様だ。


四苦八苦しながら、やっとの思いで捕まえた。


回収した妖怪を祠の前まで連れ来るよう、ろくろ首の首を掴む正人さんが外を指さした。


「全部、祠に入れますよ」、正人は妖怪を無理矢理、押し込む。


「こんな小さな祠、入るんですか?」


「入り口は狭いけど、中は広い部屋のような空間だよ」


と柔らかいゴム人形の様に入り口から中へと吸い込まれる。


祠の扉を閉めて、持って来た封印札を正人さんが貼り付けた。


急にどうした?・・・俺の頭の中で子供の頃の記憶が蘇ってくる。


祠、そうだ、古い小さな祠、俺の祖父母が暮らす田舎町にもあった。


あぜ道を走る足、小学生の足が見えるが、どこに向かっている?


池、そうそう、池のほとりに祠はあったな。


あれ、小さな手が御札の貼られた扉を開けようとしている。


俺の手だよな、お札を破いて扉を開けた?


それは、何かの封印を解いた事になるのか?


忘れていた、小学2年生だった俺は、中を見たくて祠の扉を開けたのを。


断片的な記憶の光景、スライドショーの様にグルグルと頭の中で回りだした。


目が回る、気持ち悪い、・・・意識が遠ざかる。


“お前が、俺を解放したんだよ”


あの声、いつも聞こえる声だよな。


「気が付いたか?」


正人さんの声、あれ、車の中、背もたれを倒した助手席に座っている。


「ええ、気を失っていましたか?」


「祠を封印したら、フラフラと倒れるから、熱中症かと思ったよ」


「小僧の中に居るアイツが、目覚めかけたのだよ」


後部座席で気持ちく毛づくろいする長老が、意味深な言葉を発した。


俺の中に居る?アイツ?なんだそれ。


―――――訳が分からないよ。

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