第10話 北条家
午後10時。バッチャンの許可をもらい、夜道に自転車を走らせた修は、ある家の門の前に立っていた。そこは、そのあたりでもひときわ目立つ大きな家だった。有名な建築家が手掛けたと思われるすっきりとした無機質なコンクリートの家。アプローチの植栽にもこだわりを感じた。修が幼稚園の頃、この家はまだ古い家だったが、最近建て替えて、東京から帰ってきた家族が住んでいた。北条家。修の幼稚園からの幼馴染、北条海斗の家だ。彼の小学校入学と同時に東京に引っ越した。親同士が仲良しだったことから時々交流していたが、ここに帰ってきた去年からは、修がプリントなどを届けていた。
上の方から防犯カメラが修を見ていた。インターホンのボタンを押すと、上品な女性の声が聞こえた。
「はい」
本物の北条海斗の母の声だった。修は、インターホンで見られていると思うと顔がこわばった。
「おばさん、こんばんは」
ペコリとお辞儀をした。
「あ、シューちゃん、今開けるね」
門がゴーッと音をたてながら、自動で開いた。修が玄関に向かってアプローチを歩いていると、重そうな玄関のドアがあき、おばさんが顔を出した。
「シューちゃん、いつもありがとう」
「遅い時間にすみません。今日はどうしてもカイちゃんに会いたくて」
「こちらこそ、こんな時間に来てくれて本当にありがとう。ごめんね。昼間は寝てるものね。今日はもう起きてるわ。入って」
「おじゃまします」
おばさんと一緒に二階に行った。
「カイちゃん、修ちゃんが来てくれたよ」
反応がなかった。続いて修がドアをたたき、呼びかけた。
「おーい、カイちゃん、あれ持ってきたぞ。一緒に見ようぜ」
ドアが3センチほど開いた。
「どうぞ」
修がふりかえって笑うと、おばさんがうれしそうにガッツポーズをした。
「カイちゃん、半年ぶりだな」
本物の北条海斗は、もう長い間、髪を切っていないのか肩のあたりまで伸び、前髪が目をおおっていた。だるそうに、ここへ座れと合図している。
「ああ。引っ越してきた日に会ったきりだな。本、ありがとう。面白かったから、ネットで買った」
「だろ? だろ? これ面白いよな? 何回でも読めるよ」
「うん」
本物の北条海斗が本を差し出した。『新羅、百済の文化』という本だった。
「お前とは本当に気が合うよ、カイちゃん。この前の故宮のも面白かっただろ?」
「あれも一緒に買った」
「カイちゃん、最高だよ! 今日はメールで言ってたDVD、一緒に見ようと思って持ってきたよ。部活で見たのがあまりに良かったから、買っちゃったよ」
修がテンション高めなのに対し、北条海斗は乗り切れていないようだった。
「うん」
彼の部屋は広く、大きなテレビがあった。散らかったものを押しのけて場所を作り、テレビの前に座った。本物の北条海斗がレコーダーにDVDをセットした。他の作品の予告編が流れ始めた。
「あの本、世界史の葵先生が教えてくれたんだ」
「アオイ先生?」
「杉浦葵先生。30歳なんだけど、美人でかわいい先生だよ」
北条海斗は修の顔をまじまじと見ていた。
「シューちゃん、その先生、好きなんだろう」
「ばっ! 何を言うんだ!」
「図星だったか。シューちゃん、昔から、隠せないもんな。幼稚園の時も先生が好きだったよな」
「うるさい」
「いいじゃないか。30歳でも。13歳くらいの差なら、まだ許容範囲内だ」
「え? カイちゃんも年上好きなの?」
「認めたな。俺は、年齢は関係ない。好きになるのに理由はない」
「おまえにも会わせたいけど、抜け駆けは許さないよ」
「ないな。俺は学校行かねえもん」
「葵先生、見た目はかわいいのに、授業の時はキリッとしてかっこよくて、普段話すときは子供っぽいところもあって、そのギャップがいいんだよなあ」
「ギャップ萌えか」
本編が始まった。修はいちいち解説をした。本物の北条海斗はそれをいやとは思っていないようで、むしろ楽しんでいた。
「もう終わりだ。面白いと早く終わるな」
「カイちゃん、これも、置いて帰ろうか?」
修は他に3本持っていた。
「借りてもいいか?」
「いいよ。俺は一回見たから」
「わるいけど、また暇なとき、来てよ。いつも遅い時間しか起きられなくてごめん。どうしても昼と夜が逆転するんだ」
「いいよ。気にするな。ところで、カイちゃんに言いにくい頼みがある」
「俺、何もできないよ」
「あのな、実は、本物の王様が現れたんだ。このドラマに出てた王のモデル」
「え? あの爺さん?」
「正確には、12歳の時の王。なぜだかわからないけど、本物が現れた」
「はあ? シューちゃん、何言ってんの?」
「だろ? おかしいよな。でも、どうも本物なんだ。タイムスリップってやつかな。」
「マジか? 俺をからかってない?」
「マジなんだって。で、一度、元の世界に帰って、17歳になって戻ってきた」
「なんだそれ」
「俺もびっくりしたんだけど、マジなんだよ。それでね、そいつが学校に行きたいって言うから、カイちゃんの名前を貸してもらえないかな。保健室に行って学校の様子を見る程度にしようって話になってる」
「どんな奴なの?」
「それが、いいやつなんだよ。12歳の時は、すごくかわいかったよ」
「ふーん。いいやつなんだ。いいよ。なんなら、代わりに授業も受けて、卒業してもらってもいいけど。俺、こんな調子じゃあ、学校行くの無理そうだし」
「それはいくらなんでも……。あいつ、こっちの勉強はしてないから成績の保証できないし」
「別にいいよ。俺はおやじの言いなりにはなりたくないから。どうせ、おやじのコネでねじ込んでもらった学校だ。試験も面接もなしで内申書だけで転校できたくらいだから、理事長はよほどおやじに頭が上がらないんだろう。何でもありだ。その王に好きなだけ堪能させてあげろよ。」
「お前、病んでるな」
「見ての通りだ」
「じゃあ、成績には期待するな。覚悟しろ。おばさんには説明しておこう」
「俺が言うよ。母さんにとって、学校へ行けなくなった時から俺は腫れものだ。俺の言う事に逆らえないから」
「わかった。じゃあ、よろしく頼むよ」
修は後でこのことを葵にメールで知らせた。明日から面白くなりそうだとワクワクしていた。
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