第五話 ”馬車”と”少女”と”聖剣”と
「兄ちゃん、ついたぜ!」
荷車の上でうとうとしていると、おじさんに声をかけられる。
周りを見回してみると、西洋風の街並みが広がっていた。
「すみません、着きましたか」
「あっはっは!まぁ、いいってことよ!
俺はこのまま自分の家に戻るからよ!ここまででいいかい?」
「大丈夫です!乗せていただきありがとうございました!
何かお返しができればいいのですが…」
「あっはっは、そんなこたぁいいんだよ!」
豪快な笑い声だが、そろそろ慣れてきた。
変な人に拾われなくて本当によかった。
「あっ、そうだそうだ!それならよ!
兄ちゃん、『勇者の認定』挑戦してみないかい?」
「『勇者の認定』…ですか?」
「おう!近頃、魔獣が頻繁に目撃されていてなぁ…
また魔王が復活するかもって噂されてんだ!
勇者様が復活してくれれば…俺も安心して荷運びできっからよ!」
ふむ、この世界には『魔王』がいるのか…
……いや、全然イメージが湧かない。
アニメやゲームでは見たり聞いたりはあるが、
実際に存在していると思うと案外分からないものだ。
そもそも本当に危険なのか?勇者なら本当に倒せるのか?
というよりは勇者になったから強くなるのか?
などなど、疑問は尽きない。
現実になると、その時点でフィクションじゃ無いもんなぁ…
関わらないで生きていくのが一番だが、
おじさんには先ほどの礼もあるしな…
「分かりました。そんなことでいいならお安い御用です。
試しに受けに行ってみます」
「おっ!本当かい!ありがたいねぇ!」
がっはっはと笑うおじさん。
この人、本当に不安など感じているのだろうか…
「それで、どこで開催してるんですか?」
あれ、なんか口に出すと『勇者』が軽く感じる…
「おう、あっちに城が見えんだろ?
この町を管理する王城なんだけどよ、そこで選定してるそうだぜ!」
おじさんの指差す方向を確認する。
なるほど、確かに大きな城が見える。
高い城壁と3本の塔、中心の城は一層高めに作られている。
下からの奇襲に備えた造りなのだろう。
「ありがとうございます。行ってみます」
「おうよ!なんか兄ちゃんなら行ける気がすっからよ!
まぁ、気楽に参加してきてくれよ!それじゃあな!」
「はい!本当にありがとうございました!」
ガラガラと荷車を引いて去っていく。
うーん、なんだか気概のあるおじさんだった。
機会があればまた会いたいものだ。
おじさんを見送って、私は城を目指した。
ーーー
「うむ、美味い」
お城に向かう道すがら、
屋台が多く並んでいたため買い食いしながら進む。
日本の屋台と同じようなメニューが並んでいた。
たこ焼き、お好み焼き、クレープ、などなど
ただ、風味や甘味は少し違っていたのでやはり違う食材のようだ。
ふと辺りを見ると、屋台やあちらこちらに『勇者様募集!』などの張り紙が見える。
どうやら『勇者の認定』とやらに便乗した商売らしい。
…勇者に便乗する町……商魂たくましい町だ。
そして、『勇者の認定』で人が集まるということは
勇者自体の人数は少なく、またどの町でも良いわけではないようだ。
『軽いノリで選んでいる、選ばれている』
というわけではなさそうで少し安心した。
とりあえず挑戦だけでもしてみようか、という気になれる。
ーーもぐもぐもぐ、ゴクン
うむ、美味かった。
今度料理でもしてみようかな…
「あの…すみません」
「はい、なんですか?」
後ろから声をかけられて、反射で返答をする。
振り返ると、私の胸元くらいまで身長の少女が立っていた。
少し虚な目をして、無表情でこちらを見つめている。
「あなたは……勇者様ですか?」
「…いえ、私は勇者ではありませんよ?」
「…そうですか」
「……」
「……」
この少女はなぜ私が勇者だと思ったのだろうか?
そんなに目立った格好してるかな?
つい自分の服装を見直してしまう。
うむ、特に周りと浮いてはいないようだが?
「…あなたには、神様の大いなるお導きがあるようです」
無言でこちらを見つめていた少女が口を開く。
「お導き……ですか?」
ある意味では合っている。そのお導きでやって参りました。
この少女には、何か違うものが見えているのだろうか?
「ふむ。あなたには、何か見えているのですか?」
「…はい」
「おや、何が見えるのでしょうか?」
「…大きな力、溢れ出る光、勇者様によく見えた」
「歴代の勇者様方にも見えたのですか?
