第5話 猟犬
第5話 猟犬 その一
ずいぶん長いあいだ、ぼんやりしていたようだ。
気づくと穂村が一人で自分の探究について語っていた。
「あの、穂村先生。なぜ、この島に石物仮装体が集まってくるんですか? やつらの目的は?」
穂村は熱い弁舌を中途でさえぎられてガッカリしたようすだが、すぐに持ちなおして、今度はそれについて話しだした。
「当然、やつらも六道を目指しているんだろう」
「なんのためにです?」
「時間を超えるためじゃないか? あるいはアザトースのもとへ行くためか」
「でも、マイノグーラは門がひらいたとかなんとか言ってましたが」
「マイノグーラだけは特殊な存在だ。とがった時間とまがった時間の中間にいる。彼女の目的はわからない」
けっきょく、よくわからない。
とにかく、あの洞窟は再度、調べてみる必要がある。
そのとき、龍郎のスマホが鳴った。
時刻はとっくに午前零時をすぎている。こんな時間に誰だろうと思いながらスマホを手にとると、フレデリック神父の名前が画面に浮かんでいる。
「神父から電話です。何かあったのかな」
龍郎は電話に出た。
「本柳です。フレデリックさん。急ぎの用ですか?」
なんとなく予感はあった。
龍郎と神父は特別に仲がいいわけじゃない。よほどの事態でなければ、夜中に電話をかけてくるとは思えなかった。
するとやはり、神父の緊張した声が応える。
「死体が消えた。おそらく、そっちへ向かったと考えられる。用心してくれ」
「死体? なんのことですか? というか、誰の死体なんですか?」
「ディンダだ。もう昨日になるが、野犬に殺された被害者だ。さっき警察から私のもとへ連絡が来た。明日の朝、遺族のもとへ戻すつもりだった遺体が消えたと。目撃者は死体が動いたと言っていたそうだ」
ディンダの死体が消えた。
それも自分で歩いたのだという。
「そんなバカな。それじゃまるでゾンビだ」
「ディンダはクトゥルフの邪神に殺されたんだ。ただの死体なわけじゃない」
「たしかに、そうですね」
「充分、注意してくれ。私も今からそっちへ向かう」
「わかりました」
通話が切れたあと、龍郎はそのことを青蘭と穂村に伝えた。
「清美さんは大丈夫かな?」
「村の外だから平気なんじゃないの? 人狼ゲームは村のなかでだけ起こるって、清美が言ってたよ」
青蘭は龍郎が清美の心配をしたことが気に食わなかったようだ。むくれた顔をしているので、青蘭のご機嫌をとるために、ここらで寝ることにした。
「じゃあ、今夜はもう休みましょう。話はまた明日」
穂村は無念そうにひきさがった。
「そうだな。今のうちに休もう」
今のうちにとは聞きずてならない。
しかし、問いただすと、また長くなりそうな気がしたので、龍郎は青蘭の肩を抱いて、そのままベッドの上によこになった。
「た、つ、ろ、う、さん」
「なんにもしないよ?」
「な、なんで?」
「だからね。おれはシャイだから。ほかに人がいるときはしないからね?」
「……フォラスを退魔しよう」
「青蘭! 何、ロザリオにぎりしめてるんだよ」
そんなひと騒動もあったが、いつのまにか眠っていた。
ファンファンファン……。
リリリ、キリキリ——
ククゥ、クワッ、クワッ、クウクウクウ。
眠りのなかにさまざまな音が忍びこむ。
どれも音の源が想像できる。
扇風機や虫の声だ。
ウトウトしながらそれらの音を聞いていると、なんだかまわりの景色さえ見えてきそうである。
その音のなかに、とつぜん、聞きなれないものがまじった。ジャリ、ジャリ、と土をふむような音——
なんだろう?
誰か来たんだろうか?
夢見心地で、龍郎はぼんやりと考える。
キイッ、パタンと、ドアを開閉する音がした。室内に誰か入ってきた。
これは夢だろうか?
夜中に断りなく入ってくるなんて、泥棒くらいのものだ。
スススと何者かの気配が近づいてくる。甘い匂いがした。かぐわしい花の匂いだ。
「う…………」
となりで青蘭がかすかにうめく。
なんだか嫌がっているような響きだ。
青蘭の身に何が起こっているのか。
龍郎はどうにかして目をさまそうとした。だが、まぶたが
「せ……ら……」
これは俗に言う金縛りではないだろうか?
体が重い。身動きとれない。
龍郎は必死にあがいた。
そのあいだにも、となりで眠っているはずの青蘭の声が、だんだん苦しげになってくる。
「ふふふ……」
とうとつに誰かの笑い声が耳元で聞こえた。
龍郎の意識は完全に覚醒した。
だが、意識だけだ。
ベッドの上にとびおきたつもりだが、なぜか自分の体が半透明に透けている。
枕元にあの女が立っていた。
背の高いスレンダーな美女。
瞳は青黒い不気味な液体の渦。
マイノグーラだ。
「これが欲しいんだよ。可愛いね。どこからかじってやろうかな」
ニッと笑うと、彼女の口のなかにはサメのようなギザギザの歯がならんでいた。
マイノグーラは青蘭の頰をとがった爪でなでる。青蘭の白い大理石のような肌に、スッと赤い筋が走った。
「やめろッ! 青蘭にさわるな!」
「ウルっせ。おまえも見目は悪かないけどさ。可愛くないんだよ。やな匂いするし、さわると痛いし。これ、貰ってくかんな」
マイノグーラはヒヒヒと魔法使いの老婆のような笑い声をあげ、青蘭の華奢な体を軽々かかえあげた。
龍郎は追いすがろうとするものの、マイノグーラにつきとばされたとたん、数千里もふっとばされたような奇妙な感覚におちいった。信じられないくらい長い距離をとんだ気がする。
ハッと目をあけたときには、ベッドの上によこたわっていた。夢を見ていたのだ。
「青蘭? 無事か?」
とびおきて、となりをかえりみた。
人の形に乱れたシーツは、もぬけのからになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます