第21話 女の子に囲まれる

 レンタルショップに入ると、なんと、あの二人がいた。


「北条君! 偶然ね!」


 嬉しそうに近寄ってきたのはポニーテールの春奈だ。


「おう! 遅い時間にどうしたの?」


 海斗はいつもの笑顔で二人の方に歩いて行った。


「塾の帰りよ。葵先生といっしょなの?」


 ツインテールの愛梨が、いぶかしげに聞いた。海斗は、しまったと思ったが、とっさに言い返した。


「うん。部活で見るDVDの下見だよ。俺一人じゃ選べないから、来てもらった」

「ふうん」

「君たち、何を借りるの?」

「これ」


 アメリカの映画のようだった。海斗は西洋人を見慣れていなかったので一瞬どきっとしたが、すぐ気持ちを立て直して聞いた。


「おもしろい?」

「おもしろいよ! 1回映画館で見たけど、また見たくて。このFBIの捜査官がかっこいいの! ね、春奈」


 よほど好きなのだろう。二人の表情が純粋にかがやいた。


「そうなんだ。君が言うならきっとおもしろいんだね」

「私もお勧めする!」


 春奈もうれしそうに言った。海斗は優しい笑顔で言った。


「君も好きなんだね……あ、先生、すみません、すぐ行きます。じゃあ、また月曜日に学校でね」


 海斗がさわやかに手を振った。二人も満面の笑みで手を振った。そんな様子を葵は少し離れたところから見ていた。


「先生、ごめんね。待たせちゃって」

「海斗って、女の子みんなに優しいのね」


 海斗が将来11人も妻を持つという事が頭をよぎった。当然彼は知らないことだが。


「先生、ヤキモチやいてるの?」

「何言ってるの。それ、どういう意味?」


 少しむきになってしまった。


「これは太陽作戦だよ」


 海斗は申し訳なさそうに言った。


「あ、太陽作戦……まさかあの二人が?」

「先生、知らない方がいいよ。絶対に、手出し口出しは禁物だよ」

「うん。しない。だって海斗の方が上手だもん」


 葵は心からそう思っていた。




 翌日、土曜日は特に予定もなかった。


「先生、今日は、まったり過ごそうよ」

「まったりって、どこでそんな言葉覚えたの?」


 葵が笑った。


 ふたりは昨日借りたドラマ、「鬼神」を最後まで見た。900年生き続けたイケメンの鬼と女子校生の、時代を超えた運命のラブストーリーだった。現代を中心に描かれたドラマだったが、前世のシーンがあり、李氏朝鮮時代の架空の王と王妃がでてきた。


「あ、俺の家だ」


 王宮が出るたびに海斗が得意げに言った。


「本当にこんな感じ?」

「建物によってはもっと新しいかな。服の色や質感はもう少し地味だよ。民はこんなきれいな色の服着てない。白い服」

「ふーん」


 ドラマに出てきたのは王宮のほんの一部だったが、海斗がまだ王宮の外にいた頃、父につれられて行ったことがあり、幼い彼には広すぎてとても大変だったことを話してくれた。不思議だった。当たり前と思って見る光景が、海斗と葵では違う物なのだ。葵は海斗が違う時代を生きていることを、あらためて意識してしまった。


「この鬼は900年も生きてたんだね。俺は、450年前と今を生きてる。450年間生き続けているわけじゃないけど、ちょうどこの鬼みたいな気分だよ。昔も今も俺が生きてる世界」

「不思議ね……」

「俺にこんなことが起こるなんて、今でも信じられないよ」

「海斗も、もしかしたらこのドラマみたいに現代に生まれかわっているのかな」


 葵はそうだったら会ってみたい、と思った。


「そうだったら、先生のそばにいるんじゃないかな」

「どうして?」


 葵は海斗の方に向き直った。


「だって、このドラマでは縁がある人はみんな近くで生きてたよ。」


 海斗の澄んだ目が葵の瞳をとらえた。葵の心臓が跳ねた。


「そうね」


 普通に声が出せたか気になった。


「まあ、フィクションだと言われればそうなんだけど。現代に生まれ変わった俺は誰なのかな?」


 海斗が葵の顔をさらにまじまじと見たので、葵は少し恥ずかしくなって顔をそむけた。


「ごめん。私は生まれ変わった海斗が誰だかわからない。同じ顔で生まれ変わる場合と、違う顔で生まれ変わる場合があるって言ってたでしょ? このドラマの王と王妃みたいに、過去と違う顔で生まれ変わったから、気づけないのかも。」