それはありがたいですね、これからの認定が楽しみになりました」
にっこりと笑いかける。
色々なものが見える人とはどの世界にもいるのだな。
「…信じてくれるのですか?」
「もちろんです。私は誰でも信じるわけではありませんが、
人を見る目だけはあるんです。信じます」
「……」
無表情なのは変わらないが、頬が少し染まっているように見えた。
……セリフがキザすぎただろうか?私も恥ずかしくなる。
「…あなたに神のお導きを」
そう言うと、とててててっと去っていった。
『可愛い』というよりは『美しい』少女だった。
謎の魅力があったな…
「ふむ、ではボチボチ向かいましょうか」
ーーー
「でっっっっっっっかい!」
つい見上げて声をあげてしまう。
日本にあったどの門や鳥居、城よりも大きい。
見上げているとすぐに首が痛くなりそうだ。
「…どこから入るのだろうか?」
門はぴっちりと閉まっており、開く気配はない。
さすがに人一人を通すのにこの門を開けはしないだろう。
キョロキョロと辺りを見回すと、門の脇に小さな扉があり、
そこに人が大勢ならんでいた。
あれが『勇者の認定』に来た人たちなのだろう。
屈強そうな戦士や歴戦をくぐってきたであろう兵士たちがたむろっている。
こんなにいっぱいいるのであれば、一人くらい通りそうなものだが…
「すみません、『勇者の認定』はココであってますか?」
受付のようなカウンターに近づくと、中の女性に声をかける。
「こちらですよ!旅のお方ですか?」
「はい、最近こちらにやってきまして。
知人に勧められたので、やって参りました」
…嘘では無い。
「そうですか。
では、こちらの腕輪を付けていただいてもよろしいですか?」
「……これは?」
「城内の禁止区画への進入を止めるものです。
近づくと腕輪の宝石が赤くなり、警告が流れますのでご注意ください」
なるほど、確かに好き勝手されてはかなわない。
入ってくる人さえ制限できれば面倒が少ない。
ーーカチャリ
うむ、大きさは腕に合わせてある程度伸縮するようだ。
ぴったりのサイズになって腕に固定される。
「直進すれば、すぐに認定を行なっている広場に着きます」
「はい、ありがとうございます」
受付の人に礼を言うと、指定された広場へと向かう。
広場にはすでに多くの人が集まっており、
認定が始まるのを談笑しながら待っていた。
「よう、あんた見ない顔だな」
立ったまま待っていると、後ろから声をかけられる。
そこにはめちゃくちゃ筋肉付けた傷だらけのおっさんがいた。
「はい、先ほどこちらに着いたもので」
「あんたも勇者志望か?…うーん、鍛えてんのか?
ひょろいもやしじゃあ、勇者にはなれねぇんじゃないか?」
…なんだこの無作法な人は。
確かに私はひょろいが、それは関係ないと思う。
ただ、人にものを言うだけあっておっさんの体はすごい。
幾多の戦闘を重ねてきた戦士、という風格がある。
「そうですかね?知り合いに勧められて来てみたんですが…」
「はっはっは、まぁ挑戦すること自体は悪くねぇ!
若いうちは何事も挑戦だからな!
まぁ!今日には俺が勇者として名を上げるがな!がっはっはっは!」
豪快に笑い飛ばすおっさん。
なんだろう、この地域ではこの笑い方が流行っているのだろうか?
「おじさん、めちゃくちゃ強そうですもんね。
ところで、『勇者の認定』って具体的には何をするんですか?」
「なんだ?そんなことも知らないできたのか?」
…まったくその通りでございます。
「認定は……ほら、あそこの岩に剣が刺さってるだろ?
あれを抜けるかどうかで決められるんだ」
…それは『認定』ではなく『選定』では?
というツッコミが浮かんできたが、気にしないことにした。
「そうでしたか、ありがとうございます。
順番とか決まってるんですかね?」
「…いや、決まってない」
「…えっ?じゃあなんで誰も挑戦しないんですか?」
「……」
おっさんが目をそらす。
なんでそらすんだ、この野郎。
「…おじさんは挑戦しないんですか?」
「…あぁ、お前の後に挑戦する」
何度か失敗してそうな顔をしている。
それもそうか、これだけ有名なのに挑戦してないわけがない。
「…それでは、行ってきます」
「…おう」
さっきの威勢はどこへいったのか。
遠い目をして私を見送ってくれた。
「挑戦してもいいですか?」
見守っているであろう兵士に声をかける。
「お、新しい挑戦者ですか。全然いいですよ」
「ありがとうございます」
誰もいないのですぐに挑戦することができた。
あれだけ広場を埋めていたのに、ほとんどの人が挑戦済みのようだ。
ただの見物客と化している。
私が挑戦すると分かると何やらヒソヒソと話始めたが…
まぁ、気にすることでもないか。
たぶん抜けない。
荷車のおじさんも、謎の美少女も、
何故かすごく期待してくれているようだったし、
期待には応えたいが……それと自分の心持ちは別である。
転生してきたから、そのせいで少し特殊に見えるのかもしれないが
実際はただの一般男性、普通を絵に描いたような男、永遠の無能
無能は無能らしく、勇者などと言う大きな所に突然返り咲くのではなく
少しずつ研鑽して積み上げたいものだ。
無能を払拭するには、地位が必要なのではない。
私自身が満足し、誇れるようになって初めて払拭できるのだと思う。
だから、今は挑戦程度でいいのだ。
「……なんか、見たことあるな?」
日本のアニメやゲームで出てくる
『アーサー王伝説』のエクスカリバーを連想させる刺さり方だ。
岩にしっかりと刺さった剣、抜けそうなのに謎の存在感を感じる。
「それでは失礼して…」
剣の柄に手をかける。
ーーカチャリ
……なんだろう、なにか違和感を感じる。
聖剣というにはなんだかちゃっちいような…
いや、そもそも剣を触ったことないので分からないけど。
グッと力を入れて引いてみる。
…ビクともしない。
思いっきり引いてみるがやはり抜けない。
…なんか抜けないのもムカくな。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
全身を使って思い切り引く。
絶対に抜いてやる!負けた気がするから!
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
だが動かない。
ビクともしない。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ、うっ…」
ーーグキッ
こ、腰が……腰が…
腰をおさえてその場にへたり込む。
無理に力を入れすぎたせいで変な所が痛くなったようだ。
「くそぅ…」
当初の目的を忘れてはしゃぎすぎたか…
よろよろと立ち上がる。
それにしても……本当に抜けない。
抜ける気もしない。
冷静に考えるとどうやって刺さっているんだろうか?
なんだかすごく気になってきた。
「……そろそろいいかい?」
考えていると、いつの間にか次の挑戦者が後ろにいた。
「あっ、すみません。今変わります」
そそくさとその場を去る。
「それにしても…」
やはり私には抜けなかった。
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