月と明滅に溶ける
QAZ
どこか見覚えのある道で
(帰り道。)
(そう、僕は帰り道にいた。)
(いた筈だ。いる筈だ。)
(家まで帰らなくては。とにかく...)
頭がぼうっとする...思考が定まらない。目の前には僕の身長ほどの塀に挟まれた狭い路地。塀に肩を預け、重たい腿を引き摺って行く。ぼやけた視界の外から明滅する電灯の光が路地と僕を照らす。電灯が消える度、僕の身体の輪郭が闇に溶けて消え、奈落の底まで突き落とされているような気がする。電灯が付く度に、僕はやっとのことで現世に引き戻され、再び
不意に、頬に液体が伝う。液体は
暑さと疲れのせいで、耳の奥からごおおっという雑音が聞こえてくる。強烈な風音のようだ。風も無いのに、全ての音が飲み込まれていく。視線を空に向けると真っ赤に燃える満月が
視線を路地に戻すと、相変わらず明滅する光だけが、僅かに闇の
突然、音が止んだ。汗が止まった。地面の蠢きが止まった。100匹の黒い獣たちが呼吸を止めて、僕を見つめている。
(あ。違う)
止まったのは世界では無くて僕の方だった。止まった僕自身に気がついた時、僕の腰と肩の辺りから、急に聞いた事もないような音が聞こえてくる。じゃり、ぐきゅ、ばち、ぶち、ぐきり、ぎししゃしり、ごっ、ばっ、ぶちゅ、ばしゃばしゃ。首がグルグルと回転して止まる。視界に僕の捻れた身体が映る。骨は砕け散り柔らかな皮膚と脂肪だけが、なんとか捻じ切れるのを防いでいるだけの身体。行き場を失った肝臓が、膵臓が、胃や腸が、ばっばばっ、ぶりゅっ、と素っ頓狂な音を出しながら、膨れ切った腹の皮膚を突き破って飛び出した。ばちゃっばしゃっと地面に何かの液体と共に打ち付けられて、僕の中身が飛び跳ねる。遂には皮膚ももう耐えきれずに、関節から次々と捻じ切れて、僕は地面にぼとぼとと落とされた。死んだと確信したが、何故か生きていた。地面に投げ出された心臓がびくんびくんと飛び跳ねて、血液を未だ全身に送らんとしていた。あり得ない量の血飛沫が、千切れた僕たちから噴水のように噴き出している。痛みは無く意識ははっきりしていた。これは夢なのかもしれなかったが、獣たちが僕の内臓や腹を弄る感触はとても夢とは思えないほど生々しい。奴らは僕の身体がバラバラに砕け散るのを待っていたようだった。僕の四肢を、内臓を、顔を、目玉を、脳みそを、黒い獣たちが食い散らかす。ぐちゃぐちゃ、くちゃくちゃと、柔らかい肉の水音が静かに響く。僕はもう視界というものを持たなかったが、まるで離れ離れになった臓物たちが、神経だけはまだ繋がっているかのように、100匹の獣たちに喰われている感触を魂で感じていた。地面に残されたのは僅かな血潮と、肉、数本の髪の毛くらいなものだった。変わり果てた僕は路地の
(これは夢だ。)
(夢に違いない。)
(家に帰るだけなんだから...)
そうは思ってみたものの、僕にはこの永遠とも感じさせる路地の終着点が、いつ来るのか皆目見当も付かなかった。ただ溶け出した月と明滅だけが、僕がここにいる事をほんの僅かに、時折証明してくれるのみだった。
月と明滅に溶ける QAZ @QAZ1122121
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