 葵は、しまった、変に思われなかったかなと思った。王と王妃はドラマの中で、愛し合う運命の二人だったからだ。なんとかフォローしたくて思わず言ってしまった。


「せ……生徒の中にいるのかな?」


 苦し紛れに言ったので、不自然になってしまった。おそるおそる海斗を見ると、下を向いて微笑んでいた。


「逆に考えると、俺が過去に帰ったら、向こうで、生まれ変わる前の先生に会えるかもってことだよね。先生、実は大妃様だったりして。ハハハ」


 海斗が笑った


「私、そんなに身分の高い人じゃないと思うよ」


 葵も笑ったが心は複雑だった。


「このドラマみたいに、時を超えて一人の人を愛することができたらいいな」


 海斗の言葉に、葵の胸がきゅんと痛んだ。



 月曜日、学校についた海斗が修と一緒に駐輪場につくと、登校してきた女の子が挨拶をし、教室まで一緒についてきた。海斗と一緒に机の落書きを消した女の子だった。別の子がまたついてきて、教室に到着した時には5人ほどに囲まれていた。そばにいた修は立場がない感じだった。


 この日も彩はギリギリに登校したが、髪型が変わっていた。いつもは長い前髪を横にわけて、後ろの髪と一緒にくくっていたのに、前髪を短くし、後ろもバッサリ肩までで切って、とてもかわいくなっていた。海斗が真っ先に声をかけた。


「彩、髪を切ったんだね」

「気づいてくれてうれしい」


 修の方をちらっと見たが反応はなかった。海斗が笑顔で言った。


「当たり前じゃないか。前よりずっとかわいくなったよ」

「ありがとう。もう私、地味女はやめるから。コンタクトにしたし」


 チャイムが鳴ったので、会話はそこで終わった。



 1時間目が終わり、いつものように海斗と彩が話しはじめると、愛梨と春奈が海斗のそばにやってきて割り込んだ。


「平田さん、髪切って、かわいくなったね」

「似合うよー」


 海斗が、くすっと笑った。


「私たち、昨日から、北条君の友達になったんだ」


 春奈がドヤ顔になっていた。


「そうだ、北条君、海斗って呼んでいい?」


 春奈は最高のおねだり顔になった。


「かまわないよ」


 海斗はいつもの優しい微笑みを返した。来る者拒まずの海斗の周りには休憩時間ごとに女子の輪ができた。教室を移動するときも何人かに囲まれたまま移動した。彩は海斗のフォローをしたかったが、どうにも居心地が悪くて、修に助けを求めた。修も気が進まなかったが、海斗に何が起こるかわからないし、北条海斗と名乗れと言った責任がある。開き直って輪に加わった。


「榊原君も一緒にどうぞ」


 女子たちは海斗の横をあけて、修の場所を作ってくれた。海斗のファンは海斗の友達も大事にしてくれるようだ。修もまんざらでもないようだった。自分の席にいられなくなった彩は昼休みは理系の真凛のところに避難していた。


「ねえ、真凛、私、見ててイラッとする」

「いいじゃん。海斗っちが彩に代わって太陽作戦をやってくれてるんだから」

「太陽作戦はありがたい! でもね、ほら、修を見て! 鼻の下のばして!」

「え? 彩が腹立ててるの、そっち? 髪切ったから、てっきり海斗っちが好きなのかと……彩は修が好きなのね」

「あ……ええと、好きっていうか、そんなんじゃなくて、なんか気になっただけ」


 彩が前髪を触りながら口をとんがらせている。


「それを好きっていうの」

「ええー! 違うってば」


 昼休みに葵が社会科研究室の窓から校庭をながめていると、体操服を持って体育館へ向かう海斗たちが見えた。修と海斗が、3~4人の女の子たちに囲まれて、わいわいと楽しそうに歩いていた。


「海斗、高校生活を満喫してるなあ」


 少し後ろを、彩が歩いていた。髪を切っているのが分かった。


「あ、かわいくなってる……」


 保健室で海斗と彩が笑顔で見つめあっていたシーンを思い出した。葵は首を振った。なんだか、内臓がどんよりしてきた。


(何考えているの? 私……)


 保健室での海斗と彩の会話が浮かんできた。


『俺は仕返しする彩より、許して笑ってる彩の方がかわいいと思うよ』

『え? かわいい?』


「うわー!」


 どうも海斗のことになると、余計なことを考えてしまう。


(私、姑みたい。 ああ、いやだ!)


 葵はやっとの思いで気持ちを抑えて、授業に向かった。

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