閑話 ある娼婦見習いの話 5


 街を歩いていると、冷たい風が首のうしろを撫でます。


「寒いー」

「寒い―」

 

 マリィとメリィがぴったりと抱き合っています。

 わたしもぶるぶると震えていると、背中にぴったりとラナがくっついて温めてくれました。


 今日は、月に一度のお使いの日です。

 朝、起きたときから寒くて、マグダリアの花を摘むのもちょっと辛くて、お昼を過ぎてもお日様は出てきてくれません。

 それもそのはずで、もうじき冬が近づいてきているのです。朝起きても外は真っ暗だし、夕方もあっという間に日が暮れてしまいます。


 …そういえば、わたしがオズマさんのお店に売られたのは春先のことでしたから、もう八ヵ月くらい経つんですね。

 なんだかあっと言う間でした。

 マリィとメリィと一緒の部屋で暮らすようになって。

 そこにラナも加わって。

 

 そうそう、最近、ラナはもっとわたしに甘えてくるようになったと思います。  

 それと、以前よりマリィとメリィに触られても嫌がらなくなりました。

 あんまり調子に乗って触っていると、キシャ―! と牙を剥いて怒りますけど。


「本当、寒くなったわね。……それじゃ、教会でのお祈りはやめて、早くお店に行こうか?」


 サヤさんが風で散らばった髪を撫でながらそう言ってくれてので、わたしたちは歓声を上げました。 

 みんな小走りで向かったのは、いつもミルクとパンケーキを食べるあのお店です。


「いらっしゃい」


 今日も出迎えてくれたお兄さんは、サヤさんに挨拶されて凄く嬉しそう。

 さすがに寒いので案内された席は室内でした。

 運ばれてきたミルクも、舌が火傷しそうなくらい熱々で、外が寒かったのでとても嬉しいです。

 ミルクを飲んでようやく身体が暖まってきたところに、パンケーキが運ばれてきました。

 受け取ってお礼をいって、サヤさんがお兄さんに訊ねています。


「あら? 今日はお客が少ないのかしら?」


 見回すと、お店の中にはわたしたちしかいません。


「この寒さじゃね。みんな家に籠っちまうのさ」


 お兄さんはおどけた風に肩をすくめていたのですが、急に真剣な表情になります。


「でも、本当のところは、北の方で流行り病が出たって噂が影響しているのかも知れないね……」


 そういってからのお兄さんの説明は、今日のお昼の食事の時にオズマさんが話してくれたものと同じでした。

 

