第5話

 今日は執筆の締め切り日前日。


 夕方頃までは最終日間に合わせ執筆勢の先輩方であれだけ賑やかだった部室は今は真っ暗で今はカタカタとPCを叩く音だけが響く。


 部室にいるのは私と藤原だけだった。


 なぜこんな遅くまで二人で残っているかというと私は不眠不休で執筆に編集作業にと頑張っていた秋永先輩の作業の手伝い、そして藤原は単純にいらん同人誌など作ったりした所為で執筆が遅れに遅れているからだった。余りにも自業自得だ。


 私は編集作業がひと段落したところでさっきから一言もしゃべらない藤原に何か空恐ろしいものを感じながらも恐る恐る話しかけてみた。


「…で、出来たか?」


「…」


 藤原は無言で突っ伏したまま一言も発さない。


 嫌な予感がした私は恐る恐るPC画面を覗き込んだ。


 それなりに綺麗に章分けされ、キャッチコピーもちゃんとつけられている。だが、そこに一つの余りに大き過ぎる過ちがあることを私は見逃さなかった。


「1万…7千字…?」


 声が震えた。


「ど、どうしよう…?」


 藤原の声も震えていた。


 私は絶句した。部の予算で一人当たりに割けるページ数も文字数も厳格に管理されている。そして…今回の企画の上限文字数はきっかり8,000字。


 上限文字数がその二倍をゆうに超過しているこの小説を一体どうやって起承転結を保ったままたった一夜にして8,000字に収めるのか…?考えただけでぞっとしない。


 そして私は考えることをやめた。


「藤原…よくやった…ここまでお前は頑張った」


「ひ、ひなたん…?なんの顔それ…?なんでそんなに優しい目してるの…?」


「あきらめろ」


「い、いやだー!せっかくここまで書き上げたのに!」


「知るか!私は帰る!」


「いやー!助けて!助けてよ!親友でしょ!?ひなたーん!?」


「五月蠅い!助けてやれるか!小説は書き上げるまで自分との闘いなんだよォ!私はもう帰ってジブリールやるんだ!天使たちが私のログインを待っているんだ!」


「いやー!?置いていかないでえー!」




・・・




「うう…ひなたんの人でなし…」


 既に電気の消えた誰もいない部室でディスプレイの灯りだけが煌々と輝いている。


 句読点や三点リーダーの削減で少しずつ文字数を減らしたといってもまだ15,000字超。


 物語の骨子を変えなければならないことは冷静な頭で少し考えれば分かることのはずだった。


 だが夜明けを前にして焦りと疲労が蓄積した頭では益々考えは袋小路に陥るばかり。


「うう…一体どうしたらいいんだ…」


「埼玉ちゃん…どうやらお困りのようですわね…」


「きゅ、九瑛しゃま!?」


 部室に突如現れた九瑛に藤原は刻み込まれた犬としての本能が勝り九瑛へ飛びついた!


「ワンワーン!」


「おお、よしよし」


 一頻り撫でり撫でりと甘やかされ藤原は天にも上るような心地になった。


「埼玉ちゃん、とってもいいことを教えてあげるわ」


「い、いいこと…?!」


 藤原は期待と劣情のこもった視線を九瑛に向けた。


 そして九瑛の手に握られていたものは…


「ま、まさか…?!」


「そのまさかですのよ…」


 暗闇に浮かんだ微笑みは灰桜色の髪色との対比で不敵なほど色鮮やかだった。


「埼玉ちゃん…あなたはこれで”伝説”になりますの」

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