第四話 ”オオカミ少女”と”制約”と”雷”

私は今、この世界にやってきたことに心から感謝している。

目の前には本物の耳と尻尾を生やした少女

白銀の艶やかな髪と見事な毛並みの耳と尻尾

思わず目が奪われる美しさに、呆然と眺めるしかなかった。


「きゃっ!?……だ、誰…!?」

「……ハッ!?初めまして、美しい方、私は森で迷ったもので……」


またもや声を失った。

話している最中、少女がだんだんと美しいオオカミに変身したからだった。


大きさは2m前後だろうか?

普通のオオカミよりひとまわりもふたまわりも大きく

私が乗っても大丈夫なサイズであった。


「答えなさい、あなたは誰ですか!?返答によっては……殺します」


ギラリと輝く蒼い瞳と鋭い目つき

ギラギラと並ぶ鋭い牙が口元からのぞいている。


これは、ちょっとでも粗相をしたら噛み付かれそうだ。

私はまだ魔法も使えないし、自分の実力もよくわかっていない。


ここは…


「大変失礼いたしました」


そういうと、私は手に持った寝袋と羽織ったマントを少し離れた地面に置く。

スマホはポケットに、手袋と靴も外して寝袋の近くに置く。

両手は上にあげ、敵意が無いことをできるかぎり全力で示す。


「私は、道に迷ってここまでやってきました。

 名は『イクト・キサラギ』と申します。

 知らずに足を踏み入れたご無礼、何卒お許しいただければと」


スッと屈み、頭を垂れる。

ここで人生を終わらせるとか、神様に顔向けできない。


「『イクト・キサラギ』?聞いたことの無い名ですね…」

「はい、最近この地にやってまいりました」

「……あなた、変な人だとか言われないかしら?」

「よく言われます」

「そう…」


ザッザッと草を踏み締める音が聞こえる。

どうやらこちらに近づいているようだ。


「だが、まだあなたの話を聞く気にはなれない。

 あなたが私にとって無害であると証明できるかしら?

 できないなら、敵として排除します」


なんと言う無茶振りでしょう。

自分の気持ちや裏の心まで相手に見せることも、

表現することもできない……『悪魔の証明』に近いのではないか?

しかし、このままでは…


ーーあっ…


「分かりました。

 では少々魔法を使いますので離れていただいてもよろしいですか?」

「…なに?」

「私に敵意が無いことを魔法で証明します。

 ですが、近くで魔法を使うのはあなたにとってリスクが高いのでは?」

「……いいでしょう。しかし、少しでも余計なことをすれば殺します」

「…分かりました」


大きなオオカミはザッと後ろにステップし、距離を取る。

それを確認すると、私はスマホを取り出して検索する。


……目的のスキルは無かった。

魔法で行う習慣などはないようだ。


「では、作りましょうか」


ステータスから自分のスキルを選び、発動する。

よく見るとメガホンのようなマークが付いていたので、

音声認識でも発動可能らしい。


「魔法作成<マジック・クリエイト>」


先ほど確認した私のスキルの一つ

どこまで作れるのか?どこまで決められるのか?どの程度の効力があるのか?

何一つわからない。

ただ一つ、分かっているのは『何もしなければ死ぬ』ことだけだ。


「作成、儀式魔法『制約』」


空白だった魔法の欄に文字が入力される。

系統は『無』、使用するのは『紙とペン』、対象は『自分と相手』

消費は『魔力なし』、拘束時間は『記入した時間または事象まで』


足元で魔法陣が光り輝く。

次第にそれは小さくなり、宙を舞い、私の手元に収まる。


手に乗っていたのは『紙』と『ペン』だった。


「えーっと、対象は『イクト・キサラギ』拘束時間は『5時間』

 禁止事項は『調印者への攻撃』罰則は…『雷』にしとこう」


さらさらと空白を埋める。時間など今を防げればいい。

罰則も、犯す気は無いのだから適当でいい。


「…こんなものですかね。すみませんが、ここにお名前いただけますか?」

「…は?」


何言ってんだ?コイツって顔で見られる。

ただの調印なのですが……オオカミには無い異文化でしょうか?

いや、あるわけないか…。


「これは『制約』という魔法です。

『私からあなたへの攻撃を禁止する』内容となっています。

 下の線の上に名前を書いていただけると完成なのですが…」


恐る恐る言葉を続ける。

信じてもらわないと進むものも進まない。

私はそっと地面に紙とペンを置いて、後ろに下がる。


「……そんな魔法、聞いたこともないけど。

 まぁ、いいでしょう。あなたに何かできるとも思いませんので」


人間の姿に戻ると、地面に置かれた紙とペンで調印する。


調印した紙は自然に浮き上がり燃え上がって消える。

ペンも同様に、紙とともにスッと消えた。


何も起きないのか?と思ったが、

スマホでステータスを確認すると、巻物のようなアイコンが付いていた。


「これで終わりです」

「……終わり?何も起きていないし、示せてもいないけど?」

「…確かに、示せてはいませんね」


重要なことを忘れていた。

大事なのは『制約を交わすこと』ではない。

『無害であることを証明すること』だ。

ぐぬぬぬぬ、今の状態では一度発動させないと証拠にならない!