 北の国で流行り病が見つかった。すぐにうつるらしいから、外に出たら手洗いとうがいを忘れるな。

 いいか、ちょっとでも外に出たら必ずするんだぞ。それと、具合が悪いなと思ったら、すぐに報告しろ――。


 けれど、お兄さんの説明はもっと続いています。


「何でも赤瘡病とかいうらしい。かかると高熱が出て、全身に赤い斑点みたいなものが出来るそうだ。

 その斑点が首に登ってくる前に治れば助かるけれど、一度首まで登ったらもう助からない。

 たちまち顔じゅうも真っ赤な斑点に覆われると、誰だが目鼻立ちが分からないくらい酷く爛れて、苦しみ抜いて死ぬって話だぜ―――」


 いつの間にか、みんながパンケーキを食べる手を止めていたと思います。

 ハッと気づいたようにお兄さんは笑顔を浮かべ、「ごめんごめん、ちょっと怖がらせすぎたかな?」と手を振ります。


「あ、ミルクとお茶のお替り、いる? 俺の奢りだから」


 遠慮なくみんなでお替りをして、パンケーキとのお会計を済ませて帰ろうとするとき。


「ま、また来てくれよな? 待っているから」


 そういって御釣りを返してくるお兄さんに、サヤさんはにっこり笑ってこう言いました。


「ええ。怖い噂話をする人がいなくなった頃に、また来ますね」


 ガックリと肩を落とすお兄さんを、チラチラと振り返りながら眺める帰り道。1


「…フラれたー?」

「フラれたー?」


 顔を見合わせ首を傾げるマリィとメリィに、サヤさんはとても素敵な笑顔。


「それじゃ、あとは寄り道しないでまっすぐお店に帰ろうか、二人とも」


 ええ~! と悲鳴を上げる二人を、わたしはラナの耳を手でモフモフしながら眺めます。

 いつも通りの平和なやりとりです。


 そして、いつもと比べて大通りに人通りが少なくなっているのも、きっとお兄さんが言ったように、みんな寒くて家の中で過ごしているんだ。


 わたしは、素直にそう信じていました。

 とても恐ろしい影が、すぐ近くまで迫っているのを知らずに。










 それは、ある日、唐突に訪れました。




「みんな、下がっていろ! 近づくんじゃねえ!」


 オズマさんの大声で目が覚めました。

 わたしより先に目を覚ましたラナと顔を見合わせていると、いつも寝坊助のマリィとメリィも目を覚ましたようです。


 どうしたんだろう? とドアを開けて廊下に出れば、オズマさんが誰かを抱きかかえて走ってきます。

 オズマさんの腕から零れ落ちている巻き毛は――。


「ペリンダさん!?」


 驚くわたしたちでしたが、オズマさんは真っすぐ隣の部屋のドアを蹴飛ばして開けていました。

 そこは〝離れ〟のわたしたちの部屋の隣で、空き部屋のはずなのですが。

 すると間もなく小走りでやってきたのはサヤさんです。なんか泣きそうな表情を浮かべていて、見ているわたしたちも不安になります。


 サヤさんも隣の空き部屋へと入って行きました。わたしたちも肌着のまま、廊下から部屋の中の様子を見ます。


 ペリンダさんは空いたベッドに寝かされていました。

 厚い毛布を掛けたあと、窓を開けて叫ぶオズマさん。


「おい! デカいタライに熱い湯を汲んできてくれ! それと清潔な布切れもありったけ!」


 はい! と中庭から返事したのはきっとサイベージさんの声で。


「……ごめん。ごめんなさい、支配人さん……」


 ベッドに横になったままのペリンダさんの声は、今まで聞いたことがないほど弱々しいもので。


「いいや、おめえは悪くねえ。いや、誰も悪くねえんだ」


 そういって伸ばしたペリンダさんの手を握ってあげるオズマさん。

 すると、するりとペリンダさんの服の袖が落ちて、腕には赤い斑点が。


 ……え? そんな、まさか。


 唖然としていると、廊下にいるわたしたちに気づいたのでしょう。オズマさんが険しい顔でまた大声で叫びます。


「おまえら、全員部屋に戻って大人しくしていろ!」







 オズマさんに怒鳴られ、不安いっぱいでわたしたちは部屋へと戻りました。


「ねえ。朝のお仕事しなくていいのー?」


 念のため仕事着の黒いワンピースに着替えたマリィが聞いてきます。


「でも、おとーさん、部屋で大人しくしていろっていってたよねー?」


 ベッドに座って両足をブラブラさせながらメリィ。

 わたしもベッドに腰を下ろし、隣ではわたしの膝に頭をのせるようにしてラナが丸くなっています。

 いま、こうしている間にも、隣でガサガサと誰かが動く音がします。

 窓の外からもたくさんの人の声が聞こえてきますけれど、窓をしっかりと閉めているから何をしゃべっているか良く分からないので、ますます不安な気持ちになってきました。


 なんとなく膝の上のラナを首あたりを抱きしめていると、ドアが開きました。

 オズマさんです。でも、口元を布で覆っていて表情が良く見えません。



「あ、おとーさーん!」

 

 笑顔を浮かべて近づこうとしたマリィとメリィでしたが、ずん! と力強く前に手を突き出されて、をピタッと足を止めました。


「……さっきは怒鳴って悪かったな」


 近づくな、という強い態度と正反対のとても優しい声です。


「おまえらに話しておかなきゃならいことがある」


 今度は打って変わって真剣な声。


「――ペリンダのやつが、赤瘡病に感染した」


「!!」


 マリィとメリィの身体が緊張したのは、きっとこの間のお出かけで聞いたお兄さんの話を覚えていたからでしょう。

 もちろんわたしも驚いていましたけれど、すぐにオズマさんへと尋ねていました。


「そ、それで! ペリンダさんは助かるんですよね!?」


「――分からねぇ」


 オズマさんが目を伏せます。

 







 おそらく一昨日のペリンダが相手したお客が赤瘡病だったようだ、とオズマさんは語ります。

 

