第23話 勝利の極意

 体育の授業では、体育祭の練習が始まった。学年対抗なので、3年は絶対負けられない。本気で練習して、最後の体育祭を思い出深いものにするのが恒例だった。その中でも、盛り上がるのが男子の騎馬戦で、女子の黄色い声が飛び交う中、本気で戦う。海斗は手足が長いので、騎馬の上に乗ることになった。……というのは表向きで、実は修が王様を馬にするのは忍びないと思って配慮していた。騎馬の上に乗ると、専用の鉢巻を巻くが、これがカッコいいと毎年女子の間で大評判である。夕食の後、海斗ことハソングンは、葵にその練習の様子を目をキラキラさせて話した。


「葵さん、どうやったら騎馬戦で勝てるかな?」


 そう言うと、いたずらっぽく葵の頭の上に手をさっと伸ばし、ハチマキを取るまねをした。葵も負けずに取るまねをした。


「こうやって素早くとるの!」

「負けるもんか!」


 ハソングンもやりかえした。お互い次々と手を出し合い、つかみ合いに近い状態になり、ついにハソングンが葵の両手首をつかんでしまった。ハソングンと目が合い、葵の息は一瞬止まった。葵は力いっぱい両手を振りほどいて叫んだ。


「負けそうだと思ったら逃げるが勝ち!」


 そう言ってその場から逃げるとハソングンが追いかけてきた。二人はきゃあきゃあ笑いながらしばらく鬼ごっこをしていたが、それまで加減してくれていたハソングンに、葵が勝てるわけもなく、ついに手首をつかまれ、捕まってしまった。振りほどこうと思っても、今度は逃げられなかった。葵はうつむいたまま顔が熱くなるのを感じた。


(力が強い。やっぱり子供じゃない……)


「俺の勝ち」


 ハソングンが手をはなした。


「無念。逃げ切れなかった」


 葵はそう言いながらもほっとしていた。その時、ハソングンはなにか思いついたようだった。


「葵さん、それだ! それだよ! 必勝法! 戦って負けそうになったらさっと逃げれば勝つんだ! 負けなきゃいいんだよ! 無敗の伝説が作れるよ! ウケる!」


 ハソングンが大笑いをするので、葵もつられて笑っていた。その時、ハソングンが時計を見てハッとした。


「やった! 葵さん、俺、まだここにいられるかもしれない。もうとっくに時間が過ぎたから」


 12歳の時消えた時間からすでに、30分が過ぎていた。



 *



 体育祭ではクラブ対抗リレーもあるので、金曜日は東アジア歴史研究会でも、どうやって走るか話し合いがもたれた。運動部は本気で走るが、文化部の場合は、走ることよりクラブの特徴を生かし、生徒の目を引くことが出来た方が勝ちだ。


「真凛、やっぱり、韓服の仮装がいいな」

「賛成~!でも、この前と同じじゃあ、面白くないよね」


 彩が言ったので、修が提案した。


「朝鮮通信使の行列は?」

「真凛やだ~! 男ばかりだから、おもしろくない~」

「王と王妃の結婚式はどうでしょう?」


 そう言ったのは一年の颯太だった。


「それ、いい! 真凛は賛成~! でも、衣装が準備できるかなあ」


 修が答えた。


「じゃあ、普通に王と王妃の仮装でよくね? 王の衣装は海斗が着てきたのがあるから、王妃の分だけ作ればいいだろ? 彩の母ちゃん、去年彩のゆかたを縫ってたから、もしかして作れねえかな?」

「じゃあ、お母さんにたのんでみる! 私が着てもいい?」

「真凛は別にかまわないよ! だって、彩のママも、彩に着せたいでしょ?」

「わ~い! お母さんに聞いてみる」


 彩はうれしそうだった。それまでじっとみんなの様子をみていた海斗が口を開いた。


「王様は誰?」


 みんなの視線が海斗に集まった。


「お前しかいないだろ」


 修が海斗の肩をたたいた。颯太が戸惑いながら言った。


「僕はどうしたらいいんですか?」

「シューと颯太っちは民の役でいいんじゃない?」


 みんなが笑いながら、颯太を小突いた。



 次の体育の時間、海斗のクラスはみんないつも以上に燃えていた。騎馬戦の練習が始まると、海斗のチームは、小回りをきかせて走る練習をしたり、海斗が立ったままで走ったり、勝つ為に色々試していた。その結果、対戦するたびに、勝ち残り、無敗記録を更新していた。


