第3話 有限会社DIUD ②

黙り込んで考える俺の心の叫びが聞こえたのか、正人さんが誤解を解き始めた。


「悪いが、俺達は犯罪グループでは無い。君が契約書にサインしてくれれば全て話してあげるが、高額なバイト料には理由がある」


「どんな、理由ですか?」


「普通の人には出来ない、危険な仕事だからだ」


「危険な仕事ですか?どんな内容なのですか?」


「命に係わると言うか、怪我すると言うか・・・」


正人さんは、話下手なのか?


上手く説明しようとしているが、誤解を解くどころか、あらぬ方向に話は進んでいないか?


「じれったい!何も言わず、契約書にサインさせろ」


えっ? また、あの声。


誰がしゃべったんだ?


「茜、そいつを抑え込め。それで、正人、そいつの拇印を取れ」


猫だよ、あの、ブルーのスカーフを巻いた茶白の猫が喋っているよ!


俺は、驚きのあまり立ち上がり喋る猫を指さした。


「え、ええええええ・・・、あの猫、喋りましたよね?」


正人さんと茜さんが頭を抱えている、やれやれと言った感じだ。


「長老、青年を驚かせないでくださいよ。話が進まなくなります」


「理解させるには、契約してから説明する方が早い。儂等の仕事は、一般人の知らぬ処だからな」


この人達、猫と普通に会話しているよ?


何なんだよ、ここは?


正人が、観念したように話し出した。


「長老が、昨日、廊下で君を見てね。君は、この仕事に向いていると判断したのだよ」


この仕事に向いている?


普通の大学生の俺が出来る仕事なのか?


「スカウトまでは行かないが、既に君の事は調べさせて貰っている。小坂隼人君」


「俺の名前を知っているのですか?どうやって?」


「私達の組織なら全て分かるよ。君以外の人でも。お父さんがリストラされて、生活費を稼がないといけないんだろ?今の君にとって、都合の良いバイトだよ」


親父のリストラまで知っているのか?なんだ、組織って?


「悪いことは、言わないから契約書にサインしてくれ。説明はその後だ」


脱力感と言うのか、体から力が抜けて崩れるようにソファに座った。


悪い人達では無いのだろうけど、何故か、とうとう捕まってしまったような感覚が俺を襲った。


頭の思考がついて来ない、茜さんが目の前に朱肉を置いた。


放心状態・・・無意識で契約書に名前を書き、拇印を押してしまった。


「よし、正人と茜、良くやった。」


やっぱり、ここの猫は喋っているよ。


「ありがとう、隼人君。これで、君との雇用契約が成立した」


正人さんが右手を差し出し、握手をした。


「これで、指を拭いてね」


朱肉で汚れた親指を拭くようにと、茜さんからウェットティッシュを手渡された。


「これから、話すことは決して人に話してはいけない。家族にもだ。もし、この約束を破れば、君は最悪、口封じのために死ぬ事となる」


へぇ?・・・死ぬ?・・・俺、喋ったら殺されるの?


何かの秘密組織に入ってしまったのか?


正人さんの説明は、DIUD、通称DDに関してだ。


有限会社DIUD、正式名はDefence from Invisible and Unknown Danger


日本語に直訳すと【見えない、知らない脅威からの防御】


未知の脅威から、人類を守るために設立された国際機関。


公に出来ない、国際連合の裏組織になる。


この脅威から人々を守るためなら、いかなる手段を取って良いらしい。


世界中に支部があり職員が各支部の支部長をしている。


正人さんは、ここの支部長で国連職員だ。


日本は、京都に支部がある。


じゃあ、他の国は?


中国なら北京、韓国では釜山、オーストラリアはキャンベルでアメリカは、ニューヨーク。


日本の支部が何で京都かと言うと、日本で昔から魑魅魍魎ちみもうりょうが徘徊している場所だから。


沢山の逸話や伝説がある場所。


平安の世から百鬼夜行はあるし、安倍晴明や鬼の話とか、幽霊が子育てしたとか。


実際に橋の工事をしようとしたら、封印の御札が出て来て、工事を止めた話があったっけ。


話を聞いてに落ちなかったのは、国際連合の組織の癖して、予算を貰う訳ではなく、逆に年間売上の14%を本部に収めている。


支部長が、国や個人から来る依頼をこなして売上を上げ、やり繰りしている。


未知との脅威と戦うからこそ収入は、かなり高額の様だ。


そりゃあ、そうだろ!


昨日は、悪霊退治だったらしいが、あやかし、化け物、悪魔付き、未知の脅威は沢山あるし、危険な仕事で間違いないよ。


普通に暮らしていたら、遭遇する方が珍しいよね。


支部で働く人達は、全て支部長の権限で現地採用するらしい。


未知の脅威から国を守る目的の組織か・・・、普通の人は働けないよな。


どうして、俺は採用されたんだろう?


まあ、運が良かったのか・・・、いや、運が悪かったんだよ。


あの時、隣で何しているのか覗き見をしなければ良かったのに。


「仕事は、何をするんですか?」


「隼人君には、我々のサポートをしてもらうよ」


「あと、あの喋る猫は何ですか?」


「喋る猫とは、無礼だぞ!小童風情こわっぱふぜいが。儂は、ここの長老だ。200年以上生きる猫又じゃよ」


「失礼しました。長老ですか、よろしくお願いします」


早くもあやかしと出会っていたよ。


「支部長、定時になりましたから帰りますね。お疲れ様です!」


茜さんが、帰り支度をして、事務所の奥に姿を消した。


定時? 壁の時計を見ると18時だった。


「仕事がある時は、君のスマホに電話するから。明日からよろしく頼むな」


「しっかり仕事しろよ、若造」


正人さんと長老に礼をして、事務所を出た。


アルバイトは見つかったけど、嬉しい気持ちにならない、何も考えたくない。


”とうとう、見つかってしまったか”


誰、誰か、俺に話しかけた? ・・・・・ 気のせいか。


これから何が起こるのか想像なんて出来ないし。


今の俺がすべき事は、この空腹を満たすためにスーパーで、今晩の食事を買って帰ることだけだ。

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