第4話 餓鬼の潜む地下鉄 ①

暗闇の中、遠くから俺が近づいて来る。


“本当にあそこでアルバイトをするのか?”


「ああ、不安だけど、お金が必要だし」


“相変わらず、お前は呑気だな”


いつもそうだ、夢の中に出てくる偉そうな俺は、俺に説教じみた事を言う。


心の奥底にある本音を語っているのか?


「呑気で結構だよ、仕事のサポートで戦う訳じゃないし・・・」


“馬鹿かお前!そんなやわな連中ばかりじゃないぞ”


「何を知っているんだよ!俺自身、あやかしたぐいなんて見たことも無いだろ」


“本当にそう言えるか?本当に妖には会っていないか?”


「普段から見えないし、会ったこと無いよ」


“見えないんじゃなくて、お前は見えない振りをしているんだよ”


「何を!」


何で、こいつ、俺はそんなに偉そうなんだよ、夢の中なのにムカつく。


拳を握りしめる、自分自身を殴りたくなった。


“せいぜい、頑張れ。危険が生じたら、昔のように俺が助けてやるよ”


偉そうな俺は、吸い込まれていくように暗闇の中に消えていく。


目を覚ます前なのに、嫌な気持ちにさせる夢だと気づいている。


夢を見るなら、もっと、俺自身がハッピーになれる内容にならないのかな?


ヴァーチャルでも良いから、見る夢を操作出来たら儲かるだろうな。


―――――もう、良いや、起きよう。


体を思いっきり反らして、伸びをした。


「今日は、何をするかな?」


昨日は、帰ってから遅くまでゲームしていたし、今、何時だ?


着信履歴? 


17時44分?・・・頭がボーとする、何時間寝たんだ。


スマホの時間を見た、今は、18時07分。


ああああああああ!


日中ずっと寝ていたんだ、今日は、お日様見ていないよ。


何か、一日、損した気分になる。


非通知、知らない番号だな。


恐る恐る電話してみる。


「もし、もし・・・」


「隼人君か、悪いが事務所にすぐ来てくれ」


「正人さんですか?」


「そうだ!仕事だよ」


「直ぐ、事務所に向かいます」


ボディバッグにスマホと財布を放り込んで、アパートを出た。


「遅くなりました」


DIUD事務所のドアを開けると、茜さんは定時で帰ったのか姿は無かった。


背の低い棚の上は、長老の居場所なのか?


気持ちよさそうに丸まって寝ている。そのさまは、普通の猫だな。


ソファで煙草をたしなむ正人さんが振り向いた。


「お疲れさん、今から仕事に行くが、大丈夫か」


「はい、問題無いです」


そーと、寝居ている長老を触ろうとすると、正人さんが止めておけと言わんばかりに首を横に振った。


フゥーッ・・・バシッ!・・・痛えー!


「儂に触ろうなど、100年早いぞ小僧」


引っかかれた手を擦りながら、「すみません、長老」


「それ見ろ、止めておいた方が良かったのに」


クックックッ、正人さんが、苦笑いした。


「仕事は?どんな内容ですか?」


「車に乗ってから説明するよ」


「車で行くのですか?」


「そうだ、大阪に行く。そこにある荷物を持って行くから」


正人さんの目を追いかけると、机の上に黒いバッグと立てかけられた2メートルはあろうか長方形のケースがあった。


「正人、儂も一緒に行った方が良いか?」


「長老にご足労はお掛けしませんよ」


「儂は、留守番か。怪我せんようにな」


バッグを肩にかけ、長方形のスーツケースを持とうとした。


「隼人君、それは重いから俺が持つよ」


「大丈夫だよ、正人。あの小僧なら」


「無理ですよ、長老。普通の人ですよ、神通力があるわけでは無いし」


何を二人で話しているんだろう?


2メートルとデカいけど、手にすると以外に軽い、発泡スチロールを持つ感じだった。


「あのー、軽いですよコレ」


「それ見ろ、正人。あの小僧は普通じゃないんだよ」


「俺には、まだ、長老の言っている意味が理解できませんよ」


「あやつは、お前と同類じゃよ」


「俺と同類?本当ですか、何も感じませんが」


「あやつの奥底に見つからないように隠れているからな。そのうち、正人の前でも姿を現すよ」


「良く分かりませんが、出かけてきますので留守番、お願いしますね」


「はよ、行け」


長老は、3本の尻尾を気持ちよさげに振る。


ビルの外には正人さんの車なのか、会社の車なのか?


黒色の家族に優しいボックスカー。


反町が息子に扮する子供と出ていたコマーシャルを思い出した。


似合わない車に乗っているんだな。


「会社の車ですか?」


「個人兼会社的な車だな、何故だ?」


「正人さんの雰囲気からもっとスポーツタイプの車に乗っているのかと思いまして」


「ははは、面白いね君。これぐらいの車の方が仕事柄、便利でね」


「仕事柄ですか・・・」


「出張も荷物も多いし、場合によっては、チームで行動するからね」


「チームですか?茜さんと長老以外に誰か職員が居るのですか?」


「居るよ、後一人だけ。君と同世代の女の子だ、そのうち会えると思う」


「ふーん、同世代の女の子ね」


助手席に座り、窓から流れる街の光を見つめた。


「隼人君、今日の仕事の内容だが」


「はい、どんな仕事ですか?」


「餓鬼退治になると思う。怖くても、決して一人で逃げ出さないでくれ。俺から離れると、君の安全の保障は出来ないからね」


ちょっと何、この人、餓鬼なんて見たこと無いし、そんなに怖いの?


「俺は、何をすれば良いのですか?」


「荷物を持って、俺について来てくれれば良いよ」


サポートだから、正人さんに離れず付いて行けば良いんだな。


それなら、俺にも出来るかも。


「どこで、餓鬼が出たのですか?」


「今朝、地下鉄で飛び込み自殺があってね。自殺したはずの女性の遺体が消えたんだよ」


不可解な内容に目を細めた、「消える?遺体が無くなった」


「列車や線路に彼女の血は残っていたらしいから、状況からすると自殺した影響で潜んでいた餓鬼が目覚めたのかな」


「自殺で餓鬼が出てくるのですか?」


「自殺以外でも良くあるよ。血の匂いに導かれてやって来るから」


「獣みたいですね」


現場に着くと、22時前だった。


地下鉄の構内に入るのかな?・・・まだ、電車は動いているけど。


正人さんは、胸ポケットから手帳のようなものを改札に居た駅員に見せていた。


駅員は、電話で誰かを呼んでいる様だ。


地下通路の奥から、偉いさんなのか見た目は50過ぎの別の駅員が走ってきた。


「ご苦労様です。今回もいつも通りの手筈てはずでお願いします」


「分かりました、山下部長。時間になったら戻ってきます」


「正人さん、仕事を始めないのですか?」


「電車を止めるまで、待機する。飯でも食いに行くか」


「了解です。深夜作業になりますね」


「そうだな、帰りは朝になるかな」


「なら、深夜手当は出ますか?」


正人さんの表情が変わったように見えたが、怒ったのかな?


「深夜手当ね」


「厚かましかったですか?」


「いや、良いんだよ。思っていた以上に君がしっかりしていたので感心したんだよ」


そうかな、働くのだからアルバイトでもそこは、気になる点なのだが。


俺としては、日給に深夜手当がプラスされると、かなり助かる。


「じゃあ、行こうか、飯は何でも良いか?」


大阪梅田の地下街、まだまだ人混みが途切れない中、二人で飲食店街へ向かった。

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