 そして、昨日の夕方あたりにペリンダさんは具合の悪さを自覚したそうです。

 熱が出てきたのでお客を断り部屋で寝ていたのですが、今朝になっても熱が下がらず、腕を見たら赤い斑点が出来ていて、それはたちまちオズマさんに報告されて。



「こっちの〝離れ〟全体を隔離部屋として使わせてもらう」


 今後、お店の方で具合が悪くなった人が出たら、こちらの離れで療養させるとのこと。

 赤瘡病は、とても簡単に人から人へうつるので、感染した人とそうでない人を分けるのが大切なんだそうです。


「それじゃ、マリィたちはどこで寝ればいいの―?」

「いいのー?」


 無邪気に二人が尋ねると、オズマさんはとても言い辛そうにしています。

 なので、わたしは理解するしかありませんでした。

 手足がガクガクと震えます。唇だって震えて、頭の中が真っ白になりそうです。

 けれど、確かめなくてはどうしようもありません。



「……わたしたちもうつっているかも知れないんですね……?」

 

 え? という表情でこちらを見てくるマリィとメリィ。膝の上のラナも身体をビクリと震わせます。


「……そうだ」


 オズマさんが頷きました。


 さっき、泣きそうな顔でついてきたサヤさんは、ペリンダさんの専属です。

 そして、わたしたちの監督役はサヤさんで、そしてそもそものペリンダさんも、昨日のお風呂でわたしたちと一緒だったのです。

 

「だ、だからといって絶対にうつっているってわけじゃねえぞ!? 念のための隔離だからな、念のため!」


 オズマさんはそういってくれましたけれど、わたしは目の前が真っ暗になります。


「取り合えず一週間だ。それで何ごともなければ、店の方へ寝床を変えてもらうから。

 な? ちいっとだけ辛抱してくれ…!」


 オズマさんの声も、どこか遠くに聞こえました。

 








 部屋に閉じ込められての隔離生活が始まりました。

 本当に部屋の外には一歩も出してもらえません。

 トイレも、部屋の隅に置いたおまるで済ませます。


「たいくつ~」

「ひま~」


 さっそく文句を言い始めたマリィとメリィは、その元気さはわたしには羨ましく思えるほどです。

 

 だって、本当にうつってて病気になったら死ぬかも知れないんだよ?

 しかも、死ぬ時は苦しんで苦しんで、誰だから分からないくらい顔もボロボロになって――。


 思わず震える手を握り締めていると、そっと尻尾が伸びてきて撫でてくれました。

 大丈夫、というようにラナがわたしの腕に頬をこすり付けてきます。


「うん、ありがとう、ラナ」


 ラナの耳の裏をくすぐるように撫でていると、トントンと窓が外からノックされました。

 マリィが飛びつくように開けると、


「サイベージさん!」


 黒い布で口元を覆ったサイベージさんが立っていました。


「ご飯ですよ、お嬢さん方」


 そういって渡してくれたのは色んな具材の入ったパンです。それと、人数分のコップと大きな水差し。


「あと、これも。大丈夫ですか? 重いですよ?」


 熱いお湯のたっぷり入ったタライは、力持ちのラナが受け取ってくれました。

 最後に渡されたのは、二つの大きな麻袋。

 一つは洗い立てらしい着替えとタオルです。

 お湯で身体を拭ったら、汚れたタオルと着ていた服を袋に入れて戻すようにサイベージさんが言います。


「残ったお湯とタライも、窓の外に適当に投げておいてもらっていいですよ。あとで回収しますから」


 そしてもう一つの袋には。


「わあ……!」


 絵本やお裁縫の道具が入っていました。


「みんなしてお暇でしょうからね」


「ありがとうございます!」


 ウインクするサイベージさんにお礼を言います。


「それと、何か具合が悪くなったりしたら、直ぐに教えてくださいな。あたしは中庭にいますし、旦那も隣の部屋に詰めてますので」


 そういってサイベージさんが行ってしまったあと。

  

 まずはお湯で身体を拭いました。

 お腹も空いていたのでパンを食べます。

 

 それらの片づけを終えると、さっそくマリィとメリィは一緒に並んで絵本を読み始めました。

 わたしも、以前にサヤさんから教えてもらった刺繍を、お人形さんの服にしてみることに。

 

