第5話 餓鬼の潜む地下鉄 ②

正人さんが会社の経費で落ちるからと言うものだから、ついつい、腹いっぱい食べてしまった。


「食い過ぎじゃないか?ちゃんと、動けるよな」


「大丈夫です、ウップ。ちゃんと正人さんに付いて行きます」


正直、後、1時間は休憩したい。


深夜0時20分、最終電車が発車した。


誰も居ない駅構内で正人さんと準備を始める。


「良いか、絶対に離れるなよ」、正人が黒い手袋をはめる。


「もちろんです、でも、このライトは全て身に付けないと駄目ですか?」


俺は、バッグから出てきた無数のライト、頭、腕、太ももに巻き付け、背中にバッテリーを背負い簡易の投光器を手に持った。


「電気が全て落ちるから、もう直ぐここも暗闇に包まれる」


「電気を全て切ってしまうんですか?」


「当たり前だろ、線路に降りるんだぞ。感電死したいのか?」


「感電死は、遠慮しておきます」


「もう直ぐ、電気が切れるから、準備しろ」


「了解です」


ブーン! 独特な音が響くと全ての電気が消えた。


俺は、身に着ける全てのライトと手に持つ投光器の電源を入れる。


照らされた光の中で、正人さんが腹を抱えて大喜びしている。


「何か、おかしなとこ、ありましたか?」


「何、言ってるんだよ。隼人君、君の姿は爆笑ものだよ」


へいへい、あんたが、持って行けと準備した装備を身に着けただけですけど。


これから、初めて餓鬼退治をするのに緊張感がなくなるよな。


「笑わないでくださいよ」


「悪いな、行こうか」


線路に降りると、ゆっくりと線路に沿って歩いて行く。


普段、歩くことのない線路、意外と歩きにくい。


つまづかないように気を付けないと。


正人さんが、見返り手で俺を制止した。


ペチャ、ペチャ、・・・・・ギ、ギッ、ギギギ


音がする、何かのうめき声と咀嚼音そしゃくおん


正人さんから4メートルほど先、餓鬼の姿が明かりに照らし出された。


1匹?、いや、群れてる、10匹近く居る。


何を持っている?・・・人の手か、足か?


ここから見るとマネキンの手足のようにしか見えない。


遺体に群がるサルのような生き物、これが餓鬼か。


土色の肌、ヤギのような横長の瞳孔をした目、手足は短く、腹は大きく膨らむ。


正人さんは、どうやってこいつ等を退治するんだろう。


「隼人君、動くなよ」


そう言うと、正人さんは、スーツのボタンを外し、拳銃を構えた。


拳銃?・・・拳銃をぶっ放して餓鬼を退治するの?


パーン、パーン、パーン・・・甲高い銃声が地下に響き渡る。


3、4匹の餓鬼が倒れた、しかし、致命傷にはなっていないな。


残りの餓鬼が、俺たちの方を睨みつける・・・ギッ、ギギギギ


歯ぎしりみたいな鳴き声だな、不快音を出すなよ。


手にした遺体えものを離さず、数匹、正人に飛び掛かってくる。


俺の目の前にも餓鬼が1匹、飛び掛かってきた。


「ひっ・・・」、思わず、俺は後ずさりし尻もちをついた。


目の前に餓鬼が居る、手にしているのは、目が飛び出た女性の頭。


柔らかい所から食べていたのか、頬の部分は食いちぎられ歯が見えている。


うっ、吐きそうだ。


「隼人君、気を付けろ」


正人さんの蹴りを避け、目の前の餓鬼が群れに戻って行った。


「このままでは、時間が掛かりすぎる。仕方が無いな」


正人さんは、上着を脱ぐと俺の手に自分の拳銃を握らせた。


「弾は、装填した。これはグレッグ19、自動拳銃だ15発撃てるから」


「僕、銃を撃ったこと無いですよ」


「引き金を引くだけだよ。間違っても俺を撃つなよ」


手は震えていない、こう言う場面シーンでは、震える手で銃を撃つものだけど。


意外と俺は、冷静なのかな?・・・ただ、食われている遺体を見て気持ち悪いだけか?


「良いか、パニックを起こすなよ。俺は、どんな姿でも俺だから」


正人さんは、何を言っているんだ?


正人さんは、正人さんだよ。


「うゎあああああああ・・・」、正人が叫び声を上げた。


仁王立ちで全身に力を籠めている。


正人さんの姿が変わる、変化していく・・・嘘だろ。


髪が白く長くなった、額から角が2本・・・片方は折れているのか?