 授業が終わり、体操服を着替えて海斗と修が教室に帰る途中、渡り廊下で、体育の山川先生が葵と話していた。


「おい、海斗、山川が葵先生のこと好きだって知ってる?」

「え? マジ?」

「去年はもっと露骨にアプローチしてたんだよ。ほら、山川のやつ、顔が赤いだろ?」


 確かに、若干顔が赤くなり、テカテカして見える。体格が良く、筋骨隆々の体育教師。赤鬼のようだ。あの腕と腕相撲をしたら負けるかもしれない。


「近寄るなって言いに行こう」

「おい、海斗、どうした? 冷静になれ。相手は教師、俺たちは生徒だ」


 修に腕を引っ張られ、海斗は渋々その場を離れた。


 教室に帰ると、いつもと空気が違って、重苦しくざわついていた。一人の女子の高価なペンが無くなったらしい。彩が海斗にささやいた。


「いやだね。みんなが信じられなくなるよ。いじめの犯人と同じ人なのかな?」


 こういう時は一度でも悪いことをした人が疑われるものだ。周りのひそひそ声がそれを示していた。愛梨と春奈が彩に水をかけたり机に落書きしたという噂が少しずつ広まっていた。盗難もではないかと、二人が疑われている。海斗はゆっくりと愛梨と春奈を見たが、二人の顔を見て確信できた。彼女たちはやっていない。


 物を取られた生徒が勘違いかもしれないからというので、その場はそれでおさまったが、別のクラスでも盗難が起きていたことが分かった。


「これはまずいな」


 海斗は愛梨と春奈のところまで行った。普段は海斗から近寄ってくることがないので、二人はうれしくて興奮していた。自分たちが実は疑われているという状況を理解していなかった。


 海斗はみんなにも聞こえるように二人に話しかけた。


「ねえ、みんなで捕盗庁ポドチョンごっこしようよ」

「何? それ」

「捕盗庁ていうのは、警察みたいな組織だよ。君たち応援団は、顔が広いだろう? 情報を集めるんだ。君たち応援団の持っている情報網をフルに活用するんだよ」

「何それ、面白そう! そういうのは私たちに任せて!」


 FBIにハマっている二人がうれしそうに顔を見合わせた。これだけ乗り気で目を輝かせる様子を見れば、二人が犯人でないことは、みんなに何となく感じてもらえるのではないかと思った。


「総責任者は応援団長にやってもらおう」

「海斗じゃないの?」



 二人は不満げだった。


「俺、生徒には信用ないだろ? ずっと学校に来てなかったし。団長なら、全校生徒、文句ないだろ。君たちから頼んでよ」

「わかった。海斗は何するの?」

「う~ん、そうだな、役人に操られてるおろかな王様の役かな」


 ひとしきり笑っていた海斗の顔が真剣になった


「これはあくまで防犯組織だ。俺たちは生徒同士だから、お互いを裁いたり罰したりする権利なんかない。絶対に罰してはならない。それがいじめにつながりかねないから、情報収集の間に誰かの名前があがっても、誰にも漏らしてはならない。罰するのが目的ではないから。とにかく今後犯罪者を生み出さなければいいんだ。情報を集めることによって、抑止力を働かせるという事だ」

「ええー? 犯人捕まえて懲らしめてやりたかったよ」

「おい、春奈、その生徒の未来はどうなる? この学校にいられなくなるし、人生が大きく変わるかもしれない。ペン1本でそれはないだろう? そもそも悪いことがなければ、みんな幸せだ。だから、これからの犯罪の抑止に重点を置くんだ」


 春奈は海斗に初めて名前を呼んでもらって、顔を輝かせていた。


「海斗ってすごい」


 愛梨が関心していた。


「これは学校中に情報網をもつ応援団の君たちにしかできない役目だ」

「そう言われると、ワクワクしてくる」

「そこで注意してほしいことがある。まず、事実だけを淡々と集める事。予想や、推理を入れない。私情をはさまない。思いこむと、無実の人を犯人に仕立て上げかねないからな。くれぐれも言っておくが、罰するための組織ではない。犯罪を防止するための組織だ」

「わかった。心して取り組むね」


 周りにいた生徒たちも興味深く聞いていた。




 応援団長に話すと、二つ返事で引き受けてくれた。一応生徒会にも取り組みについて話を通し、組織が作られ、活動が始まった。

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