 気づけば、すっかり外は暗くなっていました。

 言われた通りに使い終えたタライと麻袋は窓の外に。

 残っていた水差しの水でうがいだけをして、行儀が悪いのですがこちらも窓の外に「がらがらぺっ」としました。


 それからワンピースを脱いで灯りを消してベッドへ入ります。

 隣の部屋からは相変わらず人の気配はしますけれど、今のところいるのはペリンダさんとサヤさんだけだそうです。

 残念ながらサヤさんも発症したと、タライを回収するときにサイベージさんが教えてくれました。


「……みんな、起きている?」


「起きてるよー!」

「るよー!」


 元気な返事が返ってきました。わたしの隣でラナもにゃう、と鼻を鳴らしています。


 ……うん。大丈夫。きっと大丈夫。

 わたしたちは誰もうつっていない。

 それに、サヤさんもペリンダさんも、きっと治る。

 ぜんぶ今まで通りになる。大丈夫。


 そう強く強く念じて、わたしは眠りに落ちました。


 



 それからどれくらい眠ったでしょうか。

 メリィの叫び声に、わたしは目を覚まします。



「マリィ! マリィってば!」


 急いでベッドから降りて灯りをつければ、ぐったりとベッドに横たわるマリィを揺すっているメリィの姿が。

 わたしがランプの灯りを掲げているとドアが開き、オズマさんも駆けつけてきました。

 オズマさんが急いでマリィの肌着を捲り上げると。

 彼女の腕とお腹のあたりには赤い斑点が出来ていたのです。









 マリィが赤瘡病を発症して間もなく。

 メリィも急に高い熱を出しました。


 そしてわたしも、なんだか身体が怠いな、と思ったら、急に目の前がぐるぐると回って――。












 はっはっは……


 自分の呼吸とは思えないくらいざらざらとした息使いに目が覚めました。

 燃えるように胸と喉が痛くて仕方ありません。

 頭もズキズキと痛くて、目を開けるだけで涙がこぼれそうです。

 それでもゆっくりと目を開けると、天井がぐるぐると回っていました。

 

 気持ちわるい、気持ちわるいよ、誰かたすけて…… 


 ひやり、とおでこに冷たい感触。


 片目だけ開けて見ると、布で口元を覆った男の人が、硬く絞ったタオルをおでこに当ててくれたようです。


「……店長さん?」


 舌がぜんぶ腫れているみたいな感じで、ぼそぼそっとした声しか出せません。


「おう。気が付いたか? 喉は乾いてないか?」


 わたしがコクンとうなずくと、オズマさんは身体を支えて水を飲ませてくれました。

 ぜんぜん味はしませんけれど、少しだけ舌の腫れも引いたような感じがします。


「ラナはどこですか……?」


 しゃべって、唾を飲み込むだけで喉が痛みます。いつも一緒に寝ているのに、今のベッドにはわたし一人だけです。


「……ラナのやつも発症したんだ」


 ぐらぐらする頭をゆっくりと持ち上げると、少し離れた隣のベッドにラナは横になっていました。

 真っ赤な顔に、くぎゅるるるる、くぎゅるるる、と聞いているだけで痛そうに喉を鳴らして。


「今のところ、おめえたち以外に感染は広がってはいねえが……」


 結局、わたしたちは全員が赤瘡病にかかってしまったみたいです。

 ちょっと身体を動かそうとしただけであちこちが痛むのですが、我慢してゆっくりと腕を目の前に持ってきました。

 やはり、赤い斑点が出来ています。

 

 ……この斑点が首にまで登ってきたら、わたし、死ぬの?


「……店長さぁん……」


 グズグズと鼻がつまります。涙が溢れて止まりません。


「大丈夫だ」


 オズマさんの手が、わたしの頭を優しく包みます。


「大丈夫だ。おめえらは死なせねえ。誰もかれも絶対に死なせねえよ」


 その声に、わたしはどう返事したか覚えていません。

 そもそも返事は出来たのでしょうか?

