第八話 ”写真”と”彼女”と”ドロップキック”

「こんにちわ、じゃないわー!」

「あぁーーーーー!!」


さわやかに笑顔で挨拶したというのに

その返事がドロップキックとは……痛い。


「なんでわざわざ戻ってきたぁ!

 ここらは私たちの領地だって言ってるでしょうがぁ!」

「ごふっ……ごめんなさい…」


なんという衝撃の再会だ…

まさか蹴られるとは思いませんでした。


力なく倒れる私を狼さんがペロペロと舐める。

慰めてくれるんですか…ありがとう狼さん


「あら?……次郎!

 あなたこんな所にいたのね!」


狼さんがひょいっと持ち上げられる。

なるほど、ご家族でしたか…

狼さん相棒計画は、どうやら計画倒れのようですね。


「なんであなたと一緒にいるの?

 …まさか迷子のこの子を連れて森に…」

「さっき茂みから出てきたので一緒に遊んでました」

「ぜんっっっぜんそんなことなかったわね!

 あなた本当に何しに戻ってきたの!?」


何しに来たって…


「あなたに会いに来たんですけど?」

「……えっ?……私に?」


困惑したような、恥ずかしそうな顔で自分を指差す。

そうです。あなたに会いに来たんです。


「この前はお礼も言えなかったので、

 言っておきたいなと思いまして。

 あとは怪我とか綺麗さっぱりなくなってましたし、

 夢だったのかどうかの確認に来ました」


起きたら荷車の上に寝ていたとなれば寝オチもありえますからね。

確認だけはしておきたいですよね、うん。


「あっ……そうね、そうだったわ……ごめんなさい」


しゅんとしてこちらに謝る。

耳も尻尾も一緒にうなだれている…可愛い。


「でも、ずっと寝せておくわけにもいかなかったし…

 遅くなると私でもちゃんと守れるか不安だったし…

 一応、私なりに配慮したんだからね?もう…」


いじけるように目をそらして、尻尾を静かに横に振っている。

うーん、なんだかこちらが悪いことをしている気になる。


「…えっと…こちらこそ、外に出してくれたのにごめんなさい。

 私も私でお礼を言っておきたかったんです。

 あの時はありがとうございました、とても助かりました」


にっこりと笑ってお礼を伝える。

この子なりに配慮してくれたのかと思うと、

それはそれで嬉しい。


ちょっと乱暴な子だと思っていたけど、

根は優しい子なのかもしれない。


「んっ……いえ、どういたしまして…」


びっくりした後に頬を染める。

耳はぴんとたて直って尻尾の揺れも早くなっていた。

……反応は、狼というよりやはり犬っぽい。


「そ…それで?用は済んだかしら?」


照れを隠すように目をそらし、次郎の頭を撫でくりまわしている。

撫ですぎて次郎も困惑した顔だ。


「うーん、そうですね。用事自体は終わり…

 あっ!もうひとつ、写真撮ってもいいですか?」


そういえば神様に写真を頼まれていたのでした。

私もこの子と狼ちゃんの写真が欲しいですし、一石二鳥ですね。


「……『写真』?」

「はい、写真です」

「……『写真』って何?」

「……oh…」


そっか…写真を知らないか…

よく考えると、それも当然なのかもしれない。


町を見て回るだけでも分かる。

魔法が発達しているおかげで、良くも悪くも日本より発展が遅い。

いや、魔法だけじゃない。

魔物などの生物も関係しているのかもしれない。


日本では電気や鉄などを加工して機械製品が発達しているが、

こちらでは魔法が使えるため、そこに頼る必要がない。


電気を流す装置など用意しなくても魔法を使えばいい。

火を起こしたい時も魔法を使えばいい。

生活に必要なものは魔法でなんとでもできる。

それが遅れる原因のひとつだろう。


また、魔物の存在も関わってくる。


数年前までこの世界には『魔王』と呼ばれる存在がいた。

『勇者』と呼ばれる希望があった。


ということは、

長らく魔物との戦闘が頻発していたとも考えられる。

技術の発達より、剣などの武器を進化させる方が先だったのだろう。

当然、娯楽の類も進歩などするはずがない。


……やはり、こういう世界もあるんだな。


「『写真』っていうのは……そうですね。

 実際に見てもらった方が早いですね」


スマホをインカメラに変更して自分とオオカミ少女を映す。

はい、チーズ


ーーカシャッ


ビクッとしてこちらを見てくる。

あっ…先に言っとけばよかったですね。


「な、なんですか?今の音!」

「まぁまぁ、まずはこちらをご覧ください」

「えっ……なに、この板……ってうわぁ…すごい!」


やはりスマホも初めてのようだ。

が、やっぱり食いついたのは画面の中


画面には私とオオカミ少女、次郎が写っていた。

キマったポーズの私、興味津々な次郎

そして、びっくりしてるオオカミ少女


「すごいすごい!なにこれ!私とあなたが写ってるわ!

 次郎も!そのまま切り取ったみたい!」

「素晴らしい反応ですね、ありがとうございます。

 これが『写真』というものです。

 絵をさらに細かく、そしてキレイに残す技術です」

「へぇー!絵とは違うのね!初めて見たわ!」


興味津々といったご様子…

これは頼めそうですね。


「これ、画面から取り出してお渡しできるんですけど

 ……撮らせてもらえませんか?」

「えっ!?くれるの!?いいわよ!」


即答だった。

興奮してぴょんぴょんと飛び跳ねている。

新しいものを見た幼子のような反応だ。


「それじゃあ、私が撮りますので……ええっと」


そういえば、オオカミ少女の名前を知らなかった。

まったく気にしていなかった…今さらすぎる。


「そういえば、今さらなんですが

 お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あら、そういえば名乗ってなかったかしら。

 私の名前はアカネ…『アカネ=F=タカガキ』よ」

「……アカネ」


不意に名前が出てきて複雑な気持ちになる。

単なる偶然なのだろうか?

……うん、偶然だろう。


「えぇ、アカネ。

 お父様が人間の名前の付け方に習ったそうなの。

 だからフルネーム、好きに呼んでね」

「うん、分かったよ……タカガキさん」

「……」


不満そうな視線を感じる。何故だ。

好きに呼んでも良いと言ったではないか…

それに女性のファーストネームを呼ぶのもあれだし、

それに名前が……名前だし…


「……」


返事がない。視線も変わらない…うーん…


「…分かったよ。よろしく、アカネさん」

「……アカネ」

「…はい?」

「呼び捨てにして」

「いや、それはちょっと馴れ馴れしすぎ…」

「ア・カ・ネ!」

「……はい、よろしく。アカネ」

「…うん、よろしくね!イクト!」


呼んだ瞬間にパァッと明るく笑顔になる。

すごく分かりやすくて可愛い…そこが彼女の魅力か…


ーーカシャッ


太陽のようにまぶしい笑顔

彼女によく似た、純粋で素敵な笑顔


私は最初に、その笑顔をカメラに納めた。

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