後編
シーンはリビングに戻り、最初と同じようにテーブルを挟んでレポーターと詩織が画面に映った。スカートとパーカーという格好の少女はレポーターの質問に答え始めた。
「詩織さんは現在中学2年生ということですけど、部活は何かしてるんですか?」
「はい、陸上部で長距離を走っています」
いきなり夜尿の話に入るのではなく、とりとめのない話からスタートした。学校や勉強のこと、普段からMSBの番組で見ているものはあるかなど、身近な話を簡単に進めた。
「では早速夜尿についてお伺いしたいのですが」
「はい…」
詩織の声に少し緊張が走る。いままで家族や医者、身内以外に夜尿の話をしたことはない。それが初めてテレビで話し、全国に放送される。
「6歳のころまでおねしょがあったとのことですが、そのころの記憶はありますか?」
「あんまり覚えてないですけど、保育園のころまでおねしょがあったのは覚えてます。その時はあんまり恥ずかしいとか思ったことはなかった、かな」
「今まで誰かに夜尿症のこと話したことはある?親しい友達とか」
「いえ、一度もないです」
「どうしてかな?」
「夜尿がバレたらバカにされるかもしれないし、いじめられるかもしれないと思いました」
ここで一瞬映像に編集が入り、ナレーターのセリフがはさまる。
【親しい友達にも話すことができなかった詩織さん。さらに詩織さんにとってつらいことが幼少期に起こります】
詩織のまえにお母さんが言葉を挟む。
「保育の頃お泊まり会があって、先に先生方には伝えておくんです。夜は心配なので、こっそりおむつを履かせてくださいって」
詩織が言葉を続ける。
「でも、みんなの前でおむつ履いたり…」
深刻そうな顔でレポータが質問を継ぐ。
「みんなにはおねしょが心配なことがバレてしまった?」
「履いた後に何人かに聞かれたと思います。あんまり覚えてないけど、すごい恥ずかしかったのだけは覚えてます」
最後にお母さんがフォローする。
「小さい子だから大丈夫だと思ったんですかねぇ、小さいとはいえ、詩織にとってはつらい思い出だったと思います」
「そのあと一度はおねしょが治ったんですよね」
「はい、うれしかったです」
詩織に一瞬笑顔が戻る。
「何が一番うれしかったですか?」
「やっぱり、おむつせずに寝れるようになったことと、あとは友達の家にお泊まりできるようになったことです」
横でお母さんがうんうんと頷く。自分の娘が嬉しそうに話すのが嬉しいらしい。残念ながら嬉しい時期の話は長くは続かない。
「そして夜尿が再発したのが4年生ごろ」
「はい、すごいショックでした」
夜尿再発の経緯はプライベートな内容だったため、お母さんがフォローする。
「当時友達関係でかなり悩んでいたようで。担任の先生との折り合いもよくなくて、精神的にすごくしんどい時期だったと思います。親の私から見てもちょっと辛そうで…」
「そうなんですね、詩織さん、大変でしたね」
詩織は下を向いて無言で頷く。その頃のことを思い出したのかもしれない。
「再発したときはどう思いましたか?」
「もう、この世の終わりだって。お泊まりもできない、自然学校も修学旅行もいけないって…。すごい辛くて、お母さんに文句も言ったりしました」
お母さんもレポーターも真剣な顔で聞いている。お母さん自身も、詩織が夜尿症についてどう思っているかまともに聞く機会は少なかった。この機会があったから、初めて向き合えたのかもしれない。話題は夜尿の治療のために通った病院の話に移る。
「何歳ごろから通院するようになったんですか?」
「えっと、5年生になってからです」
「たしか病院は2か所行ったんですよね。最初の病院はどうでしたか?」
「すごくお薬がまずくて… 他の患者さんも、夜尿とは関係ないひとがたくさんいて、それがイヤでした」
一軒目は普通の泌尿器科で、2軒目は夜尿外来のある病院でしたと、お母さんがフォローする。
「次の2軒目はどうでしたか?おくすりとか、他の患者さんとか」
「お薬は、普通の錠剤のやつで、のみやすかったです。夜尿症の人は一杯水を飲んで尿検査するんですけど、たくさんそういう人がいて、タイマー持ってる人とかもいたので、自分だけじゃないんだって、ホッとしました。中学生とか高校生くらいの人もいて、安心しました」