しかしやらねば死ぬ…

かくなる上は…


「では、今示してみせましょう!」

「なっ!?」


私は彼女に接近し、そして殴りかかる。

とっさのことに彼女も反応できず、その場から動けない。


……が、


「ぎゃーーーーーーー!!」


接近した瞬間、いや、厳密には地面を蹴った瞬間、私に雷が落ちた。

もちろん、ガチな雷なのでめちゃくちゃ痺れたし、容赦ない衝撃に倒れた。


「これ…が……魔法の力…です…ガクッ…」

「えっ?はっ?えっ???」


突然の攻撃と雷に頭がついてこないようだ。

そうですね、私もです。


そんなことを考えながら、意識は遠のいていった。


ーーー


「んんっ…」

「…気がついた?」


容赦のない雷ダメージで、どうやら意識を失っていたらしい。

体のあちこちが痺れてるし、激痛が走っている。


「はい…おはようございます」

「おはようございますじゃない!

 突然殴りかかってきたと思ったら雷落ちてくるし!

 なんじゃそりゃと驚いてたら黒こげになって倒れるし!

 もうあなた一体なんなの!本当になんなの!」

「大変申し訳ございません…」


次からは罰の強度や種類をしっかり設定するようにしよう…。


「それで……信じていただけたでしょうか…?」

「……信じてあげるわよ。

 自分から雷に当たっていく姿を見て信じないほど、

 私は冷たい女じゃないわ」

「ありがとうございます…」


どうやら命だけは助かったらしい。

ボロボロだけど。


「……で、体は大丈夫なの?すごくボロボロだけど」

「全然大丈夫…ではないですね。あちこち痛いです」

「バカねぇ……あなたみたいな人、初めてよ」


そっと頭を撫でられる。

おや?今気がついたが、どうやら膝枕されているようだ。


「人間なんて信用するもんか!って思ってたのに、

 なんだか色々ありすぎて気が抜けちゃったわ」


ふふっと彼女は笑った。なんと美しい笑顔だろうか。

頑張った甲斐があったというものだ。


「それで、あなたはここに何しに……って迷子だっけ?

 最初に聞いた話が全部飛んじゃってたわ」

「はい……森で迷いまして、抜けようと川を下っていたらここに…」

「……下る?ここ上らないとこれないけど?」

「……oh」


自分の方向音痴に呆れてしまう。

ナビが無いと川を下ることすらできないのか…


「ふふっ、本当におかしな人。

 魔獣を怖がらない……そして方向音痴」

「…返す言葉もございません」


うーん、年下の女性に膝枕されるのも…悪く無いですね。

前の世界では体験したことのない至福を感じます。


「ここはね、この先にあるお父さんの領地なの。

 魔法結界が張られてるから普通の人間は壊さないと入れないんだけど…

 …なんか、あなたなら壊さなくても入れそうね」

「そうだったんですね…」


ふむ、それならばあの警戒心も納得だ。

守られている領地に人間がいるのだ、そりゃ警戒する。


「この後、領地の外まで送ってあげるわ。

 それまではゆっくりしてなさい」

「…いえ、それはご迷惑を…」

「いいから、ちょっと寝てな~さい!」


起きようとした私の額をちょんっと指で押す。

軽い押し…でも私は抗えなかった。


「これ…は…」

「催眠魔法よ…おやすみなさい」


彼女の微笑みを見ながら、私の意識はまた落ちた。



ーーー



ガタガタと体が揺れる。

荷車の音、単調なリズム、心地良くて…もう一回寝よ…


「…ハッ!?」


ガバッと体を起こす。ここは一体…

辺りを見回すと、どうやら草原を移動中のようだ。


「起きたかい、兄ちゃん」


声のする方を振り向くと、そこには見知らぬおじさんがいた。


「あっと…おはようございます」

「おう、おはようさん。よく寝れたかね?ハッハッハ!」


おじさんの話では、私は森の入り口で無防備にも眠っており、

それをおじさんが助けてくれたそうだ。


「森の入り口で寝てるなんて危なすぎんだろ!

 よく生きてたな!アッハッハ!」


…いつの間にか森を抜けていた?

さっきまでオオカミ少女の膝の上だったような…

全部夢だったのだろうか?


体は軽く、一切の傷もなかった。

服も修復されているし、ステータスの巻物のアイコンも消えていた。

うーん、完全に夢落ち案件…

異世界だからと張り切りすぎたのだろうか?


しかし、確認した手荷物はある。

構造やメールの内容も変わりなし、夢と言うにはいささか奇妙だった。


「むぅ…送り届けてくれたのかな?」


乱暴だが、今回はそう思うことにした。

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