第3話

「ワンワン」


「よしよし、はいお手」


「ワン」


「よしよし、よくできましたわね!」


「ワンワン!」


「うふふ」


「…」


 お気づき頂けただろうか?


 これはれっきとした女子高生同士の会話である。


 さっきから私の横では九瑛さんと犬畜生と化した藤原の謎の桃色空間が展開されていた。


 なんだよこの空間…シンプルに居づれぇ…私空気…


 これならまだいつもの如くウザがらみしてくる藤原をいなしている方がマシな気さえしてくるがさすがにそれはないなと私は思い直した。


 ようやく部室の前にたどり着いた。


 中間テストもひと段落してこの季節は割と活気がある。部室の中からはガヤガヤと熱く語らう声が聞こえてくる。


「結構な賑わいですのね」


「実は文芸フリマに向けて部のみんなで同人誌を作ってるところなんだ。一人一作品ずつ持ち寄ってさ」


「まあ、そうなんですの」


「ようこそ“本物川文芸部”へ…!」


 扉を開けると真っ先に目の中に飛び込んだのは色とりどりの…


 色とりどりの…インクと某イカのキャラクターで彩られたディスプレイだった。


「うおー!ナイスー!」


「御調さんのバックアップ神!」


「いやーこむらさき先輩のスパショまじぱねえっす」


「ははははは!くるしゅうない!」


 と、そこでこむらさき先輩はようやく部室の入り口で打ちひしがれて四つん這いになっている私に気づいた。


「あれ?ひなたに埼玉じゃん?そこで何してんの?」


 こむらさき先輩は本物川文芸部を牽引する光のツイッタラー!そして小説のウォンバットだ!今はス〇ラトゥーンやってるけど!


「こむらさき先輩!部室にゲーム機持ち込んじゃだめってあれほど言ったじゃないですか!進捗はどうしたんですか!?」


「昨日おわったけど?」


「はっや!?またかよ!また一番槍かよすみませんでしたちくしょうぅぅ!」


 そうこうしてると矢継ぎ早のごとく部室の扉が開いた。


「やあ、こんにちわ」


 そこに現れたのは和田島イサキ先輩だった。扉が開くと同時に凄まじい音量の嬌声が響く。


「キャー!イサキ先輩ー!」


「ステキー!イサキ先輩!今日も素敵!」


 和田島イサキ先輩は女子でありながら文武両道、容姿端麗、そして常に王子的な気遣いと振る舞いを欠かさない比類なきスパダリっぷりを発揮する学園の人気者だ。


「ファンのみんな、文芸部のみなさんに迷惑をおかけしちゃだめですよ?そろそろ教室におかえんなさい」


「キャー!イサキ先輩!文芸に親しまれるなんて知的!」


「イサキ先輩ー!」


「キャー!」


 ものすごい数の一年生たちがぞろぞろと部室を後にしていき学年一のスパダリもほっと一息ついているご様子だ。


 そしてそんなスパダリがなぜこの文芸部に顔を出すのかというと…


「あ!イサキ先輩だ!」


「おーい!アナ〇日本酒のイサキさん!」


 イサキ先輩は盛大に壁に頭をぶつけた。


「…あの、その呼び方いい加減やめてもらえませんかこむらさきさん…!」


『尻に一升瓶を突き刺したまま、春先に雪の下から見つかるのがよく似合う女だ』。


 という死角から飛び出すゲイボルグの様な書き出しから異様な熱量の混沌を叩きつけられる短編小説『ファイナル・デッド山本ピュアブラック純米吟醸』がネット上で話題になったのはつい先日のこと。


 その話題作は当然本物川文芸部でも話題となり「なんかすげーやばい面白い作品書く人がいる」「あれ?これうちの学校の生徒じゃね?」「まじで?!」とあれよという間に個人情報から一気に身元特定されて本物川文芸部界隈に引き摺り込まれた作品の作者であられるイサキ先輩。


 っていうかうちの文芸部まじでなんなの?ネット小説から身元特定とかこわすぎるんだが?(※フィクションです)


「イサキさん、合同誌に載せる短編の進捗は?」


「なんでぼくが書く前提になってるんですか…?」


「え、かかないの?」


「一応言っておくとまだ部員ですらないですからね!文芸部の申し出で毎日部室に来る羽目にはなっておりますが!」


「イサキさん…」


「な、なんですか」


 こむらさき先輩はおもむろに懐からスマホを取り出すとイサキさんの眼前に突き出した。


「イサキさんがぼくからスマホを取り上げるのとぼくがイサキ先輩ファンクラブのグループLINEへ『アナル日本酒』のリンクを投稿するのと…一体どっちの方が速いと思う…?」


「本物の鬼ですか!?人の心がないんですか!?」


「おーい!三組で女同士の修羅場が始まってるから見に行こうぜー!」


「は!なにそれ楽しそういく!じゃあねイサキさん考えておいて!」


「脅迫しといて考えておいてってなに!?ちょっと!?こむらさきさん!?こむらさきさん!!??」


 イサキ先輩の叫びに応じるものはなく、イサキ先輩はその場で空しく膝を折った。


「…な、なぜぼくがこんな目に…ただ小説を書いてただけなのに…」


「イサキ先輩…」


 …その小説があらゆる意味で“つよすぎた”所為じゃないですか?


 なんて小心者の私が言えるはずもなくしくしくと泣くイサキ先輩の肩にそっと手を置くぐらいしかできなかった。

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