「病院ではどんな治療があったんですか?」
「水分の採りかたを教わったり、朝おしっこが出た時に紙に書いたりするようになりました。夜尿がひどかった日は、ここに機械みたいなのをつけて、夜尿が出たら音が鳴る機械をつけたりしました」
カメラはテーブルに置かれた用紙と小さな機械をアップにする。用紙のところにはかわいらしい女の子の文字で、日付、夜尿の有無、おむつの重量などが記載されている。小さな緑色の機械にはピスコ―ルと書かれており、テロップで使い方が説明された。
レポーターの質問は続く。
「再発してから辛かったことはありましたか?」
「お泊まりは全部つらかったんですけど、特におばあちゃんの家に泊まりにいくのがイヤで…。おばあちゃんの家でお泊まりするたびに、まだオシメとれんのかって言われるのがすごい恥ずかしくてイヤでした」
詩織は絞り出すように話す。お母さんはこのことは初めて聞くようで、驚いたような表情をしていた。すかさずレポーターはフォローする。
「身近な人に言われるのはつらいですね。きっとおばあちゃんも悪気があったんじゃなくて、早く治ってほしいと思って言ったんだと思いますよ」
「はい、今ではこっそりおむつを履くようになっておばあちゃんからは何も言われなくなりました」
「お泊まりといえば、自然学校や修学旅行があると思うんですが、何か対策をして行ったんですか?」
「最初はおかあさんと相談して休もうかと思ってたんですけど、やっぱり友達と一緒に行きたくて。いろんなグッズを試したりしたんですけど、結局おむつを持って行って保健の先生の部屋で着替えました」
詩織は先ほどの自室部屋でお母さんが出してきた段ボールから、いくつかテーブルの上に広げ始めた。ボタンで留めるタオルようなもの、厚手の布パンツ、生理用品のような小さなパッケージなどなど。
「これは、パンツ…普通のパンツではないですよね?」
レポーターは分厚いパンツのようなものを広げながら詩織に聞く。
「これはおねしょパンツで、少しならおしっこが出ても大丈夫なんですけど。パンツっぽいのでお泊まりはこれを履いていこうと思ってたんですけど、家で試したときに量が多くて漏れてしまって」
「これはどういうものでしょう?」
スヌーピーの絵が描かれたパッケージからパッドのようなものを取り出す。
「これは尿取りパッドで、パンツに張り付けるおむつみたいなやつです。ズレると漏れるのと、あまりたくさん吸収できないので、ダメでした」
レポーターは他のグッズについても質問し、詩織とお母さんが交互に答えていった。番組も終盤になり、ナレーターのセリフとともに明るい音楽が流れる。
【長年夜尿症に苦しむ詩織さんですが、14歳になり快復の兆しが見えつつあります。以前は毎晩だった夜尿が、最近は週に2,3日は夜尿が出ない日があるそうです】
カメラはまた詩織の夜尿レポートをアップで写した。1週間分を1枚に書く用紙だったが、今週は火曜日と木曜日の欄は夜尿ナシにチェックが入っている。付属の太陽マークのシールが誇らしげに貼られていた。
「では詩織さん、最後になるのですが、同じ世代で夜尿に悩む子たちに何かメッセージはありますか?」
「私もまだ夜尿が治ってないですけど、病院に行くようになって少しずつ良くなってきたので、みんなも病院に行ってくださいって言いたいです。あと、毎朝お布団を汚すと家族も大変なので、汚さないように対策するのは恥ずかしいことじゃないよって言いたいです」
「詩織さん、今日はありがとうございました」
3人がカメラに会釈をし、映像は終わった。再度スタジオに戻ったカメラはアシスタントと白衣の医者を写す。医者は、夜尿に悩む人たちにぜひ通院するように勧め、アシスタントは番組への感想を促すコメントを伝え、30分の番組を終えた。
夜尿症ドキュメンタリー はおらーん @Go2_asuza
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