第4話
泣きながらパソコンを叩くイサキ先輩の存在にもどうにか慣れ始めた頃藤原とこんな話になった。
「そうだ藤原!これ見て!」
私は懐から『不能共』というタイトルの同人誌を取り出した。こむらさき先輩から貸してもらった本だった。
「ほう」
「私同人誌ってすごい憧れててさ、同人誌作れる人も本当に心から尊敬しちゃうっていうかさ」
「ほうほう」
「まじリスペクトっていうかさ…本当にこういうの“好き”って感じなんだよな!」
「ほほほう…」
藤原は眼鏡をくいと震える指で押し上げてみせた。
「つまりひなたん的には同人誌作れる人のことを心底リスペクトでLIKEよりもLOVE寄りな訳ですね…」
「おまえは何が言いたい…」
「な訳ですね?」
「え、ああまあ(てきとう)」
その返事を聞けば十分とばかりに藤原はカバンをがしと掴むと部室の扉へずんずんと歩いて行った。
そして扉に手を掛けると振り向きすらせずに言った。
「…ひなたん…アイルビーバック!」
「…あ゛?」
ぴしゃん
………
あ゛?
・・・
「…とゆう訳で薄い本を作ってきました」
翌朝その手にコピー本を携えた藤原。その目の下にはうっすらとクマが出来上がっていた。
「…え、マジ?昨日の今日で?」
藤原が得意げに差し出してきたその本を受け取る。コピー本とはいえちゃんとした本だった。表紙のイラストまでちゃんとデザインされている。よくわからないけどなんだかんだやる時はやるんだなコイツ、と不思議な感動を覚えつつ私はページをぱらぱらとめくった。
『ふふ…こんなにはしたなく濡らすだなんていけない娘だねひなた…君の
『だ、だめ!藤原くん!ふああっ!わ、私の
私はその紙の本を無言で地面に叩きつけた。
「な、何するのー!?」
「うっ、うるさい!な、何考え…おまっ…し、しねっ!今すぐしねええああ!?」
私が胸ぐらを掴むと藤原は生意気にもきっと見返してきた。
「創作の中でくらい何やったっていいじゃんひなたんのバカー!」
「身も蓋もない事を言うんじゃねぇ!?私の肖像権含めた人権を勝手に迷子にさすな!」
「わ、私は暴力には屈しない!あくまで表現の自由を主張する!?」
「こんな生モノ創作を誰が許すかァ!?物事には限度ってもんがあるんだよこのクソアホ藤原アア!」
パーン!
ドアが弾けるような音が響きその方を見る。
そこにおわしたのは秋永真琴先輩だった。
秋永先輩と言えば在学中からいくつもの小説賞の公募へ小説を出し続け今や現役女子高生作家として活躍する文芸部のレジェンドとして尊敬を集めている。その証としてか、秋永先輩には特別に部室奥に個室空間が
噂によると繁忙期には学校で寝泊まりする夜の住人になるとかならないとか。
そして、そんな秋永先輩には一つ大きな特徴があった。
締め切り間際には恐ろしく機嫌が悪くなるのである。
コホォォ…
そこにおわしたのは物書きという名の一人の修羅だった。
「…あ、秋永先ぱ…?…ヒィ!?」
秋永先輩はズンズンとこちらに歩を進め部室の隅に追いやられた私の後ろの壁にドン!と手を突いた。
俗に言う壁ドン体勢であるがその殺気たるや尋常なものではない。
こ、〇される…!
と、思った矢先秋永先輩はズルズルと壁沿いに崩れ落ち…
ぱたり
とその場で倒れた。
「あ、秋永先輩ー!?」
慌てて抱き起こすと秋永先輩はうう…と呻きながら目をぱちくりさせた。
「す、すみません…寝惚けてました…もう二日も寝てなくて…おなかすいた…」
「今のただ寝ぼけてただけだったんですか!?」
「そ、それはそうと二人とも」
秋永先輩はなけなしの気力を振り絞るように眼鏡をくいと上げた。
『は、はい!』
「神崎さんは折角作った人の創作物をどんな事情があったとはいえ、床に叩きつけるなんて行為はよくありません…めっ」
「す、すみません…」
「藤原さんも生もの創作は基本的には禁じ手とされるとてもデリケートなジャンルです。それをやる胆力は認めますがなんの許可許諾もなしにするのは頂けません…めっめっ」
「は、はい…気をつけます…」
そこまでいうと秋永先輩はふっと笑顔をみせた。
「しかし…そうやってケンカできるのも仲が良ければこそ出来ること…目に眩しいほどの青い春とは…少しだけ妬けてしまいますね…」
…はい?
「秋永先輩…今なんかとてつもない誤解の気配を感じたんですが…」
「秋永先輩…!私ひなたんのこと大事にしますね!」
「やめろ変態(敬称略)!いい話にまとめようとするな!」
「ええ、ぜひそうしてください!では私は執筆があるのでこれにて!」
「先輩意外と人の話聞かない人!?待って!?」
私と藤原の仲がいいなんて大変な誤解なんだが!?
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