 高い熱にうなされ始めたわたしの記憶は、まるで破れかけの着物のように、虫食いの穴だらけです。














 揺れるランプの灯り

 

 されるがままに身体を拭かれて


 誰かが部屋へ入ってきて


 ……エルチさんのところの旦那さんも逝かれたそうですよ


 そうか……


 キュッと目をつぶるオズマさんの顔が ぐらりぐらりと灯りに揺れて

















 窓が開いて


 白い姿の天使さまがいっぱいで



 ………さあ 教会へ行きましょう


 そこには皆がいます 皆で祈りましょう……






 ―――連れて行かせねえよ! 教会ったってそこで死ぬのを待つだけでしょうが!



 ならばどうするのです? 他に増えたらどう責任をとると?



 そんときは店を燃やして更地にでもなんにでもしやがれ……!!



 






 








 はっは

 

 はっは


 

 苦しい 苦しいよう




 苦しいよう おとうさん


 痛いよう  おかあさん



 

 やだよ  さびしいよう


 やだよ 死にたくないよう









 ペロリと


 ほっぺたに冷たい感触









 大丈夫


 大丈夫だよ 


 













 ラナがロサを守るから――

















 











 





 「はっ……」


 目を開けても、それほど頭が痛くありません。

 ぼんやりと見上げる天井もぐるぐると回っていません。

 それでも全身がとても怠くて、お風呂でのぼせたみたいににポカポカします。

 誰かに肩を揺すられました。

 キーンと耳鳴りがします。


「……サ! ロサ!」


 ゆっくりと首を傾けると、ようやくオズマさんの声が聞こえました。

 わたしの肩を揺すりながら、喜んでいるような声


「ロサ! 良かったなあ、おい! もう斑点はだいふ薄くなってきているぞ! 治ったんだぜ! 助かったんだぜ!」


 そういわれて、しばらくぼんやりしていたわたしですが、ようやく赤瘡病にかかっていたことを思い出します。


「……ペリンダさんは?」


「ああ、もうとっくに無事だ」


「……サヤさんも?」


「今は元気になったよ」


「マリィとメリィは?」


「昨日、二人とも峠を越えたぜ」


「それじゃあ、ラナは……?」


「………」


 オズマさんの返事はありません。


 どういうことなのでしょう?

 ゆっくりと首を反対に向けて隣のベッドを見れば、そこではラナが苦しそうに喉を鳴らしています。

 そんな彼女の首には赤い斑点が――。


 スッとわたしの視線を遮るようにオズマさんが立っていました。

 

「……あいにくとラナはまだ治っちゃいないが、大丈夫さ。それより、おまえもまだ体力が回復してないからな。今は眠るんだ」


 そう言って、水の入ったコップに、粉薬のようなものを渡されます。

 わたしは汗まみれで、オズマさんに支えてもらって飲んだ水は、まるで口の中に浸み込んでいくようでした。

 二杯目のぬるま湯で薬を飲むと、急に眠くなります。


「もう大丈夫。もう大丈夫だからな。ロサは今は眠れ……」


 オズマさんの声は子守歌のように。

 ラナのことが心配に思いましたが、今のわたしは眠くて眠くてどうしようもなくて。



 






 

 小さなランプの灯りの中。

 とても苦しそうに繰り返される呼吸。


 辛そうな呼吸をしているのはラナで、その枕元に座っているオズマさん。

 タオルでときどきラナの顔の汗を拭ってやっているのですが、彼女の喉の赤い斑点は消えていません。

 良く見れば、もうその赤い斑点はアゴの下、本当に顔の近くまで――。


 途端に、きゅるおおおお きゅるおおお と、聞いているこちらが耳を塞ぎたくなるくらい苦しそうに変わる呼吸。


「―――ラナ」


 そっとラナの頬に手を当てるオズマさん。

 苦しそうに喉を鳴し続けるラナをそのままじっと見下ろして――




 急に呼吸する音が聞こえなくなりました。 


 

 静かになった灯りの中で。

 小刻みにオズマさんの肩が震えています。



「……すまねえ」


 

 本当に、本当に小さな声。



「……すまねえ。すまねえ。すまねえ……」



 声と一緒に、オズマさんの姿が灯りの中に静かに溶けていきす。 

 

   




  

 ――わたしの記憶にあるものは、熱に浮かされて見た夢だったのでしょうか。


















 翌朝。

 

 わたしが目を覚ましたとき、ラナは息を引き取っていました。

 

 彼女の首は赤い斑点に覆われていましたが、顔はとても綺麗で少しも苦しそうではありませんでした。





 



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