筋肉質な身体に変化し、シャツとズボンがはち切れそうになっている。


鬼?・・・正人さんが鬼になった?・・・この人は化け物か?


「驚いたか?鬼神化を見るのは、始めてだろうからな」


俺は、驚きのあまり、声が出ないから首を縦に振った。


「その持って来たスーツケースを開けてくれ」


首を縦に振りながら、スーツケースを開けた。


中には、棍棒が入っている。鉄か?


「これは、金砕棒こんさいぼうだ」


こんなはがねの塊のような物が入っていたのか・・・重くなかったけど。


「俺の姿は恐ろしいか?見た目は違うが、俺は俺だから安心しろ」


俺を見つめる正人さん、炎のような唐紅・・・赤い目をしている。


口から出る牙・・・恐ろしい形相、いや、どこか悲し気な表情に感じる。


「さあ、餓鬼を片付けようか」


鬼神化した正人は、金砕棒を片手に餓鬼の群れに突進していく。


金砕棒は、重いのだろう、餓鬼が叩き潰されていく。


頭を殴ると、餓鬼の体にめり込むように形が変わる。


横から殴られると、餓鬼は壁に叩きつけられ血を吐き絶命する。


運良く攻撃を避けた餓鬼は、手足を潰され身動きできなくなっていた。


餓鬼は、絶命すると黒い霧となり消えて無くなる。


女性の頭、内臓が飛び出た胴体、無造作に散らばる手足が取り残された。


全ての餓鬼を退治し終わると、正人は鬼神化を解いた。


俺に近づいて来る正人さんは、見慣れた姿、人の姿に戻っていた。


しかし、彼の眼は、赤いままだ。


上着を羽織ると、俺の手から拳銃を取り、胸元のガンホルダーに収めた。


サングラスをかけ、尻もちを付いたまま座り込む俺に手を差し出す。


「後は、駅職員が片付けてくれる。さあ、終わったぞ、帰ろうか」


「はい」


短い言葉だが、やっと声が出た。


餓鬼と戦う鬼神化した正人さんの姿は、壮絶だった。


でも、今、俺の前に立つ正人さんは、人だ・・・人間だ。


帰りの車内、日が昇って来たのか空は明るくなって来た。


正人さんには悪いが、かける言葉が見つからない。


安易にいきなり意味深な事も聞けないし。


黙って車窓を眺める俺に正人さんが、話し出した。


「隼人君、今日は、驚かせてしまったね。君とこれから仕事をしていくためにも、俺の事を話ておいた方が良いから、聞いてくれないか」


正人さんから自分の事を話てくれるのか、俺の事を信じて?


組織の事を話せば、抹殺される身だし、今更・・・驚いても仕方がないか。


俺は、開き直って正人さんの方を見た。


「俺は、鬼の血を継ぐものだ。だから鬼神化して人外な力を出せる。鬼神化すると見た目は変化するが、俺の性格や内面も一緒に変化する訳じゃない。今の俺も君が見た鬼の姿の俺も全て俺自身だ」


「さすがにビックリしましたけど、正人さんは怖い人じゃないですよ」


「そう言ってくれると、嬉しいね。俺は、人が好きなんだよ。色々な人と出会って、気が合う仲間と他愛もない話をして騒ぐのが楽しい」


「意外と、話し好きなんですね」


運転席で前を見る正人さんは、笑みを浮かべる。


「そうだな、沢山の人と友人になりたいと思っている。こんな見た目だろ、昔から俺は人から遠ざけられた。好き好んで赤い目の俺に近づいて来る人も少なかったしな」


心の優しい鬼か、そうでなければ、人を守るためにこんな仕事しないよな。


俺も含めて、人は善悪二元論で勝手に決めつけ、片付けてしまっている。


だから誤解が生じるのだろうな。


「正人さん、僕は見た目で人を判断したくないです。それぞれ個性があるし、僕の知らない事を知っている、色んな種類の友人が居た方が絶対に楽しいですよ」


「君の意見に賛成だよ。世界は広いしな、俺も視野は広く持ちたい」


人の内面は見えない、いや、ちゃんとコミュニケーションを取れば見えるはず。


初頭効果で好きか嫌いか、相手の内面を見ようとしないから、そんな判断をしてしまうのか。


ステレオタイプに支配されたくだらない人間、ちっぽけな人間にはなりたくない。


夢でも偉そうな俺が言っていたよな、見えないのでは無く、見てないと。


この世界は誰も見ようとしない、俺たちが存在を否定する何かに満ちているのかもな。


「仕事も上手くいったし、帰ってひと眠りしたら君の歓迎会だな」


「本当ですか!」


「これから、楽しくやって行こうな。相棒よ」

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